5-9  13年前

 食事が終わると、昨日と同じように、コーヒータイムとなる。

 このときのコーヒーも、吉野さんが淹れてくれる。

 挽きたてのコーヒーの香りが、満腹のおれにはすごくいい感じ。


 コーヒーを持ってきてくれたとき、吉野さんには、今晩の夕食、おれのリクエストでハンバーグにしてくれたお礼と、今まで食べた中で、一番おいしいハンバーグだったと、ちゃんと言うことができた。

 どうも不思議なんだけれど、吉野さんには、あまり気負わず、また、変に考えずに、思ったことを、そのまま言える雰囲気。


 吉野さん、喜んでくれて、また食べたくなったときには、『言っていただければ、いつでもお作りしますからね』と、言ってくれた。


 で、コーヒーを一口飲んで、そろそろ、例の、13年前の話、あやかさん、してくれないかな、という思いがいっぱい。


 あやかさん、チラッとおれの方を見て、ニッと笑って、また、からかいの一言。

「リュウ、顔に、13年前、13年前って、いっぱい書いてあるよ」


 どうしてわかったんだろう…。

 と言うよりも、たぶん、本当に、そんな顔、していたんだろうな。

 早く話して下さいよ~、ってな感じの顔。


「この話は、大まかなことは、美枝ちゃんなんかも知ってるんだけれどね…、黒幕はだれ、という話は、ここだけだよ。

 あっ、そうだ、そう言えば、今まで話したことで、リュウに、黙っていて欲しいことはね…」

 と、話の初めは、黙っていることの範囲の話になった。


 あやかさんが、目の色が変わるのは、みんな知っていることだけれど、このあいだ聞いたアヤさんの話などは、とくにしていないそうだ。

 ただ、アヤさんが、妖刀『霜降らし』で、妖魔を退治して妖結晶を得たことは、だいたいの話として皆さん知ってるらしい。


 でも『神宿る目』と言う呼び方は、みんなの前で、話してはいけないようだ。

 ただ、この理由は、話の案配から、どうも、あやかさんが、その呼び方を好まないのが、主な原因のような感じだった。


 ただ、昔の櫻谷家としては、決して外には言ってはいけない、秘中の秘となる伝承だったそうだ。

 それはそうだろう、アヤさん以前で『神宿る目』を持った人は、はっきりしているのが、妖刀『霜降らし』と出合った、まあ、言ってみれば『魔物退治うけたまわります』の初代となる人だけだったようだから。


 その名声がすごかったからこそ、時々、おれと同じように、瞳の虹彩が黒っぽくなる人が出て、ある程度の力を発揮して力を示し、『魔物退治の櫻谷』が何百年も続いていたわけなんだろう。


 ただ、アヤさんは、由之助さんと一緒に、妖刀『霜降らし』を持って川越の櫻谷家を出ている。

 その時、8振りの偽物も一緒に持たされた。

 今は、偽物、7本だけしかないけれど…。


 これは、由之助さんのお兄さん、善一さんが強く希望したことだったそうだ。

 善一さん、酒問屋と言うか、お酒関係の仕事に専念したかったようだ。

 あるいは、本当は、『魔物退治の櫻谷』から手を引きたかったからだけ、なのかもしれない。


 だから、いわゆる分家するという感じではなく、仕事を分けて、それぞれが独立するという感じで、物事が進んでいったようだ。

 巻物など、魔物退治関係の品物がすべて、アヤさんと由之助さんに、渡されたそうだ。


 それで、アヤさんと由之助さん、まだ山里だったこの地に移ってきた。

 その時、おこうさんも、一緒だったとのこと。


 そういうこともあって、あやかさん、アヤさん以前の櫻谷家についての話は、皆にはあまりしていないらしい。

 でも、みんな、川越のことも少しは知っているのが、面白いところ。


 秘密主義とはほど遠いあやかさん、なんだかんだ言って、チラチラとは話しちゃってるようだし、本当は、全部話したってかまわないと思っているようだ。

 まあ、みんなへの信頼も厚いというのが底にあるんだろうけれど。


 という流れのまま、妖刀『霜降らし』についても、みんなには見せたことがあり、みんなが知っていることなのだそうだ。

 それに、いわゆる偽物があることは、一応、皆には話しちゃいけないこと、とは言うのだが、この辺、皆が知っているのか知らないのかも、本当のところはわからないらしい。


 で、しっかりと話を聞いていくと、けっこう、あいまいなことが多く、最初は『話しちゃダメよ』と強く言っていたことでも、なんだか、逆に、みんながどの程度のことを知っているのか、『リュウ、わかったら、教えてよ』と言うことになった。


 

