7-4  よろしく

「それと、おれ、どう見られるのかなっていうのも、ちょっと気になるのかな…」

 ドキドキの、おれの心のどこかには、そんな気持ちもあるんですよ。


「へぇ~、それは意外だな…。で、おじいちゃんに、どう見られたいのさ?」

 あやかさんは、なんだかおもしろいことを聞いちゃった、という感じ。


「どう見られたいって…、そんなふうには考えたことないのかな…」


「どう見られるのか、気になるんでしょう?

 そんなら、もとに、どう見られたいのかっていうのがあるんじゃないの?」


「えっ? う~ん…、あれ? それは、どうでも…、いいのかも…」


「フフフ、だろうね…。それがあなたのいいところだよ」


「なんか、ドキドキしなくなっちゃったよ」


 あやかさん、笑い出した。



 そんなこんなで、いろいろ話をし、コーヒーを飲み終わると、もうすぐ9時。

 そろそろ支度をしようということになった。


 シャツを着て、ブレザーにスラックス。

 今まで、おれが着ていたヤツよりは、かなりいいもの。

 昨日、あやかさんが仕事の途中で抜け出し、静川さんとデパートで待ち合わせて、買っておいてくれたもの。


 もともと、おれ、寸法を取って服を作るなんてことしたことないので、サイズだけ伝えておけば、それですむ。

 好みも、特にないので、だいたい、何でもかまわない。

 特に、あやかさんがいいというのなら、もう、それで充分だ。


 でも、シャツとズボンについては、昨日の朝、その話が出たときに、静川さん、メジャーを出して、首だ、袖だ、股下だと、さっさと測って確認してくれた。

 いろいろ測る場所の確かさと、手早さ、プロみたいな感じだった。


「ネクタイはいいの?」

 と確認のため、おれ、聞いてみた。


「いらないよ、まあ、やりたければやってもいいけれどね…」


「いや、どっちかというと、おれ、ネクタイ嫌いだから…」


 ネクタイというと、鬱陶しかった就活を思い出す。

 ほかには、今まで、ほとんどしていなかったから。

 そうだよ、ほかには、大学の入学式と卒業式くらいかも…。


 就活か…。

 でも、今、こうやって、あやかさんと結婚できたこと考えると、就活、無駄になって、本当によかったと思う。


 あのときに、ちゃんと、第1志望の会社に就職できていたら、うれしかったかもしれないけれど、もっと大きな今の喜びはなかったんだもんね…、不思議だよ。

 まあ、こんな道があっただなんて、夢にも思わず、毎日サラリーマン生活、してるんだろうな…。


 そうこうしているうちに、迎えの安田さんが来た。

 安田さん、おじいさんの車の運転手さん。

 おじいさんに信頼され、ほかにも、細かい仕事、いくつかやっているらしい。

 あやかさんとも、仲良し。


 #


 あやかさんに、まず、お父さんを紹介される。


「櫻谷雅則まさのりです。よろしく」

 と、握手を求められた。

 おれ、すぐに手を出して、しっかりとした握手。


 おれが挨拶すると、お父さん、大きく頷いて、


「あやかを、よろしく」

 と言って、謎のニコッ。


 で、よろしくが2つ続いて、お父さんの挨拶は終わり。

 次は、あやかさんのお母さん。

 あやかさんのお母さん、あやかさんに似ていて、とてもきれいな人だった。

 そして、見た目も、受ける雰囲気も、とても若い。


玲子れいこです。よろしくね」

 と、お父さんと同じように、ニコッと笑って握手。

 すぐに、おれも簡単な挨拶をした。


「まあ、楽な気持ちで、そっちにかけて」

 と、柔らかな仕草で、ソファーを手で指した。


 お父さん、おれの向かいのソファーに座ると、あやかさんにまずお祝いを述べ、続けて質問。


「まあ、おめでとう。

 よかったね。

 お父さんとお母さんも、これで一安心だよ。

 で、名字はどうするの?」


 名字、なんだか、最も気になっていることみたいだ。

 結婚がどうのこうのといった話はまったくない。

 お祝いの次に、真っ先にこの質問。

 そして、その決定権は、完全にあやかさんにあるみたいな感じ。


「うん、まあね…」

 と、あやかさん、あいまいな返事。


 この辺は、親子の駆け引き、余計なことは言うまいと、おれ、思った。


 すると、お母さん、おれに質問。

「龍平君のお姉さんは1級建築士で、おうちを継ぐんですよね。

 お婿さんを取ったんですか?」


 おれのこと、『龍平君』と呼んでくれたのはうれしかったけれど、姉貴のことまで、よく知っている。

 すでに、おれのこと、しっかりと調べているような感じの質問だ。


 しかも、そのことを隠そうとしていない。

 まあ、そうなんだろうな…。

 お義兄さんが心配するほどの、こういう家なんだから、下調べしておくのがあたりまえなんだろう。


「いや、それがですね…」

 と、おれ、義兄さんも崎川の名字だったことを話す。

 まあ、その義兄さんと姉貴の出会いから結婚までを、簡単に、でも、ちょっと、おもしろおかしく、笑いを取りながら。


 でも、それに続く話が、どうも、おれの家の方ばかりに流れてきて、もう、『名字は櫻谷でいいよ』とあやかさんに話していること、ご両親にはどこまで話していいのか、おれが悩み始めたのを見抜いて、あやかさん、この話を区切る一言。


「名字についてはね、この人はどっちでもいいと言ってくれているんでね、だから、櫻谷にしてもいいんだけれど、ただ、わたしが、もう少し考えてから、決めることにしてるんだよ」


「どういうこと?」

 お母さんが、あやかさんに聞いた。


「まあ、おじいちゃんへの牽制だね」

 と言いながら、ニッと笑ってあやかさん。


「あら、お父さんなら、もう、あやかの言いなりなんじゃないの?」

 と、お母さん、目をくりっとして。

 やはり、あやかさんに似ている。

 うん? あやかさんが、お母さんに似ていると言うべきなのかな?


「そう見えてもね…。おじいちゃん、油断できないところもあるからね…」


 それを聞いて、お父さん、楽しそうに笑い出した。


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