6-5  北斗君もまた

 玄関には、美枝ちゃんと、河合北斗君がいた。


「結婚、決まったんですってねぇ。おめでとうございます」

 と北斗君。


「ああ、ありがとう」


「でも…、リュウさん、よく言えましたね…」


 ちょっと、からかい半分に、北斗君。

 話は、もう、美枝ちゃんから聞いている、と言うことなんだよな。


「うん、まあ、自分でもそう思うよ…。

 これでも、必死だったもんでね」


 と、軽い気分で答えているおれがいる。

 なんか、おれ、少し変わったかも。


「でしょうね…。なかなか、言えないもんッスよね…」

 北斗君、コクコクと頷いて、納得しながらそう言ってくれた。


「そうなんだよね…。だから、昨夜は、よく寝られなかった感じかな…」

 と、おれが言ったら、


「なんだ、昨夜から言う気があったのなら、昨夜のうちに、片を付けておけばよかったのに…」

 と、美枝ちゃん、いとも簡単に。


「いや…、なんか、帰ってきてからなんですよ…。

 明日には、必ず、言おうって、決心したのは…」

 と、おれ、ちょっと弁解気味。


「まどろっこしい感覚だよね…」

 と、美枝ちゃん、からかい半分なんだろうけれど、きついこと、はっきりと。


 すると、北斗君、

「でも、あねさん、こういうことって、なかなか言えないもんだと思いますよ」

 と、弁護してくれた。


「どうしてさ?」

 と、美枝ちゃん、本当に、この辺の感覚、分からないといった感じで。


「だって…、どんな、返事されるかとか、嫌われて、これで関係終わっちゃうんじゃないかとか…、いろいろ、恐いじゃないですか…」


「でも、言ってみなくっちゃ、わからないじゃないのさ…。

 しかも、今回のは、どう見たって、お嬢様、もう、OKする気、充分だって、すぐ分かるじゃないのさ」


「いや…、まあ、おれから見れば、ひょっとしたらそうなのかなって感じはしてたんスけれど、リュウさんだと、よく分からないかも…」


「はあ~、まったくね…。男たちの感じ方って、そんなもんなのかしらねぇ…。

 でも、思い悩むようなことがあったら、さっさと片付けちゃった方がいいと思うんだけれどね…」

 と、美枝ちゃん、かわいい顔して、ちょっと、おばさんみたいな言い方。


「そういうのって、さっさと片付けちゃう方がいいんですか?」

 北斗君、何か、思うことがあったのか、そのこと、繰り返して確認した。


「わたしは、そう思うよ。うまくいかなくったって、世の中、ホクが思っているほど、悪くなることなんてないはずだよ」

 美枝ちゃん、はっきりと断定。


「じゃあ…」

 急に緊張して、北斗君が言った言葉は、

あねさん…、おれと、結婚して下さい…」


「えっ? …、え~…、ぇ…?

