5-7  まだ

 これは、すぐに聞かなきゃいけないと、意を決して、聞くことにした。

 そうしないと、本当に、こんなもの、持ち歩くことになってしまう。


 まあ、『こんなもの』なんて言っちゃったけれど、それ、危険だからという意味であって、本当は、そんなこと言っちゃいけないような価値のあるもの。

 たぶん、これ、日本刀としては、とても質がよく、美しいし、美術品としても高い評価を受けるものだと思う。


「これ…、おれが持っていてもいいもんなんですか?」


「うん、私がいいって言えばいいことになってんだよ」

 ニコッと笑ってあやかさん。


 でも、あやかさんがそう言ったのに対して、すぐにさゆりさんが、口をはさんだ。

「あの、お嬢様、今は、まだ、ダメだと思いますよ」


「えっ、そうなの?

 あっ、そうか…、そうだよね、まだダメか…。

 うん、そうなんだよね…。面倒くさい、決まりだよね」


「ええ、そうかもしれませんが、まあ、これだけの値打ちのもの、しかも、一応、秘密にしておくことでもありますし、しょうがないとも思いますよ」

 微笑みながら、さゆりさん。


「そうだね。じゃ、リュウ、食べたら、また、ここで練習、ということだね。

 うん? まあ、現時点での予定としては、そういうことにしておこう」

 そう言って、あやかさん、刀を二振り、奥に仕舞いにいった。


「いろいろと、決まりがあるんですね」

 2人になって、さゆりさんに、おれが言った。


「ええ、基本的には、お嬢様が判断することになってはいるのですが…。

 まあ、家族の方なら、お嬢様の判断だけでいいのですが、

 家族でない場合は、おじい様と、お父様、それに、2人のおじ様、その4人に、連絡して、意見を聞くことになっているんですよ。

 でも、リュウさんは、まだ、家族ではありませんからね」


「ええ…、えっ?」

 最後の『えっ?』は、つい反射的にでた疑問符。


 おれ、気が付いちゃったんですけれど…。

 今、何と、おっしゃいましたか?

 『まだ、家族ではありませんから』って言わなかったですか?


 もちろん、家族でないのはわかるんですけれど…、でも、今、『まだ』が付いていましたよ、『まだ』が…。

 どういう意味のことをおっしゃったのでしょうか?


 さゆりさん、はっと何かに気付いたような感じが、ほんのわずかだけしたけれど、でも、あまりにもほんのわずかで、おれの勘ぐりかもしれないと思うほどのチラッ、はっ、だった。

 で、さゆりさん、おれにニコッと笑って、…すごくすてきな笑顔で、普通、男性は、これで、何も言えなくなってしまうのに間違いない天使の笑顔、で、一言。


「家族でないと、4人の方に、確認の連絡を取らなくてはなりませんからね。

 ダメと言われても、最終的には、お嬢様の判断が優先されるんですけれど…」

 と、そっちの方を強調して、おれが気になった『まだ』に対しては、どうも、有耶無耶戦法のようだ。

 ちょっと、国会答弁みたいな上手さ。


 でも、さゆりさん、話を飛ばすために、さらなる計算があったのかもしれない。

 ちょうどのタイミングで、あやかさん、そこに戻ってきた。


 そして、今のさゆりさんの一言を耳にして…、

 ちょっと眉を寄せて、…この感じの顔、普通だと、嫌な感じになるんだけれど、あやかさんの場合、これをやっても、きれい顔。

 そして、おれに言った。


「わたし、上のおじさん、嫌いなの…。

 だから、連絡、とりたくないんだよ。

 こっちが、何をしているのか、推測されるのも嫌だしね…。

 あいつは、確実に、敵なんだよ」


 急に、思わぬ敵が、現れた。

 しかも、『確実な』が付く敵。

 しかも、しかも、それがおじさんだとか…。

 しかも、しかも、しかも、あやかさんの語調が、いつになく、険しい。


「確実な、敵、なんですか?」

 つい、その言葉を繰り返して、確認してしまったほど。


「うん、陰で、わたしの命を狙っている敵よ」


 えっ?命が狙われている?

 そんな、すごい敵?

 それも、おじさん?

 

「命を…、ですか?

