6-2  朝飯前に

 さて、結婚はダメよ、となったときのことだけれど…、『相棒』の関係が今まで通り続くのかは、ある意味、大きな問題だよな。

 まあ、嫌な、そうなって欲しくない仮定の上でのことなんだけれど…。


 相棒については、そのまま続けてもいいということならな…、そうだよ、結婚はダメだったとしても、あやかさんを守って生きていくっていうのも、悪くはないかもしれないな…。


 ちょっと、暗い影を背負った相棒って感じで…。

 そう、ちょうどサスペンスドラマに出てくる、ニヒルな脇役のような…。

 うん、そうだな、おれみたいな性格で、ニヒルにできるかどうかは分からないけれど、でも、そのときは、そうしよう。


 でもなぁ…、相棒も辞めてって言われたら…。

 ちょっと考えたら、これ、すごく寂しい感じ…。


 いつの間にか、おれ、いつも、あやかさんのそばにいたいって気持ちが強くなっているんだもんな…。

 でも…、そうだな…、今なら、辞めても…、まあ、本当に悲しいだろうけれど、でも、まだ、なんとか、乗り越えられそうな気もするな…。


 そうだよ、今、このまま黙って過ごしていて、もっと経ってから、どうしても我慢できなくなって結婚申し込んで…、それで、全部がダメになったら…、これ、ちょっと悲しすぎる感じだよ…。


 そうなると、もう、おれ、立ち直れないんじゃないかな…。

 だから…、断られるんだって、早いほうがいいはずなんだよな…。


 これ…、早いほうがいいとするために、あいだ、ちょっと飛ばしちゃったかな?

 でも、こうやって追い詰めないと、おれって、動くことしないからな…。

 厄介な性格だよな…。


 あれ?ビール、いつの間に飲んじゃったんだろう…。

 ちょっと、フラフラした気分だけれど…、でも、もう1本だろうな…。


 また、プシューッとやった。



 あやかさん、おれのこと、どう思ってるんだろう…。


 そう言えば、今度の土曜か日曜に、ご両親に紹介するって言ってたよな…。

 両親にって…、どうしてなのか、よくわかんないけれど、ある程度は、おれの存在、認めてくれているって考えてもいいのかな…。


 なんせ、わざわざ、ご両親だもんな…。

 そうそう、そのご両親、ここは、東京とはいっても、ちょっと西の方なので、普段は会社に近い都心のマンションで暮らしているんだってさ。

 もちろん、この敷地内にも、家はあるんだけれど。


 都心のマンション、と言うことで、やはり、お金持ちなんだなと思ったら、その時、あやかさん、『まあ、どこまでを都心と言うんだか、わからないけれどね』と言って笑っていたんだよな。

 あの、軽い笑顔も、すてきだったよな…。


 すると、急に、美枝ちゃんの言った言葉が浮かんできた。

『泊まってくればよかったのに…』

 非難めいた感じ…。


『まだまだなんだねぇ…』

 ちょっと、意地悪で、わざと馬鹿にしたような感じ…。


 これ、おれに都合のいいように解釈すると…。

 うん、おれ、やっぱり、明日、頑張ってみようかな。


 #   ** -|- **


 ここに来て4日目の朝。

 起きたときから、なんだかそわそわした感じ。

 目覚ましは7時20分にかけていたけれど、6時前から目が覚めていた。

 どうしようかな…。


 昨夜、『今朝、あやかさんに話してみる。結婚を、申し込んでみる』と、決めてから寝たんだけれど、少し時間が経つと、すぐ、反射的に、『どうしようかな…』と、迷いが出てくる。


 それで、『話すって決めたんだろう。おまえ、しつこいな…』とすぐにそれを抑えるおれが出てくるんだけれど、またしばらくすると、『どうしようかな…』のおれが顔を出す。

 本当に、情けない性格だな…。

 

