7-2 下見
それで、お義兄さんは驚いたらしい。
『本当に、その櫻谷なの?』
の段階から始まったらしい。
『その櫻谷かどうかはわからないよ…』とお袋さん。
そして、おれから聞いた話の中から、その辺をもう一度話す。
『それじゃ、ひょっとして、その会長さんのお孫さんなのかしら?』と姉貴。
『いや、そんな話は聞いていないね…』とお袋。
そして、また、おれから聞いたあらましを、もう一度。
『やっぱり、あなたの言った、櫻谷なんじゃないの?』と姉貴。
『いや、でもな。龍平のことだから、いくら何でも、それはないだろうな…』と、親父まで入ってくる。
そんなこんなで始まり、おれが経緯として簡単に話した相棒の位置付けまでもがそこに入ってきて、それが結婚話と混ざって、みんなの頭はゴチャゴチャになってしまったらしい。
そんなんで、わかっていたつもりだったお袋さんまで混乱してしまって、ちょっとした騒動のようになっていた。
それで、お袋との電話、途中でお義兄さんに変わってもらって、お義兄さんから、ゴチャゴチャの内容を、少し整理してもらいながら聞き、おれが、もう一度、そのゴチャゴチャを解きほぐして、最終的には、そこに出てくるその人、櫻谷泰蔵さんの孫、あやかさんとの結婚なんだと、ちゃんと説明した。
これ、案外、大変だったんですよ。
あの、いつも冷静なお義兄さんが、何度も、『本当に、あの、櫻谷泰蔵の…』と念を押していたから、よっぽど、驚いたんだと思う。
その電話、リビング・ダイニングに置いてある宅電からしていたので、その間、あやかさん、テーブルに座り、コーヒーを飲みながら近くで聞いていた。
こっちは必死だったんだけれど、あやかさん、クスクス笑っていた…。
そのあとは、まあ、あやかさんとコーヒーを飲みながら、ある程度の時間、話はしていたが、その電話での内容が、あやかさん、おもしろいらしく、話すおれもだんだん楽しくなってきて、家への電話の話がほとんど。
今日、どんなことをしていたのかの話は、あまりできなかった。
それに、結婚したばかりの二人だから、ほら、話ばっかりじゃなくて、ほかにもいろいろとやることがあってですね、そういうことが終わっても、一日動いていたので疲れもあって、わりと早い時間に、おやすみなさい、となってしまったということなんです。
だから、この話、あやかさんの名前を使った話、昨夜はしていなかったということなんですよ。
で、話はそこまで戻って、おれの返事から。
「ああ、あれね…。裏からの、山の下の方にある道。一部、通行止めにするのに、あやかさんの名前を使ったんだけれど、『一応、断っておいた方がいいんじゃないの』ということになってね、それで、電話したんだ」
「それは、電話で聞いたんだけれど…、どうして、通行止めなのよ?」
「ああ、そうか…。うん、裏から侵入したときにね、あの道を歩けば確実にこのあたりに足を置くというところがあったんでね、そこに、落とし穴を掘ったんだ」
「落とし穴?」
「うん、そんなに深いヤツじゃなくて…、でも、みんなでワーワーやっていたら、知らないあいだに深さは1メ-トル近くになったのかな…。
それで、わからないように蓋をしたあと…、これが、昼間でもわからないほど、本当にうまくできてね、これ、敵じゃない人が落ちると危ないね、ってことになって、その前後十数メートルを立ち入り禁止にしておいたんだ」
「それで、わたしの名前?」
「うん、この道、土砂崩れの危険がありますから、ここからは立ち入り禁止です、櫻谷あやか、って感じでね」
「あなたの名前でもいいのに…」
「まだ、婚姻届け、出していないからね」
「そうか…。でも、立ち入り禁止じゃ、落とし穴にならないんじゃないの?」
「いや、連中は、そんな立ち入り禁止なんて、気にしないと思ったから…」
「ふ~ん、で、その落とし穴、誰のアイデアなの?」
「ああ、それは、おれ。昨日、下見していて、フとね…」
「だろうね…、島山さんや北斗君なら考えないような…、というよりも、気付きもしないようなパターンの…、まあ、原始的な罠だもんねぇ」
あやかさん、北斗君が美枝ちゃんと結婚するということになってから、『ホク』と呼ばずに『北斗君』と、おれと同じように呼んでいる。
思いのほか、細やかな気遣いをする。
でも、おれのアイデアを、原始的と言った。
「まあ、確かに、原始的ではあるけれど…。
でも、島山さんも北斗君も、それ、おもしろいねぇ、とノリノリで、体育館の物置からスコップ持ってきて、3人で、すぐに掘っちゃったんだよ」
「それで、わたしの名前か…」
「うん。で、せっかく通行止めにしたんだからってね、ちょっと窪んだところにロープを2,3本張って、去年の落ち葉で隠したのも作ったんだ。上を通るとき、引っかかって、
「それも、あなたのアイデアなの?」
「うん、そう。それで、これも、島山さんと北斗君、面白がってすぐに3カ所作ったんだ」
「3カ所も?」
「うん、初めは1カ所だったんだけれど、北斗君が、ここもおもしろそうだよ、って言ってね。
2カ所はさっきの道で、もう1カ所はね、逃げようとして、斜面を下るならここだろうっていうところにやっておいたんだ」
「まあ、そう言うのって、島山さんたちにないパターンだから、特に面白がったのかもしれないね…」
「まあ。確かに島山さんは、機械仕掛けが好きだからね」
と、おれ。
「作業場に行った?
驚いたでしょう?」
「うん、ビックリしたよ」
確かに驚いた。
作業場として、最初におれの部屋のあったあの別邸の少し東に、別邸よりも大きな、コンクリート2階建ての建物がある。
1階は、太い柱や上の開いた部分的な壁で、いくつかに区切られてはいるが、部屋のような本質的な境はなく、とても広いスペース。
そこには、小さなショベルカーや小型のトラクターなど、いろんな機械が並んでいた。
天井近くには、滑車のついたレールなどがあり、本格的な作業ができそう。
まあ、車庫のような倉庫のような作業場のようなという感じのところだった。
何に使うんだかわからないけれど、改造中の軽トラックも1台置いてあった。
ナンバーがないから、敷地内で使うんだろうけれど、荷台もなかった。
このスペース、デンさんこと瀬戸田さんの『遊び場』なんだそうだ。
島山さん、1階を簡単に案内してくれたあと、『まあ、デンさん中心の作業場なんで、ここを’田んぼ’って呼んでるんだよ。おれの遊び場はこっちだ』と、次に2階に連れて行ってくれた。
島山さんの作業場は2階。
学校の教室のような部屋を2つ使っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます