5-12 はじまり
あやかさんは、おじさんが怪しいなどとは、まったく口に出さなかった。
しかし、昔から、ずっと、そのおじさんを警戒して過ごしていた。
そもそも、そのおじさんへのあやかさんの警戒は、13年前の事件よりも、もっとずっと前、あやかさんが、まだ小学生の頃から始まっていたのだそうだ。
って…、そんな小さい頃からなんだ…。
自分に置き換えると、ちょっと考えられない感じだ…。
でも、そんな歳の頃から、そう言うことができるのって、やっぱり、あやかさんの特別な才能のようなものなんだろうな…。
話を聞いていて、おれなんかだと、すぐに始末されていたような気がした。
あやかさんの置かれている位置、ちょっと、恐すぎ…。
始まりは、あやかさん、小学校の5年生のとき。
その夏休み。
あやかさん、お母さんと一緒にデパートで買い物をするために、安田さんに、おじいさん専用車を使って送ってもらった。
お母さん、ちょっと街を歩きたいからと、少し前で降ろしてもらう。
車を降りて、2人で歩道を歩き始めた。
賑やかな街、あやかさん、お母さんと2人での買い物ということで、とても楽しかったんだそうだ。
でも、少し向こうにある交差点、信号が変わったばかりのとき、ものすごい勢いでオートバイが交差点に入り、走り出した車と接触した。
オートバイ、一度弾むように横倒しになりながら、あやかさんたちのいる方に突っ込んできた。
ガードレールは前にあったが、その滑り込んでくる方向に危険を感じ、あやかさん、お母さんを力一杯引っ張って、道路にあったコンクリートの構造物の陰にはいるような動きをしたそうだ。
ほぼ同時に、横滑りしてきたオートバイは、ガードレールに激突し、破片が飛び散った。
あやかさんがお母さんを引いた力、かなり強かったそうだ。
お母さんは、あやかさんに引かれ、よろめくようにして陰に入った。
でも、お母さん、すぐにあやかさんを抱き寄せて、破片などで怪我をしないようにかばった。
その時、あやかさんの顔を覗き込むと、あやかさん、厳しい顔つきで激突したオートバイを見詰めていただが、その鋭い目の虹彩が、赤みがかったセピア色になっていて、キラリと、金色の筋が走った。
お母さん、ザワッとして身震いした。
それは、事故の恐怖からではなく、その、赤味を帯びた目からの、えも言われぬ不思議な力に、畏れに似た感覚を味わったのだった。
同時に、それが、父親、だから、あやかさんのおじいさんに、子どもの頃から聞いていた『神宿る目』だと言うことは、すぐにわかった。
この時が、あやかさんが『神宿る目』を持っていることがわかった最初のとき。
お母さん、買い物どころではなくなり、すぐに、そのことを、おじいさんに報告し、急いでおじいさんと会うことになった。
「それからしばらくは、いろいろと大変だったんだよ」
とあやかさん。
まあ、それはそうだろうと、おれは思う。
なんせ、櫻谷家で、アヤさん以来の『神宿る目』だったわけだから。
そして、そのあと少ししてから、おじさんのあやかさんへの態度に、あやかさん、妙な違和感を感じ始めたらしい。
あやかさん、あとで知ったのだが、当時、あやかさんが『神宿る目』を持つことがわかってから、おじいさんの強い意見で、将来のことではあるが、あやかさんへの、財産の分与が決定されたらしい。
それは、おじいさんが管理している財産の中の、アヤさんからおじいさんに譲られた、いわゆる『魔物退治』に関連した財産のこと。
ここの土地を含む、その多くの財産を、『神宿る目』を持つということで、あやかさんが直接、相続することになったのだそうだ。
それは、会社関係以外の財産の中では、かなり大きなもので、時価に直せば、莫大な財産でもあった。
おじいさんやお父さん、おじさんなどが集まった家族会議では、全員が一致して、おじいさんの考えに賛成したそうだ。
そのおじさんは、『本来、そうあるべきものです』とまで言ったという話が、あやかさんにも伝わっている。
だから、あやかさんからすると、余計、厄介なのだそうだ。
おじさんの動きは、その時の決定を阻止しようとする企みだと、あやかさんは考えているが、このような流れから、どの家族に話しても、誰にも信じてもらえないだろうということはわかっている。
決定の阻止ということは…。
決まった将来の財産相続を覆すには…、ある意味、ひとつしか方法がない。
まあ、だから、命が狙われる、と言うことになるんだろうけれど、財産を持つのも面倒なことだと、財産のないおれは思った。
「しかもね、妖結晶は、すべて、お父さんの会社が押さえているし…。
まあ、宝石関係と言うことで、当然と言えば当然なんだけれどね…。
おじさん、デパートやテナントなどを入れる不動産賃貸関係なんかですごい業績を上げている方の会社を引き継いでいても、その辺が、内心、面白くないんだろうね…」
と、あやかさん。