 朝食は、7時45分頃からとなっているので、昨日、一昨日は7時40分頃にあやかさんのうちに着くように、35分頃にここを出ていた。

 で、今、7時20分の少し前。

 本来なら、そろそろ起きる時間だけれど、もう、緊張で、ドキドキしている。


 のどもカラカラ、さっきから水ばかり飲んでいる。

 こんなにのどがカラカラなんだから、ビールだとすごくうまいのかな、とも思うんだけれど、今は、ちっともそんな気にはならない。


 でも、あやかさんと会えば、いつも通りの挨拶をして、そのまま、言えないで終わりかもしれないな、という思いも半ば…。

 とはいえ、今回は、かなり重症。

 昨夜、急に浮上してきたわりには、この気持ち、すごく激しくて、このままでは、おれ、そんなに持たないかも…。


 もたないと、どうなるのかはわからないんだけれど…、けど、この息苦しいような想いが、ずっと続くんことは間違いないんだろう。

 こんな息苦しさが続いたら、絶対にもたない…、あれっ?なんだか、思考も、ぐるぐる回りしているよ。

 少し、落ち着かなくっちゃ…。


 それで、落ち着いてみると…、結果はどうあれ、言えないで終わった、ということだけはないようにしておきたい、と思った。

 それで、意を決して、あやかさんに電話をすることにした。

 こんな動き、なんだか、今までの自分ではないような感じ…。

 今のおれ、無我夢中、というヤツなのかも…。


 そんな、普段ではない精神状態のせいなのか、案外、淡々と、食事の前、二人だけで、話がしたいと、あやかさんに告げることができた。

 できてから、不思議な気がした。


 でもな…、考えてみると、結婚を申し込むのが、朝食の直前だなんて…、なんかな…、さえない感じだよな…。

 朝飯前あさめしまえに、って感じで、ムードも雰囲気も何もないんだもんな…。


 まあ、おれ、それだけ、切羽詰まった状態ということで、しょうがないのかな。

 心の奥に漬け込んでおいたものが、昨日のあやかさんの一瞬の顔で、ふたが取れてしまったような…、そんな感じなんだよな…。


 電話で、二人だけで話がしたい旨、あやかさんに伝えると、

「わかった…、すぐに、来るの?」

 と、あやかさんも、なんか、急に緊張した雰囲気。

 言葉も固く、今までにない感じ。


 で、いつ行くかは、まるで考えていなかったので、『ええ、今、すぐに出ます』と反射的に返事をした。

 それで、それに従って、本当に、そのまま、まっすぐに玄関へ。

 もう、着替えなんか、出かける準備は、20分くらい前に終わっていた。



 なんか、ドキドキした感じで、どのように言おうと昨夜から考えていたこと、頭で反復しながら歩いていたら、あっという間に、あやかさんのうちの前。

 そうしたら、玄関の前にあやかさんが立っていた。


 遠くで一度頭を下げながら右手を挙げ、近付いてから、硬い笑顔で『おはようございます』の挨拶。

 でも、なんか、不思議、普通の声で言えた。

 逆に、あやかさんの挨拶、なんだか、かなり緊張している感じ。


「こっちの、部屋で、いいかしら?

 誰も、来ないから…」


 玄関にはいると、正面に、まっすぐに奥に行く広い廊下があるんだけれど、それと並んで、廊下の左側にある応接室のドアーもある。

 廊下の右側が食堂、その食堂とは廊下をはさんで、広い応接室になっているのだけれど、そこへは、玄関から直結に出入りするドアーが付いているのだ。


 あやかさんのあとに続いてはいり、ドアーを閉める。

 あやかさん、振り向いて、ニコッと笑う。

 でも、その笑い、初めて見るような、かなり固く、緊張した感じ…。


 二人だけで話がしたいなんて言ったので、何を言い出されるのか、いぶかっているんだろうか。

 でも、こうやって、近くで立ったまま見合ってみると、おれの方が10センチ近く背が高いせいか、あやかさん、今までのイメージよりも、小さな感じがした。


 そして、あやかさん、

「二人だけで、話って…、なぁに?」

 と、おれの目を見て聞いてきた。

 明るい茶色の瞳に、ちょっと緊張感のある優しい微笑み…。


 おれ、もう、例のごとく、頭の中、真っ白な感じ。

 このタイミングで、目の色、セピア色にして、遊んでみようかなって、ふと思ってしまうほど、真っ白。


 いろいろと、言うこと考えてきたんだけれど、それもすべて真っ白になったもんで、最重要ポイントであることを、ストレートに一言。

「あの…、おれと、結婚してもらえませんか?」


 いきなり言ってしまった。

 前置きも何もなかった。

 しかも、これだけ。


 目の色も、どうなっていたのかはわからない。

 いきなりだけれど、全身全霊をあげての一言だったのだ。

 でも、これで、すべて。


 一瞬、あやかさんからの返事、どんなこと言われるのかと思ったんだけれど、あやかさん、何も言わず、おれをじっと見詰めている。


 その大きな目に、急に、涙が溢れてきた。

 両手で顔を覆い、泣き出してしまった。


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