6-6  住むところ

 玄関先で、あやかさん、美枝ちゃんと北斗君のこと、もう一度、一通り静川さんに話して聞かせた。

 今度は、美枝ちゃんや北斗君の表情など、おれが話した以上に詳しくして、おもしろおかしく話した。


 まあ、脚色ということなんだろうけれど、でも、見ていないのに、その場で見ていたように正確なんで驚いた。

 特に、北斗君の感じ、よく出ていた。


 こんなとき、美枝ちゃんならどう反応して、北斗君ならどんな表情をするのか、実に、よくとらえている。

 大きく脚色したときには、『…だよね』と、おれに相づちを求めるのだけれど、『ええ、そうでしたね』と答えるだけですんだ。


 そんな話をして、みんなで盛り上がっていたものだから、おれの荷物運ぶの、ちょっと遅くなった。


 まあ、玄関先で話をするのが、なんとも気持ちのいい、今の陽気ということでもあるんだけれど…。


 そうか、今、ちまたでは、大型連休の真っ最中なんだな…。


 まあ、そんなことに感慨を持つほど、ここでは、世間とは離れた生活。

 ここで暮らしていると、深山に籠もる仙人みたいになってくるのかもしれないな。


 そうだよ、去年の大型連休は、バイト中で、『悪いけれど、この日とこの日は休まないで出てきてくれないかな~』と、世話になっている主任さんに頼まれて、ほぼ連日勤務、けっこう忙しかったからな…。


 でも、この1週間で、おれの生活、激変しちゃったな。

 なんせ、あの、遠くから見ていたメチャきれいな人が、なんと、なんと、おれの奥さんになってくれるというんだからね…。

 いいことも悪いことも、先のことなんて、分からないもんなんだよね…。


 そうそう、話が飛んでしまったけれど、この段ボール箱、どこに運ぶのかというと、あやかさんの部屋に入れるんだそうだ。

 その、あやかさんの部屋は、階段を上って左側の部屋。


 と言うことで、あやかさん、一番軽い、小さな段ボール箱を持って、

「まあ、最初だから、案内するよ」

 と、家に入っていく。


 で、おれ、あわてて、大きな段ボール箱を持って、あやかさんのあとを追いかける。

 あたふたと、あやかさんのあとを追いかけるおれを見ていて、さゆりさんと静川さんが、玄関先で笑っていた。

 ちなみに、さゆりさんと静川さんも、運ぶのを手伝うと言ってくれたんだけれど、重いのもあるから、おれ、遠慮した。


 階段を上りきったところは、広いスペースになっていた。

 正面に窓があって、ちょっとしたホールといった感じ。


 階段から見て正面のところ、だからちょうど向かいの窓の下になるところには、かわいらしい台があり、花が生けてあった。

 女性の住処と言った雰囲気プンプン。

 右がさゆりさんの部屋で、左があやかさんの部屋となる。


 ドアーを開けて分かったんだけれど、おれの部屋のイメージではなく、まあ、マンションの一区画と同じような作り。

 ただ、天井が高く、何となく空間が多い感じ…。

 だから、かなり広いのかな?


 ドアーを開けてはいると、左が、短いけれど広い廊下になっていて、その正面に、かなり広いリビング・ダイニングがある。

 キッチンはその左側、手前にあった。


 下に、大きな台所があって、食事、出してもらっているのに、キッチンなんて使うんだろうか?

 冷蔵庫も、レンジもあるし…、あとで聞いてみよう。


 リビング・ダイニング、正面が窓になっていて、レースのカーテン、とても明るい雰囲気。

 はいってすぐ左がキッチンだが、その向こう側、左の壁に大きな食器棚がある。


 でも、あとは、食器棚近くに、大きめのテーブルと椅子が4脚あるだけ。

 リビングダイニングにはいって正面からの右半分は、がらんとした空間。

 観葉植物の、大きな鉢が1つあるだけで、あとはなにもない。

 やたらに広く感じる。


 その空いているところの端の方に、あやかさん、段ボール箱を置いた。

 で、おれ、その隣に、大きな段ボール箱を置く。


「ソファーなんか、置いてないんだけれど、あなたが必要なら、揃えるからね」

 と、あやかさん。

 2人になると、『あなた』と呼んでくれる。


「あっ、ありがとうございます。でも、おれ、特に必要ないかな」


「ねえ、これからは、『ありがとう』でいいと思うよ」


「えっ?」

 おれ、何を言われたのか、分からなかった。


「だから、『ありがとうございます』じゃなくて『ありがとう』にしなよ。

 夫婦なんだからさ…。

『ございます』は、変な感じだよ」


「なるほど…」

 確かに、ちょっと変かな?