 おじさんに?」


 驚いて、言われたことを繰り返して質問してしまった。

 おれの驚きが伝わったのか、あやかさんとさゆりさん、2人でゆっくりと説明してくれた。


「うん、本当に、狙われている感じなんだよ。

 だから、サーちゃん、ずっとわたしに付いてくれてるんだよ」


「ええ、わたしも、初めはまったく気付かなかったんですけれどね…。

 ただ、お嬢様からそのことを聞いて、そのときから、わたしも、そう考えるようにはなっていますが…」


「それで、わたしに付くこと、決めてくれたんだもんね」


「ええ…。

 ただ、このこと、人に話しても、おそらく、どなたも信じないでしょうね…。

 わたしも、初めは信じられませんでしたから…。

 だから、かえって、言う方が変な目で見られてしまうような感じですよね」


「そうなんだよね…。

 でも、あの時、サーちゃん、最後まで、よく、ちゃんと聞いてくれたよね」


「それは、お嬢様が、とても熱心に、理論的に説明されたからですよ。

 その方は、大変頭のよい方で、皆から能力も認められているし、人当たりもよいですのでね、まさか、そんなことを画策しているなどとは、誰にも考えられないことでしたからね…」


 その人のこと、あやかさんは『おじさん』とは言ってるけれど、ちゃんと言うと、おじいさんの妹さん、その娘さんの旦那さんのことだそうだ。

 あやかさんのご両親とはいとこになる関係。


「そうなんですか…」

 と、おれ、何となくだけれど、大変な背景があるみたいなことがわかった。


 もし、そのようなことが本当なら、確かに厄介な敵だ。

 でも、どうして、そういう、社会的にしっかりとした人が、敵だと、あやかさん、見抜くことができたんだろう?

 ぼくの疑問とはちょっとずれたが、さゆりさん、もう少し詳しく説明してくれた。


「ええ…。さらに、何かするときにも、影さえ見せないんですけれど…。

 ただ、おじい様は、13年前の事件の時に…、その時にも真の相手は特定できなかったのですが、お嬢様に、何か、大きな危険があることだけははっきりと認識されて、わたしにお話を下さったんですよ」


「13年前の…、事件、ですか?」


「そうなんだ、13年前…。

 でも、その話、ご飯の時にでもするよ。

 そろそろ、上に、行こう」

 と、あやかさん。


 で、3人で、上への階段を上り始めたとき、急にあやかさんが振り向いて言った。


「すっかり言い忘れていたけれどね、『神宿る目』の話とか、今のおじの話、静川さんや美枝ちゃんにも、秘密にしておいてね」


「ああ、美枝ちゃんにも、ダメなんですね」


「うん、知ってるのはサーちゃんとリュウだけ。お願いね。

 特に、『神宿る目』の話や、『霜降らし』に偽物がある話なんかは、基本的には、家族以外には、話しちゃダメなことなんだ」


「はい、わかりました。

 でも、話してはいけない内容の範囲、あとで、もう一度、正確に教えて下さいね」


 とは答えました。

 そして、言われたとおり、決して、口外はいたしません。


 でも、やっぱり、どういうことなんだろう?

 家族以外には、話しちゃいけないってことなのに…。

 どうして、おれはよかったんだろう?


 さゆりさんは、まあ、おじいさんとの関係やあやかさんとの近さから、なんとなくわかるけれど、美枝ちゃんとおれを比べれば…。


 うん?家族以外?

 さっきも、そんなような話があったな…。

 そうそう『まだ、家族でない』って話だ…。


 いったい、どういうことなんだろう?

 おれの置かれている位置関係がわからない。


 いっくら、物事に、鈍いおれだって、どうも、何か変だぞ、って感じがする。

 『まだ、家族でない』って、おれの何がどうなることを前提に、『まだ』だなんてことを話しているんだろう?


 うん、おれの目の色、黒っぽくなるから、本当は、おれ、さらわれた子で、実は、あやかさんの弟だった、なんて…。

 でも、これはまずないだろうな。


 家には、生まれたときからの写真があるし、両親や、姉と遊んだ、小さいときからの記憶もある。

 それに、おれ、案外、親父にも似ているし、おじいちゃんやおばあちゃんから、生まれた頃のいろんな話も聞いているし…。


 あれが、全部作りものだったら、それはそれで、大変なことで、すごいショックなんだろうけれど、でも、こんなこと、あんまり考えるのよそう…。

 なんだか、SF映画みたいになってきて、自分のことだから、気持ちが悪い。

 それに、そもそも、そんな可能性まで、考えないでもいいんだと思う。


 で、結論は…、やっぱり、わかんないや。

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