5-6 一生懸命
とりあえず、理解はしたけれど、心配もあるので、一言、あやかさんへ。
「確かに、できるかもしれないんですけれど…、
でも、イメージが、手の感触に負けないものなのか…、
やってみたことはないんで…、ちょっと、わからないんですけれど…」
「ああ、そうだよね…、それ…、案外、むずかしい可能性もあるんだよねぇ…。
じゃ、まず、手袋着けて、このボールペン、引き寄せてみなよ。
実験1、手袋の感触は、無視できるか…って感じだね」
なるほどです。
それじゃ、まず、やってみる、か、な。
初め、やはり、手袋の感触に邪魔されて、なかなかうまくできなかった。
力の入れ方や、イメージの仕方、思いついたことを、次から次へと、いろいろとやってみたがどうもうまくいかない。
その、いろいろとやった結果として、小細工はダメとすっぱりと思い直して、単純に、いろいろなことを考えないで、ただ、じっとボールペンを見詰め、神経をそこに集中してみる。
今まで、この方法じゃダメなのかなと、諦めていた時間よりも、さらに集中。
すると、今まで通り、手には手袋の感触があるんだけれど、あら不思議、どういうわけか、徐々に、それが、気にならなくなってきた。
手袋を感じるということが、表から、裏にまわったみたいな、そんな感じ。
片や、移動先として、感触をそのままに、手袋をした手でボールペンを握っているイメージ。
これは、逆に、手袋の感触があることで作りやすい。
イメージでも、自然に手袋をしている手になる。
イメージがうまくできたところで、それに重ねるように引き寄せてみる。
と、まさにイメージ通り、手袋をした手でボールペンを握っていた。
「うまくいったじゃないの」
できたとき、すぐに、あやかさん、うれしそうに言った。
いろいろと、おれがやっていた間、じっと我慢して待っていてくれたんだ。
「ええ、何とか、できましたね…。
今ので、何となく、感覚がわかりました。
これなら、もっと練習していたら、すぐにできたんだと思いますよ」
「じゃ、今度、少し、練習しておいてよ。
それと、今ね、じっとしている間、目の色、ずっと黒っぽかったよ。
やっぱり、今まで、10年間だっけ? 距離を伸ばそうと、一生懸命に、ずっとやっていたの、集中力を着ける訓練をしていたようなもんなんだね。
あれだけの時間、続けていられるって、すごいと思うよ」
思わぬところで、あやかさんに褒められた。
なんだか、ちょっとくすぐったいけれど、とてもうれしい。
でも、そうか、距離を伸ばそうと、必死にやっていたこと、距離は『ひとなみ』のままだったけれど、こういうタイプの集中力は付いていたのか。
でも、すぐに、そういう見方ができるあやかさん、やっぱりすごいと思う。
「そう言っていただけると、うれしいですね…。
10年間、何やっていたんだろう、とか、無駄なことだったんじゃないだろうか、なんて思うときもあったもんで…」
「何か、一生懸命にやっていれば、何やっていても、無駄なことなんてないよ。
ほら、スポーツ選手が怪我をして、試合に出られない間、基礎になる力をつけていて、あとで、あれがよかったんだなんて言う感じのパターン、よく聞くじゃない?
