5-10  あの強い敵

 その時だった。

 笛が鳴り響き、『何をしている!』と鋭い声が響いた。


 それに、瞬時に反応して、のどに手刀を受けて苦しそうにしていた男は、それでも、倒れている、回し蹴りを受けた男をヒョイと担ぎ、車の方に走った。

 膝蹴りを受けた男も、その後に続いて走り出した。

 倒れていた運転手は、いつの間にか車に入れられていて、2台の車が急発進し、裏にある出口から出て行った。


 男たちの逃げ去った方を黙って見詰めて立つあやかさん。


「あなた…、大丈夫?」

 あやかさんの横で、緊張した女性の声がした。


 それが、あやかさん、さゆりさんとの最初の出会いだった。



 その日、さゆりさんは、1週間後にせまった警護の下見で、同僚たちとこの付近を調べて回っていた。

 一緒に来た同僚たちが別のところで細部の点検をしている間、さゆりさんは、この地域担当の巡査さんと周囲の状況を確認していたところだった。


 遠くで、建物の影に、たたずむ男が見えた。

 さゆりさん、その男の動きが怪しいと感じ、見極めるため、その不審者に向かって、目立たないように移動を始めた。

 すると、美しい少女が向こうから歩いて来て、駐車場の入り口で止まった。


 その、かなり向こうの方で、どこからともなく現れた大柄な男が、こちらに向かって歩き出した。

 それと呼応するように、物陰にいた不審者も歩道に出て、向こう、少女の方に向かって歩き出す。


 さゆりさん、巡査さんを従えて、急ぎ足になって、距離を詰める。

 少女が、駐車場の方にはいり、見えなくなる。

 再び少女が歩道に出てくると、すぐに、2人の男たちの動きが、速くなる。


 少女と男たちが争い始めたのを見て、巡査さんにホイッスルを吹くように命じ、同時に、さゆりさん、走り出した。

 警笛の音にのせて、男たちに向け鋭い声をかけると、男たちは、駐車場の中に、走り込んでいった。 


 さゆりさんが、少女のもとに駆けつけたときには、車が急発進して、すぐに裏の出口から車道に出て行った。


 さゆりさん、少女に声をかけ、無事を確認してから事情を聞いた。

 少女が、さほど動揺しておらず、正確に状況を説明するに、驚いたそうだ。

 2台の車のナンバーも、少女はしっかりと覚えていた。


 すぐに、署に連絡し、2台の車と、おじいさんの専用車の行方を手配した。

 その、おじいさんの専用車は、同じ駐車場の隅の方にとめてあったのを、少女が見つけ出した。


 駆けつけてみると、運転手の安田さんが縛られ、猿ぐつわをかまされ、後部座席に押し込められていた。

 ただし、意識のない状態…、まあ睡眠状態だった。

 あやかさん、初め、安田さんが死ぬんじゃないかと、かなり心配だったそうだ。


 その後の調べで、2台の車のナンバーは、偽造ナンバーだったらしく、また、犯人たちも、今もってわからないまま。

 また、お父さんの会社の運転手は、その前の月までで会社を辞めており、その後、現在に至るまで、行方はわかっていない。

 その運転手のことだが、『どこかに、埋められちゃってるかもしれないね…』と、あやかさんの、恐い一言が付いていた。


 当日、おじいさん専用車の運転手、安田さんは、いつもの通り、早めに駐車場に来て、あやかさんの帰りを待っていたのだそうだ。

 そのとき、トントンと、ドアーのガラスを叩く音がした。

 そこには、顔見知りの、あやかさんのお父さんの会社の運転手がいた。


 車を降りて挨拶すると、缶コーヒーが差し出された。

 ふたりでそれを飲みながら、いろいろと世間話をしていると、安田さん、急に意識がもうろうとしてきた。

 もらった缶コーヒーに睡眠薬がはいっていたようで、安田さんが覚えている相手は、その運転手だった人だけ。



「まあ、そういうことなんだけれど…、あの時、サーちゃんが来てくれなかったら、ちょっと危なかったな、と思うんだよね…」


「その、大きくて体がガッチリしていた相手というのは、例の、妖結晶を舐めると強くなる人たちだったのですか?」

 おれが、話の途中から、ずっと気になっていたことを、まず聞いた。


「うん、そう、思ってるんだ。しかも、たぶん、妖結晶を飲んでいた…。

 あのとき、膝蹴りは弾き返されたし、ほぼ全体重をのせて首を強く打ったのにも、ほとんど効き目なしだったからね…」


「でも、見た目はそうでも、かなり効いていたんじゃないですか?