 でも、夫婦だってさ、この、あやかさんと…。

 あやかさんに言われると、なんか、改めて、これ、現実?って疑問符が出てきて、どうも信じられない感じ…。


「そうですねぇ…。でも、急にですと、話し方を直すの、むずかしいかもしれませんねぇ…」

 と、おれが言ったら、


 あやかさん、ニッと笑って、

「そうだねぇ。急だと、話し方直すの、むずかしいかな…、だよ。

 言い直してみてよ」


「えっ、言い直すんですか?」


「えっ?言い直すのかい? だよ」


「う~ん…」

 まいった。

 あやかさんはあやかさんで、こうやって、いちいち絡んでくるし…。

 うん? そうか、これ、たぶん、あやか流の遊びなんだろうな…。

 あやかさん、楽しそうだもんな。


 でも、直すの…、かなり大変そうだぞ。

 ちょっと考えると、イライラするくらい…、とまではいかないけれど、本質的に、おれのどこかを変えなきゃダメだな…。


 ふと、こんなときの儀式を思いだした。

 子どものときからやっていた、態度を替える儀式。

 で、すぐに実行することにした。

 雇われ相棒から、旦那さんへの切り替えの儀式だ。


 じゃあ、おれ…、今から、

「へんし~ん」

 と、腕を突き上げて、叫んだ。

 まあ、小さな声でだけれど。


 目の前にいたあやかさん、一瞬、きょとんとしてから、大笑い。

 また、あの、キョトンとしたときの、超かわゆい顔を見ることができた。


 で、

「おい、あやか…、もう大丈夫だぜぇ」

 と、一言いってみた。

 かなり、無理して。


 あやかさん、もっと大きく笑い出した。



 あやかさん、部屋の中を、案内してくれた。

 全体的に、あまり、家具はないようだ。

 ウォークインクロゼットには、服がいっぱい掛かっていたけれど、普通の部屋くらいに広いので、まだかなりはいりそう。

 あとは、整理ダンスと本棚くらい。


 広いわりに、家具があまりない。

 と思ったが、考えてみると、あやかさん、昨日行った、地下の秘密の部屋もあるので、こっちに置くもの、そうそうはないのかも。


 寝室には、大きなベッド。

 正方形なのかな?というのが第一印象。

 キングサイズとでも言うのだろうか…。


 あやかさん、こんな広いベッドに寝ていたんだ。

 ひょっとして、寝相がすごく悪いのかも…。


「これ、このままで、いいよね?」

 と、あやかさん、珍しく、ちょっと照れている感じ。


「うん…、いいと思う…」

 と、おれも、ちょっと、ドギマギした感じ。

 危うく妄想に落ち込みそうになったのを、必死で押さえた。


 ベッドルームにあった整理ダンス、ひとつ、おれにくれた。

 もともと、ガラガラだったので、ほかに移して、空けておいてくれたんだとか。

 同じようなのが3つ並んでいて、その、左側のもの。


 でも、前もって空けて置いてくれたということは、やっぱり、あやかさん、こうなることを考えて…。

 そう気が付いて、なんか、すごくうれしい気持ち。


「あとは、その時その時で、考えていきましょうね」

 と、あやかさん。

 ちょっと、おれに対する話し方が、変わってきた感じがするんだけれど…。

 でも、おれ…、まだ、うまく、ため口のような感じになれない。


 まあ、そりゃ、そうなんだよね。

 おれが結婚申し込んでから、まだ、4時間ほどしか経っていないんだからさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る