第7章  迎撃

7-1  昨日は

 今日は土曜日。

 朝、起きたときから、何となくそわそわした感じ。

 と言うのも、9時半頃に迎えの車が来て、あやかさんのご両親、そして、あやかさんのおじいさんに、挨拶しに行く予定になっているからだ。


 で、これから朝ご飯なんだけれど、驚いたことがひとつあった。

 土、日は、基本的には静川さんと沢村さんはお休みなんだそうだ。


 まあ、土日は休み、というのは、あたりまえと言えばあたりまえなんだろうけれど、朝、起きてから、『ちょっと、言い忘れてたんだけれどね…』と、あやかさんから聞いて、『あっ、そうなんだ…』と、ビックリしたというわけ。


 なんせ、家政婦さんなんて、今までの人生では、まったく縁がなかった。

 もちろん、言葉の意味は知っているけれど、その仕事の実態などに関してはまったくの無知で、また、遠い存在、興味もなかったので、何となく、毎日、うちで仕事をしている人のように思っていた。


 そのことを話したら、あやかさん、『まあ、そのうちそのうちで、いろんな契約パターンがあるんだと思うよ』と言っていた。

 そう言えば、吉野さんは毎日いて、基本的には毎晩、夕食を作ってくれている。

 そして、この下に住んでるし、何となく、この家の主みたいな人でもある。


 おれ、初めてここに来たのは月曜日だった。

 だから、ここでの土、日は初めてなんだ。


 でも、そうしてみると、おれとしてはずいぶん長く感じたんだけれど、あやかさんと会ってから結婚するまで、本当にあっという間だったんだと思う…。

 姉貴あねきのこと、『会ってすぐに結婚した』と言っては笑っていたんだけれど、おれも同じようなもんだった。


 そう、話の本筋は、今日は、静川さんと沢村さんが休みだということでした。


 それで、あやかさん、土日の朝食は自分で何としなくてはならない。

 でも、これ、あやかさんが自分で作ったルールのようだ。


 ご両親は、あやかさんが高校に入るときに、おじいさんと一緒にマンションに移ったが、あやかさんは、高校1年の間は、そのまま裏にある大きな家で暮らしていた。

 それが、高校2年生になるときに、さゆりさんの部屋もしっかりと確保した、この建物が完成し、こちらに移ることになった。


 そのときに、少しは吉野さんの負担を減らそうと、決めたのだとか。


 まあ、それだからこそ、ここにもキッチンを作ったんだろうけれど、冷蔵庫、開けて見ると、バターと数種類のジャムだけしか入っていなかった。

 ただし、飲み物は別。

 ビールなど、アルコール類はいろいろと入っている。


 紅茶を淹れ、食パンを焼き、バターとジャムをつける。

 これが、あやかさんの土日の、おきまりの朝食らしい。

 まあ、おれもそんなもんだったけれど、でも、あやかさんの朝食だとなると、なんとなく意外な感じもした。


「パンは、冷凍庫に入ってるんだよ。

 あっ、でも、下の冷蔵庫には、卵やハムもあるから、とってこようか?」


 あやかさん、ふと、妻ならば、夫の朝食、もっと何とかすべきだったのではないかと、考えたようだ。

 例えば、ハムエッグを作るとか。

 見え見えの発言なんだよな。


「いや、パンだけでいいよ」

 と、おれ、返事をした。

 あやかさん、安心したように、ニコッと微笑んだ。


 でも…、フフフ、わかりましたか?