 それで、いよいよ13年前の話になる。


 その時、あやかさん、15歳。

 高校1年生になって少し経った初夏のこと。


 あやかさんが、高校生だってさ。

 いわゆる、美少女ってヤツだったんだろうな…。

 そのうち、もう少し馴染んだら、写真でも見せてくれないかな、と思ったんだ。


 まず、あやかさんが高校に入ったときのことだが、あやかさんの通学について、家族で一悶着あった。

 おじいさん、中学校と同じように、おじいさん専用車での学校への送迎を、強く主張したのだ。


 でも、あやかさん、中学のとき、これがすごく嫌だったので、珍しく、おじいさんに抵抗して、学校までと言うことは何とか断った。

 でも、その妥協策として、学校から歩いて6、7分ほどのところにある駐車場を借りて、そこで、送迎の車に乗り降りすることは受け入れざるを得なかったようだ。

 私鉄の駅に比較的近く、月極の、大きな駐車場。


 だから、家からは、おじいさん専用車で駐車場まで行き、そこから歩いて学校に。

 帰りは、学校から駐車場に歩いて行く。

 駐車場にはおじいさんの専用車が待っていて、それに乗って家に帰る。

 歩いて通うのは、その駐車場から校門までの6、7分間だけ。

 あとは車で二十数分。


 5月も末に近くなったある日、あやかさんが学校を出て、駐車場に行くと、いつもと違う車が止まっていた。

 あやかさんのうちが借りていた場所は、入り口の近く。

 すぐにわかった。


 あやかさんが、駐車場の入り口で気づき、立ち止まると、運転手が降りてきた。

 何度かあったことのある顔だった。

 そう、お父さんの会社の車を運転する人だった。


 向こうは、深く挨拶をして、ニコニコしながら近付いてきた。

 あやかさんは、運転手の動きにうさん臭さを感じたけれど、これから、いつもと違う何か特別なことが起こるという、妙な楽しさもあったそうだ。


「お嬢様、会長様の車が事故にあってこられなくなりましたので、急きょ、わたしがお向かいにまいりました」

 とその男は言った。


 完全に変だ。

 そんな状況なら、前もって連絡があるはずだ。

 また、緊急時の対応の順序からして、この男が迎えに来るなどという状況はあり得ない。

 それに、この男のことだ…、1人のはずはない。


 あやかさんに緊張が走ったそうだ。

 同時に、一瞬で、駐車場の中を確認した。


 2人の男が乗った車が、すぐ近くに止まっている。

 普段、その場所では見かけない車だ。

 人の駐車スペースに、勝手にとまっていると、あやかさんは判断した。


 車の中なのではっきりとはわからないが、見た感じ、2人とも、体格のいい、大柄な男のようだ。

 わからないように、こちらを見ているのを、その時、あやかさん、感じ取った。


 と、駐車場の外、歩道の左右から、入り口をはさむように、2人の男が近付いてきた。

 1人はがっちりとした大柄だが、1人は普通の体格だ。


 あやかさん、ニッと笑って、運転手に言った。

「こんな設定で、わたしを誘拐できると思っているの?」


 それを聞いた運転手は、驚いて、動揺を隠せず、急に後ろを向いて、2人の男が乗る車に向かって手を振った。

 緊急事態発生でぇ~す、といった感じで。

 すぐに、車から、2人の男が降りてきた。


 その時、あやかさんの拳が、向き直った運転手のみぞおちに打ち込まれていた。

 あやかさん、この頃は空手をやっていた。

 例の、赤っぽい瞳になったときは、かなり強かったらしい。


 運転手は、後ろに飛ばされ、そのまま気を失った。

 車から降りた男のうちの1人が、走り出した。


 歩道の左右にいた男たちもあわてて、あやかさんを取り押さえようと近付いた。

 あやかさん、近付いてきた小柄な男を回し蹴りで飛ばし、反対から来る男に向かおうとして、はっと気づき、大きく後ろに跳んだ。


 大きな方の男…、体格もいいが、それ以上に、戦い慣れている感じがした。

 2人が見合った。


 一瞬、男が驚いた顔をした。

 その瞬間、滑るように走ったあやかさん、下から男の首に手刀を刺した。

 さすが、手刀がのどに入って、男は後ろに大きくよろめき、かがんでのどを押さえ、苦しそうな顔をした。

 しかし、駐車場の奥から走ってきた男が、すでに、すぐそばまで来ており、あやかさんにつかみかかろうとした。


 あやかさん、後に跳ぶようにしてその手を腕で滑らせるように払い、胸元を膝蹴りした。

 動きの流れで、膝が戻される力で体をひねり、首筋に手刀を打ち込んだ。

 そこに体重をのせて、反動を使って大きく跳んで距離をとる。


 でも、その攻撃、相手の動きを止めはしたが、あやかさんが期待したほどの大きなダメージは与えられなかったらしい。

 あやかさん、この相手、とんでもないヤツだと感じた。

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