5-11  糸を引く敵

「どういうことですか?」


 ちょっともったいぶったあやかさんの話し方に、まんまと乗せられて、相手を楽しませるような質問を、ついしてしまったおれ。

 まあ、あやかさんに楽しんでもらうの、それはそれでいいんだけれど、でも、引っかかったような感じが、ちょっと…ほんのちょっとだけ、悔しい感じ。


 あやかさん、たぶん、おれがそこまで感じたのを見抜いたんだと思う、うれしそうに、ニッと笑って、話の続き。

 

「まあね、実は、その運転手が、おじさんと話していたのを、たまたま、わたしが見てしまったんだよ…」


 それが、とんでもない時に、とんでもないところで、だったそうだ。

 聞いて驚いたのは、その『とんでもない』の意味は、おれだと、『ごくありふれた』になるところ。

 でも、確かに、ありふれた時刻で、ありふれた場所だけれど、2人が会うには、まったくそぐわない時刻と場所。


 その時、あやかさんは、そう、たぶん、おてんば娘という言葉の延長になるんだろうけれど、まさに目立たないけれど、どことなく不良っぽい少女、というような感じの姿だった。

 年齢も、おそらく、17、8歳に見えたんじゃないかとのこと。


 髪型も普段とはまったく別で、変な化粧もして地を隠し…なんせ、たぶん、すごい美少女だったんだろうから、目立たないようにそれを隠さなきゃならないわけで…、そんな格好をして、大きな喫茶店でコーヒーを飲んでいたんだそうだ。


 高校1年生だから、こういうのは、おてんばと言うよりも…、まあ、いいか…、あやかさんなら、何となく納得できる。


 平日の、3時半頃。

 そこに、見知った顔の運転手がはいってきて大きなテーブルの隅近くに座った。

 その大きなテーブルは、あやかさんが座っている小さなテーブル席の斜め前にあって、その向こう側の席。


 だから、あやかさん、斜め前から見ることになって、相手の顔はよくわかる。

 あやかさん、初め、『こいつ、仕事さぼっての、コーヒータイムなんだろうな』と思ったそうだ。


 向こうは、あやかさんには、まったく気付いていない。

 あやかさん、何気ない変装が、うまいのかも。


 でも、その運転手、やたらとスマホを見て、時刻を気にしていた。

 ゲームなどをするわけでなく、時々、チラッ、チラッとスマホを見ては、また入り口を見る。

 そんな仕草を繰り返していた。


 サボりなら、時間は気になるだろうが、スマホを見る頻度が違う。

 そこまで時刻を気にする必要はないはずだし、入り口を見る必要もない。

 誰かと会う約束をしている、と、あやかさんは思った。

 しかも、緊張を伴う、密会。


 あやかさん、コーヒーは、あと一口くらいしかなく、そろそろ出ようと思っていたところだったが、予定変更、はっきりするまで、そこにいることにした。


 しばらくすると、ドアーが開き、知ってる顔の男がはいってきた。

 あやかさん、何気なく、前髪を少し下ろしたんだそうだ。

 もちろん、少しでも顔を隠すために。


 その男、カウンターでコーヒーを注文しながら、中をさっと見る。

 コーヒーを受け取ると、真っ直ぐにその運転手の方に進み、隣の席に座った。

 その男、前から、あやかさんとしてはどうもすっきりしない印象を受けていた、例のおじさんだった。


 なんで、こんな時間に、こんなところで、と、あやかさん、思った。

 すると、おじさん、何か、運転手にちょっと話して、分厚い封筒をさっと渡し、コーヒーには口をつけず、すぐに、そのまま出て行った。


 運転手、封筒の中を覗いて、ニヤッとして、スーツの内ポケットに入れた。

 すぐに、おじさんの残したカップと自分のカップを持って、席を立った。

 その運転手が、その月の末で会社を辞めていたことを、あやかさん、事件のあとで知った。


「まあ、それを見たのは本当に偶然だったから、ラッキーだったし、あとで、サーちゃんを説得するのには、特に役に立ったけれどね。

 でも、あれを見ていなくても、前々から、なんか、嫌な感じで、わたしとしては、ヤツだと考えたと思うんだよね」

 あやかさん、『おじさん』が、『ヤツ』になっていた。


「それ、警察には?」

 やっぱり、聞きたいよね、このこと。

 捜査に影響するかもしれない大事な情報…かも。


「話していないよ…、と言うか、まあ、話せなかったね。

 そもそも、家を抜け出したこと自体が、秘密だったしね…」


 あやかさん、当時、山を走り回るため、都心のマンションに移ったご両親と離れて、こちらのうちに残って、吉野文江さんとの二人暮らし。

 今、おれの部屋のある別邸が建っているところには、当時、警備員の詰め所があったそうだ。

 警備員付きの暮らし、と言うわけ。


 それに、昼間は、もう1人のお手伝いさんがいた。

 言ってみれば、今の家政婦さんの沢村さん、その2代前の人。


 その日は学校が早く終わった日で、あやかさん、何となく遊びたい気分。

 吉野さんたちに、『体を動かしてくるね』と言って、だから、これからの時間は山を走り回っているんだよ、と表明して、体育館へ。

 体育館で着替えて化粧をし、バスの時刻を見計らって、そして、その吉野さんたちを欺いて、秘密の外出。

 決して口にはできない。


 この敷地にある監視カメラの位置をすべて把握しているあやかさん、当時は、体育館から山の方に少し進むと、監視カメラに写らないで外出できるルートがいくつかあったのだとのこと。