 おれの言い方、前なら『パンだけでいいですよ』だったのが、今では、何気なく、ため口もどき、ちゃんと言えるようになってきているんですよ。


 まあ、結婚を決めてから2日経ってるし、その間、いろいろあったからね。

 そう、そういうことがあると、不思議なことに、4歳の歳の差、あんまり感じなくなってきた。


 ということで、紅茶を淹れて、冷凍庫から出した食パンを、オーブントースターで焼き、朝食となった。

 おれは、食パン2枚。

 この間に、使う食器など、台所のものについても、いろいろと教えてもらった。


 おれ、1枚目のトーストにバターとマーマレードをつけてみた。

 この、マーマレード、冷蔵庫に入っていたんだけれど、やけに黒っぽくて、オレンジの皮が厚めでやや大きい。


 どんな味なんだろうと思っていたが、食べてみて驚き。

 苦みがきいていて、おれとしては、すごくおいしい。

 こんな、おれの好みにぴったりのマーマレード、初めてだ。



昨夜ゆうべ、あんまり話せなかったんだけれどね、昨日の昼過ぎ、電話で、張り紙にわたしの名前を使うって言ってたの、どういうことだったの?」


 テーブルに向かい合い、パンを一口食べて、あやかさんが聞いてきた。


 そう、昨日は、あんまり話している時間はなかった。

 あやかさんは、おじいさん関係での仕事があって、さゆりさんと、一日、外に出ていて、おれは完全に別行動。


 おれは、島山さんと北斗君とで、例の、侵入者を迎え撃つための、下見や準備をいろいろとやっていた。

 朝から、夜までずっと。


 それで、普段よりもちょっと遅い夕食となった。

 この時は、あやかさん、さゆりさんとの3人で。

 その後は、あやかさんと部屋に戻って…。


 まず、おれの実家に電話を入れた。

 あやかさん、連れて行くの、日曜日ではなく、もう少し先にしてもらうため。

 襲撃、いつだかわからないから、それに対する準備を優先した方がいいと考えたわけなんだけれど。


 でも、これが、けっこう、長電話になってしまった。


 それというのも、一昨日の夜に、お袋にかけた『結婚します電話』のとき、結婚相手として、あやかさんのことを、まあ簡単に話したわけなんだけれどね。

 でも、それが、『簡単に』だったところから、向こうでは、ある意味、わけがわからなくなってしまったらしい。


 まあ、お袋としては息子の結婚話なもんで、当然のこととして、その翌朝、だから昨日の朝なんだけれど、みんな揃った食事のときに、そのことを話した。

 おれがお袋さんに話したことをいろいろと。


 ところが、お義兄さんが、仕事の関係で、櫻谷家というものを知っていて、それ、本当なのか?!ということから騒ぎが始まった。


 櫻谷家って、お義兄さんの目から見ると、歴史のある、超ビッグな家ということになるらしい。

 宝石や貴金属を扱う大きな老舗から発展し、今では、装飾関係はもとより、その流通、そして不動産や建設事業にまでと、衣食住で言えば『住』関係の広い分野で、活発に動いているいくつものユニークな会社を傘下に置いているのが櫻谷家、と言うことになるようだ。


 そのトップの櫻谷泰蔵、あやかさんのおじいさんだけれど、その直系の孫は、年頃の独身女性ひとりしかいないことまでも知っていた。

 まあ、それ、あやかさんのことなんだけれど。


 お義兄さん、内装関係に重点を置く建築士で、その、気の合った仲間同士で時々飲むことがあり、その酒の上での話しとして、『あのうち、どうなるんだろうかね…』と、雲の上の話として酒のつまみに出ることがあるらしい。


『あの会長さん、いつまで頑張るんだろうかねぇ?』

『まあ、歳だと言っても、まだ80にはなっていないらしいから、もう少し頑張るんじゃないのかな…。まだまだ、切れがいいらしいからねぇ…』

『うん?なんの切れだ? ハハハハ…』


『で、その一人しかいないお孫さん、女だからね…』

『そりゃあ、お婿さんをとるんだろうけれど…、実際、どうする気なんだろうねぇ』

『まあ、こういうのは、当然、政略結婚なんじゃないの』

『すごい、美人らしいじゃないか…、どの辺と組むのかな…』

『ひょっとして、昨日会った専務だったりして…』

『えっ? あそこの2代目のか? そりゃ、ちょっと気の毒だな…』

『そうだな…。いいとこのお嬢さんって、ある意味、かわいそうな気もするねぇ』


 まあ、そんな、こんなの、ちょっと下卑た話のタネだったんだろうな。


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