 それ…、本気で…、なの?」

 美枝ちゃん、きょとんとした顔で、北斗君の方を向いて。


「も、もちろん、本気ですよ。

 想うことがあったら、さっさと、ということで…。

 姐さん、おれと、結婚して下さい」


 北斗君、もう一度、はっきりと言った。

 これ、おれの目の前でおこっていること。

 思いもよらぬ展開に、おれ、ビックリ。


 美枝ちゃん、もっと驚いたような感じ。

 たぶん、おれで言う、頭真っ白な状態なのかもしれない。


 ただ、美枝ちゃん、おれより切れるから、たぶん、頭、真っ白でも、いろいろと考えているのかも。

 ただ、その速度、いつもより、ものすごく遅い感じ。


「う~ん…、ホクと結婚か…、まあ、いいけれどね…。

 でも、ちょっと、もう一度、わたしの部屋で、ちゃんと聞くから」


 美枝ちゃん、2階の方を指さして答えた。

 でも、たぶん、今の返事は、一応、結婚はOKしたんだと思うけれどな。

 美枝ちゃん、不意打ちを喰らったような感じだったのかも。


 でも、不意打ちでも、すぐに承諾したということは…。

 きれる美枝ちゃんのことだから、反射で承諾してしまった、なんてことはないと思う。

 あやかさんやおれのこと、いろいろ言っておきながら、美枝ちゃんも、北斗君に、その気、あったのかも。

 そうか、だから、余計、あやかさんのこと気になって…。


 北斗君、目を大きくして、喜びいっぱいの顔。

 ふと、おれ、邪魔なのかもしれないと、気が付いた。


「それじゃ、またね」

 と何気なさを装って、ひとこと挨拶して、ガラ、ガラガラ、ガラ、と台車を押して、動き出す。

 美枝ちゃん、さっきからずっと、北斗君と見つめ合ったまま。

 で、美枝ちゃん、北斗君の顔を見ながら、右手で、おれにバイバイした。


 北斗君、優しく、美枝ちゃんの肩を押して、階段を上っていった。


 ガラガラガラ…。

 なんか、すごいことが起きたと、少し歩いてから実感が湧いてきた。

 今朝、ここで、二組目の夫婦が成立したと言うことなんだもんね。

 このこと、あやかさんとさゆりさんに、すぐに話そうっと。


 ガラガラガラ…。

 どのように話そうかな…。

 実は、面白いことがあったんですよ…、なんて感じで話し始めて…。

 クックック。

 美枝ちゃん、ビックリしちゃって…、クッ。


 ガラガラガラ…。

 そう言えば、このあと、美枝ちゃんの部屋で、どうなるんだろう…。

 もう一度、ちゃんと聞くって言っても、美枝ちゃん、言われたこと理解して、もう、返事までしちゃっているのにな…。


 クックック…、北斗君…、おれのときみたいに、うまく、最後の最後まで行くのかな…。

 フッフッフ…、なんだかんだと…、クックック…。


 ガラガラガラ、ガラ。

 着いた。

 玄関前に着いたけれど…、そう言えば、この荷物、どこに置くんだろう。

 おれの部屋って、あるのかな?



 玄関の前に着いたとき、玄関が開き、あやかさんが出てきた。

「その台車、すごい音だね。向こうを出たときから響いていたよ」


「静川さんに、古くて、うるさいとは聞いていたんですがね…。終わったら、油、差しておきますよ」


「油を差して、静かになるような感じじゃないけれどね。でも、はやかったね」


 と、ここで、話さなくっちゃ、を、思い出した。


「あっ、そうそう、今、向こうを出るときですけれど…」

 と、美枝ちゃんと、北斗君の話を、初めの、おれを含めた会話のときから、比較的忠実に、話した。

 まだ、玄関先でのことだけれど。


「へぇ…、やっぱり、そうだったんだね…。なるほどね…。でも、どうして、美枝ちゃん、自分の部屋で、もう一度聞く必要があったのかしら?」

 と、あやかさん。


「そうなんですよね…。ただ、ひょっとして、そんな話のとき、おれが邪魔だったんじゃないかなって…」


「ああ、なるほどね…。あなたがいたんじゃ、わたしたちみたいな形で、うまく話を進められないもんね…。ククク…」


 と、あやかさん、ちょっと、おれをからかうような感じで、やや上目遣いで、愉快そうに笑った。

 おれ、思い出して、ちょっと照れた感じ。

 でも、また、『あなた』と言ってくれた。


 すると、家の中から足音がして、さゆりさんが出てきた。


「こんなところで、何を話しているんですか?」


 と、聞かれたので、おれが説明しようとしたら、その前に、


「ねえ、ねえ、今、リュウから聞いたんだけれど、ホクが、美枝ちゃんに結婚を申し込んだんだってさ…」

 と、あやかさん、説明を始めた。


 おれの言ったこと、ずいぶん正確に覚えていて、最初から、ちゃんと、おれも登場する形になって、おれの話したことを上手に、でも、ちょっと色をつけて、さゆりさんに話した。


 すると、また、家の中から足音がして、今度は静川さんが出てきた。

「こんなところで、何のお話なんですか?」


 それを聞いて、おれとあやかさん、大笑いとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る