 一応、攻撃の動きは止まったわけですし…。

 なんか、それからしばらくしてからですよね、『目の色が紅く変わる美女には注意しろ』って言われているとかの噂が、あの人たちから出たのは…」

 さゆりさんが言った。


「犯人たちの間での噂話なんですか?」

 おれ、ちょっと驚いて、反射的に聞いてしまった。


「ああ、それは違うのよ。犯人はいまだにわかっていないの。

 そうじゃなくてね、その…、妖結晶で力が出るけれど、ちゃんと生活している人たち、その人たちの間でのルート不明の噂話よ。

 いろいろな尾鰭おひれが付いての、おもしろおかしいお話なのよ」

 さゆりさんが、説明してくれた。


「ああ、なるほど…」


「でも、今思うと、やっぱり、無茶だったと思うんだ」

 あやかさんの話は、やはり、そこに戻る。


「まあ、それはそうですよね。相手は、3人いたみたいですからね…」


 この場合、相手とは、例の、力のある人たちに限定してのこと。

 そして、さゆりさんも、やはり、その時、その男たちは、妖結晶を舐めていたんだろうと考えているとのこと。


 高校生のときでも、あやかさんの力が出ているとき、だから、目の虹彩の色が紅っぽくなっているとき、その手刀での突きをのどに決めれば、普通の相手なら動けなくなるはずと、さゆりさんは言う。


 動けなくなったまま、そのまま動かず、大変なことになってしまう可能性すらあるほどの破壊力を持っていただろうとのこと。

 それが、あの程度の反応だったということは、相手の体の防御力が驚異的だったから、ということなのだそうだ。


「そうなんだよね…。

 甘く見られていなかったら…、だから、最初から3人が本気で来ていたら、かなわなかっただろうからね…。

 気が付いた瞬間、車道にでも出て、強引に逃げるしかなかったんだろうね」


 そうだったんだ。

 あやかさん、それを、たぶん、繰り返し考えていて、このあいだの仙台のときの、迅速な退去に繋がったんだろうな。


「まあ、車道に逃げ出すのも危ないですけれど…、あっ、でも、それ、左右と前が、あの男たちだったらという設定ですね」

 あやかさんが想定した敵と、その配置を、さゆりさんが確認した。


「うん、もちろんだよ。13年前と同じ設定なら、すぐに、普通の人間の方に走って、脇をすり抜けて逃げるのが一番いいかな…」


「なるほど、一瞬でも、その人が壁になりますからね」


 言われて、おれも、何となくわかる。

 はじめ、『普通の人間の方に走って』の次は、そいつをやっつけて…、となるのかと思ったけれど、脇をすり抜けるということにしたのは、あやかさんと本当の敵との間に、一人残しておいた方が、その人が敵の動きの邪魔になると考えてのことなんだろう。


 あやかさん、13年前の事件、本当に、危なかったと考えて、いろいろと解析していたんだ。


「まあ、あの頃、自分は強いと思っていたからね…。

 そんなんで、相手が数人でも、何とかなると思ったし…。

 それに、あんな連中がいるってこと、知らなかったしねぇ」


「あの時が、おてんば娘から、お嬢様への転機と言うことですね」

 さゆりさんが、ニッと笑って、ちょっときついことを、しらっと言った。


「なによサーちゃん、いきなり…。

 もう…」


 と、あやかさん、わざと膨れて、さゆりさんをにらんでから、フッと口元を緩め、


「でも…、確かに、今思うと、そういうことになるんだろうね…」


 それまでは、あやかさん、おてんば娘だったと言うことなのかな?

 うん?どうも、おてんばなあやかさんって、実際の姿が思い浮かばない。

 どういう意味で、おてんばだったんだろう?


 また、知りたいことが、1つ、増えてしまた感じだ。

 やれやれ…。


 うん?でも…、黒幕の話は、出てきていないな…。

 聞いてみるかな。


「あの…、その事件は、例のおじさんと関係あったんですか?」


「うん、まあ、警察の調べなどでも、直接は、なんにもないんだけれどね…。

 でも、あのあと、いろいろと考えてね…、

 あの事件、陰で糸を引いていたのはおじさんだと結論を出したんだよ…」


「その時の、状況を考えることで、その、おじさんていう人が出てくるんですか?」


「もちろん、あの時の状況だけじゃないよ。

 ただね…、あの時のことではね、あの運転手だったというのが、向こうの想定外と思える、こちらの決定的なポイントだったんだよ」


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