7-3  どきどき

 島山さん、作業場として、教室のような部屋を2つ使っていた。


「あんなに広いスペースをいっぱいに使って、いろんなことやってるみたいだよね」

 と、おれ。


「でも、今は、エアーガン関係に絞ってるって言ってたけれど…」

 あやかさん、先日、そのことについては島山さんから簡単に聞いていた。


「うん、島山さんの興味の中心は、エアーガンに使うBB弾のようだけれど…」


「BB弾?」


「うん。エアーガンのたまのことだけれど、プラスチックで直径6ミリの球状。 それを、いろいろいじってるみたいなんだ…」


「ふ~ん、いじるって?」


「昔、BB弾でも、カプセルみたいな感じになっているのがあったんだけれど…。

 あっ、これ、島山さんの話だけれどね。

 それで、中に塗料なんかが入っていて、当たるとそこに色がつくってものだったらしいんだけれど、発射のときに壊れることがあったりで…。

 それで、それを応用して、さらに改良したものを作ってるみたいなんだ。

 一つ一つ手作りでね」


「ふ~ん、なるほど、大変そうだね…。

 でも、島山さんのことだから、いろいろと考えているんだろうね…」


「うん、ほかにも、試作品、いろいろと見せてもらったよ。

 デンさんにも手伝ってもらっているのもあるんだってさ」


「うん?デンさんにも?その話も、昨日は出なかったんじゃないの?」


「そうだったね…。昨日のうちへの電話、長くなっちゃって、あまり話す時間、なかったからね…。

 うん、それで、それ…、なんか、ネット…網のことだけれど、それを使った仕掛けらしいんだよ。ちょっと、大がかりなんだってさ…」


「ふ~ん…。なんだかおもしろそうだね…」


「うん、今日も、午後、あるいは夕方にでも、少しはやろうかって話にはなってるんだけれど…」


「昼は、向こうで食べることになるとは思うけれど…。

 でも、そんなに遅くにはならないと思うよ」

 といってから、あやかさん、パンの最後の一切れを口に入れた。


「まあ、どうするかは、帰ってくる時にでも考えるよ」

 おれは、紅茶を飲み干した。



 食器は、おれが洗ってあげた。

 食器洗い機もあるんだけれど、皿2枚に紅茶のカップ2つとスプーン3つ。

「すぐに洗っちゃうよ」と、おれ。


 手を拭きながらテーブルに戻ると、あやかさん。

「まだ、8時前なんだねぇ…。

 あと1時間半もあるよ。コーヒーでも淹れようか」


 となって、あやかさん、立ち上がってコーヒーミルの方に。

 おれも一緒に行って、もののありかを確認。


「あなたも、勝手にやっていいんだからね」

 と、あやかさん、やさしく微笑みながら。


「それじゃぁ、さっそく、今からやるよ…」

 と、おれが淹れることにした。

 なんせ、おれ、コーヒーを淹れるの、大好きなもんで。


 お湯を注ぐと、挽いたコーヒー豆がフワッと膨らみ、いい香りが漂う。

 質のいいコーヒー豆だが、それでもこの膨らみ方は、焙煎してからそんなに経っていない証拠。

 あやかさん、そんなに、ここではコーヒー飲んでいないようなので、聞いてみる。


「ああ、それ、フミさんだよ…」


 あやかさんは、吉野文江さんを、『フミさん』と呼ぶ。

 吉野さんだけは、自由にこの部屋に出入りができる。

 と言うよりも、毎日のようにここに来て、片付けや掃除などをしてくれているんだそうだ。


「食器も流しに積んでおけば、洗ってはくれるんだけれどね…」

 高校生のとき、あやかさん、ある土曜日に、急に用事ができて、食器をシンクにおいて出かけたことがあった。

 帰ったら、きれいに片付いていたそうだ。


「同じようなこと、何度かやってはいるんだけれど、フミさんも、歳だからね…」


 あまり迷惑はかけたくないらしい。

 フミさん、62歳。

 あやかさんが生まれたときから面倒を見ているから、吉野さん、あやかさんのことは自分の子どものようにかわいいんだと思う。


 だから、コーヒー豆も、なくなったのを、時々補充するのではなく、かなりの頻度で、おそらく、新しいのを買うたびに、古いのは下に持っていき、新しいのに変えてくれているんだろうとのこと。

 おれにとっては驚きのシステム。


 おれの淹れたコーヒーを、あやかさん、一口飲んで、

「うん、上手にはいってるね…」


 このあやかさんのお褒めの一言で、これ以後、コーヒー淹れはおれの分担となった。



「おじいさんに会うの、ちょっとドキドキするな…」

 と、おれ、コーヒーを飲みながら、つい、呟いてしまった。


「どうしてさ」


「うん?昨日の、義兄にいさんの話、聞いたからね…」


 昨日、お義兄さん、電話で、『櫻谷家直系のお嬢さまの結婚で、そんなメチャクチャなこと、許されるのかなぁ?』と、おれの結婚について、笑いながら言っていた。


 相棒から結婚への、おれの必死の思いの詰まったプロセス、これを『メチャクチャなこと』とお義兄さんは言ったのだ。

 でも、その言葉の裏には、ちょっとお義兄さんの心配もうかがえた。


 その話は、あやかさんにはしてある。

 まあ、その時は、あやかさん、大笑いしたんだけれど…。


「まあねぇ…。世間一般では、そう見られているんだよね…。櫻谷の直系となると、見た目は、わたしだけ、と言うことになるからね…」


 見た目も何も、それしかないようにも思うんだけれど。

 でも、あやかさん、別の直系を教えてくれた。


「『神宿る目』のアヤさんと、ここの基礎を築いた由之助さんからの直系、そう考えれば、おじいちゃんの妹の山根たき、その娘の山根昭子、その子どもの政隆まさたか克之かつゆきって言うのもありなんだけれどね…」


「なるほどね…、でも、姓が山根になってるからね」


「まあ、それはそうなんだけれど。

 世間は、どうも、こっちしか見ていないんだよね。

 今じゃ、どうも、おじいちゃんからスタートしちゃっているみたいだしね…。

 となると、わたしだけってことになるんだよ…。

 面倒なもんだよ、まったく…」


「まあ、それで義兄さんが、気にしていたんだよね」


「でもね、結婚に関しては、口出し無用って、おじいちゃんに言ってあるからね。

 わたし、怒ると、恐いってこと知ってるし、嫌なら、こんなところ、すぐに飛び出しちゃうのもわかっているから、たぶん、何も言わないとは思うよ」


「まあ、そうかもしれないけれど…」

 そうなのかもしれないけれど、世の中の常識としての、お義兄さんの心配もよくわかる。


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