あれ、いろいろと複雑な精神状態の中におかれていても、雑念を振り払って、一生懸命に、そのことやっていたから結果に結びついたんだと思うんだ。
そうすることによって、同時に、強い精神力も付いていくだろうしね。
何をやれば、目的に一番あってるのかなんてことは、偉そうなこと言ってる人間にだって、本当は、わかるもんじゃないんだろうし、とにかく、自分で、これだっと思ったこと、一生懸命にやるのがいいと思うんだ」
「なるほど、そうですよね…」
「やるんなら、一生懸命に、って、お嬢様の信条ですものね」
横から、さゆりさんが微笑んで言った。
「まあ、そういうことだよね。
さあ、それで、次は、この刀なんだけれどね…」
と、あやかさん、さっきの、偽物の方の刀をおれに渡す。
確かに、そういう意味では、あやかさん、いつも、一生懸命だ。
そして、おれは、いつも、それに、動かされている。
まあ、言い換えれば、おれ、一生懸命に、あやかさんの言葉に従って動いている、ってことでも、いいんだよなぁ。
「革の手袋…、それ、実は、2枚あわせでできていてね、間に細くて丈夫な金属のメッシュを所々入れておいてもらったんだ、…特注で、できたてなんだよ。
でも、そうはいっても、相手は日本刀だからね。
握ったら、中で滑らないように、掴むときは、しっかり掴むんだよ。いい?」
「ああ、金属のメッシュがはいっているんですか…。
道理でゴワゴワすると思いましたよ。
そうですね、覚悟を決めて、しっかり掴んだ方が、この場合、かえっていいようですね…」
といいながら、あやかさんから、刀を受け取った。
刃は滑るときに、よく切れる。
鞘を左手で持ち、体の前で刀を縦にして、鞘の右、20センチほどのところに、右手を添える。
さっきの、鞘から抜いたときの刀、その姿を思い浮かべてみる。
よりしっかりと思い浮かべ、今、目の前にある
実際に見える部分、だから柄の部分、そこをしっかりと見詰めながらやってるんだけれど、どうも、うまくいかない。
全体が見えないのが、つらいところだ。
と言うのは、なかなか、見える柄と、その先にある刃とがひとつに結びついたイメージができないのだ。
見ている柄のイメージが強すぎるからだと思う。
また、実際に見えている
こんなレベルのイメージだと、下手をすると、柄の部分だけ引き寄せてしまうことになる。
で、ちょっと休憩…。
「どうも、
柄を見詰めていると、柄だけのイメージになっちゃうんですよね…。
もう一回、刀を抜いて、しっかりと見て、それで、刀全体のイメージを作ってからにしてもいいですか?」
「そうか…、見えないところがある場合、イメージ作りのためには、まず、最初に、しっかりと見て、記憶を完全に作り上げておかなくっちゃいけないんだね…」
「ええ、さっき、今のレベルのイメージで引き寄せたら、
いい刀を壊してしまうことになる。
でも、おれがそう言ったら、あやかさん、どんな状況を想像したのかわからないけれど、急に笑い出した。
「ハハハ…。引き寄せてさ、さっと敵に向かって構えたら、『あら? 刀の先がないわ』なんてね、ハハハハハ…。
確かに、それじゃ、困っちゃうよね…、フフフ。
こっちがあんなに真剣に悩んで、苦労していたのに、そんなこと、まるでお構いなく、下を向いて、笑っていた。
あやかさんが笑う隣で、どこか、知識を共有しているさゆりさんまで、やはり面白いらしく、一緒に笑っていた。
で、笑いが一段落して、あやかさん、続けて言うことは。
「ハハハ…、いあや、まいったな…。
思わず、笑っちゃったよ。
でも、それじゃあ、本物の『霜降らし』でやろうとするとさ、リュウ、そのイメージを作るために、しっかりと刀を見詰めなきゃなんないんだよね…、ククク」
何がおかしいんだかわからないけれど、こっちは真面目に答えることにした。
「ええ、しっかりと見て、強いイメージ作っておかないと、本当に、
そうなったら、大変でしょう?
笑い事ではないんですよ。
大事な刀が、壊れちゃうんですよ。
ってニュアンスを込めて、おれとしては強めに言った。
でも、そのニュアンスとやら、まるで通じない雰囲気、いっぱい。
「しっかりと見ると言っても、リュウ、相手は、本物の『霜降らし』だよ。
リュウ、見ていると、目が回っちゃうんじゃなかった?
じっと見詰めていて、いきなりダウン、なんてね。
それで、一休みして、またチャレンジしても、また目がくるくる回って…ククク…。
リュウ、イメージ、作れるまで、やれるかねぇ?」
あやかさん、笑いをこらえながら話すもんだから、真剣な話なんだか笑い話なんだかわからないような雰囲気。
でも、確かに、本物の『霜降らし』でやるとなると…、うん、言われたとおりになりそうだ。
本当に、どうしたらいいんだろう?
「お嬢様、そろそろ夕食のお時間ですよ」
急に、さゆりさんが、あやかさんに言った。
「あれっ、もう、そんな時間か…。
じゃあ、この続きはあとにして…、と言うよりも、リュウ、夕飯食べたらさ、こっちの刀、自分の部屋に持っていって、今晩、練習しておきなよ」
と言って、あやかさん、偽物の方の刀をおれによこした。
何も考えずに、そのままの流れで受け取ってしまったが、こんなもの、たとえ、敷地の中だとしても、持ち歩いていいのだろうか?
いや、そもそも、おれが持っていてもいいものなんだろうか?
偽物だとはいっても、『霜降らし』に対して偽物なんであって、日本刀、大
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