そして、一言、感想のような、ぼやきのようなことが付け加わった。
「おじさん、すごく頭がいいようで、何もわかっていないところがあるからね…」
「それ、どういうことですか?」
と、おれ、今回は、反射的に質問。
そう、あやかさんに質問させられたな、なんてこと考えることもなく、反射的に。
だから、ある意味、完全に引っかかってしまったんだけれど…、あ~あ…、こんなこと、わざわざ書くの、おれの
「うん、まあ、おじさん、財産については、お金に換えるといくらになる、という考えしかないんだよね…。
ここの土地をおじいちゃんがわたしにくれるようにしたのは、わたしが自分をここで鍛えなきゃなんないからだし、『霜降らし』や偽物の刀だって、それを使うと言うことが前提で、そのために伝わってきたものなんだけれど、おじさんの場合は、坪いくらの土地、1本いくらの刀って感じでの計算だけだからね…」
「なるほど、今の世に多いという、『頭のいい馬鹿』というヤツですかね…」
と、あまり考えないで言ってしまった。
この言葉、学生のときに、ある先生が、『大学には、そういう
まあ、その時の、印象が深かったためか、咄嗟に出てきてしまった。
でもよかった。
あやかさんに、ちょっとだけ受けた。
「えっ?『頭のいい馬鹿』…、ふ~ん、クックック…、それ、面白いね…。
まあ、ある意味、そういうことなんだろうけれど、ただね…、その、『頭のいい』というところが、よすぎるほどいいからね…、だから、やっかいなんだよね…。
しかも、その馬鹿な部分ていうのが、頭のいい部分の働きを加速し、制御不能にするからねぇ…」
なるほどな…、『頭のいい馬鹿』と言うのは、馬鹿な部分が、頭のいいところの暴走をさらに勢いづかせるということか…。
前にその言葉を聞いたときには、そこまで考えなかったな…。
あやかさん、ごもっともなご意見です。
そのあとも、いろいろな話題が出て、その夜は、話が長くなってしまった。
あやかさん、ビールを飲んだあと刀をいじるのも危険だろうからと思ったので、刀のことは、明日にしようと、早い段階から考えていたそうだ。
そして、あやかさんのあっちに飛び、こっちに飛んでの話、また、時々、珍しく茶々を入れるさゆりさん。
そのたびに、笑い。
おれにとっては、すごく楽しい時間だった。
そして、最後に、あやかさん、
「それに、今日話したこと、いろいろとね、リュウには話しておきたかったことだから、うまく話せてよかったよ」
とまで言ってくれた。
そんなこんなの、いろいろあった話の最中に、ふと、感じた。
やっぱり、なんだかんだ言っても、命を狙われていると感じていること、けっこう大きな負担なんだろうな…。
そして、話している合間合間に考えていた。
おれ、そんなに力はないけれど、このことについては、少しでも、あやかさんの力になってあげたいと。
あやかさんを、なんとしてでも守りたいと。
そんな中、大いなる難題にも気が付いていた。
戦闘能力のないおれ、どうすれば、あやかさんを守れるんだろう…。
話が弾んだ上、ゆったりとコーヒーを飲んでいて、かなり遅い時間になった。
途中で、吉野さん、コーヒーのお代わりのポットを持ってきてくれた。
その時に、『カップなどはそのままにしておいて下さいね』と、『本日はこれで業務終了ですよ』の意味を持つ挨拶をして、部屋を出て行った。
しばらくして、そろそろ深夜、おれは、自分の部屋のある別邸に帰ることにした。
でも、その前に、申し出て、台所でカップ洗い。
こう言うこと、吉野さんにやってもらうの忍びない感じなもんで。
あやかさん、隣で洗ったカップ、拭いてくれていた。
帰るとき、玄関まで、あやかさんとさゆりさんが見送ってくれた。
また明日の朝、ということで、手を振って別れた。
その時、ふと、あやかさん、すごく、寂しそうな顔をした。
あやかさんのあんな顔は、今まで見たことがなかった。
ちょっと甘えのある、寂しそうな顔…。
一瞬の顔だったんだけれど…、妙に心が揺すぶられた。
なんなんだろう、あの顔は…。
そして、なんなんだろう、そのときからの、おれのこの気持ち…。
ざわざわしたような、苦しいような…。
なんか、心の底にあったあやかさんを想う気持ち…、今まで表に出ていたあこがれようなものとはちょっと違う、切ないような気持ちが浮き出てきた感じ…。
なんか、ずっとそばにいたいような…。
おれ、こう言うの、苦手なんだよな…、よくわかんないから…。
あ~あ、この気持ち、対処に困るんだよな…。
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第5章はここまでです。
第6章に続きますが、数日~1週間ほど、時間がかかりそうです。
次章も、よろしくお願いいたします。
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