 そんな、極秘の外出だったんだそうだ。


「まあ、今じゃ、フミさんも知ってるけれどね…。

 でも、ね、あの当時、そんなことしていたなんて話すと、フミさんに心配かけることになるじゃない?

 だから、言えなかったのよ」


 と、あやかさん、弁解したけれど、本当は、次の秘密の外出ができなくなるからなんじゃないかと、おれは思った。

 で、つい、ニッと笑ってしまった。

 それを悟ったあやかさん、ちょっと冷たい目を、おれに向けた。



 実は、おじさんがこの事件の裏で糸を引いているに違いないと、あやかさんが考えるに至った、もう一つの出来事があったそうだ。


 それは、その年の初め、だから、13年前の正月のことだけれど、おじさんの会社で、特別な集まりが開かれた。

 おじさんの会社は、お父さんの会社の兄弟会社。

 おじいさんが、両方の会長をしている。


 それで、おじさんの部下が、その集まりでの特別展示品として、お父さんの会社から、かなり質のいい妖結晶のエメラルドを借り受けた。

 このエメラルド、まだカットはされてはおらず、また、その時は売り物ではなかったが、売れば数千万円にもなるだろうという代物。


 会が終わり、お得意さんたちが引き上げてみると、その、展示されていた妖結晶のエメラルドがなくなっていた。

 招待されたお得意さんたちは、おじいさんが社長をしていた頃からの、お馴染みさんがほとんど。

 それに、実際に、その人たちが盗ったと仮定すると、その時の状況から、それは非常にむずかしかったとも考えられ、早い段階で、その人たちが犯人である可能性は消えていた。


 ただ、このような複雑で微妙な状況下での事件であったので、種々の信頼関係の問題もあり、櫻谷家としては、何者かの侵入による盗難だろうとは結論づけはしたものの、最終的にはおじいさんの決断で、警察には届けを出さなかったらしい。


 でも、あやかさんは、そのとき、外部からの侵入説は、どうも無理っぽいように考えたんだそうだ。


 それは、その時、拡大した家族会議のような集まりのときだけれど、一緒に話を聞いていたあやかさん、でも、まだ中学3年生だったので、当然のように話には参加せず、一歩引いて聞いていた。

 ふとしたタイミングで気付いてみると、おじさん、非常に上手なことがわかったんだそうだ。


 表に出過ぎず、上手に人の話を支え、その人の話を使って流れを作る。

 その話の流れは完全におじさんペースなのに、誰も気が付かない。

 しばらくしたときには内部犯行説は完全に消滅し、自然と『外部犯行説になっていった』のを、あやかさん、感心して聞いていたそうだ。

 

 で、あやかさんいわ

『本当に、上手に、外部犯行説を作り上げたのよね…。

 でも、内部犯行として考えると、犯人としての可能性が考えられたのは、親父とおじさん、それと紛失したと青くなっていたおじさんの部下、この3人だけだったんだよね…』

 ただ、その会議の時は、紛失したおじさんの部下を含め、お父さんやおじさんが疑われるようなことは一度もなかったそうだ。


 そして、あやかさん、内部犯行と考え、『親父さんは、そんなことできるほど、肝っ玉が据わってないから…』と言うこともあって、おじさんが一番怪しいという結論になったんだそうだ。

 もちろん、おじさんの部下についても、いろいろと検証しての結果だそうだ。


 あやかさんが、おじさん犯人説になった理由の、最も大きなところは、紛失したときに、盗難事件として警察に届けにくいような微妙な問題が絡みすぎていたこともあったようで、『こんなタイミングができていて、しかも、そこを狙うというのは、なんだかできすぎているように思ったんだ』とあやかさん。


 おじさんが、部下の設定を、何気なく、わずかずつ誘導し、うまいタイミングを作り上げたのではないかとあやかさんは考えている。

「あいつは、そのくらいのことが、何気なくできる力を持ってるからね…」

 あやかさん、『おじさん』が、今度は『あいつ』になっていた。


 そこで紛失した、妖結晶のエメラルド原石は、あの男たちへの手土産になったのではないかと、あやかさんは考えている。


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