5-5  鞘(さや)の脇から

「ええ、そうなんですよ。

 クラクラって、目が回って…。

 あの、刀の刃のところの、波のような模様のところを見ていたら…」


「ふ~ん、そうなんだ…」

 うれしそうに、半分笑いながら、あやかさん。


 あやかさん、まず、説明してくれた。

「この、刃にある模様、刃文はもんと言うんだけれどね。

 このタイプ、ギザギザって、ちょっと鋭い小さな波が集まった感じで、無理に分類すれば、三本杉っていう名前のタイプになるような模様なんだけれど…、所々渦を巻いていて、いわゆる濤乱刃どうらんばのようにもみえる感じのところがあってね…。

 まあ、ちょっと、妙な、複雑な刃文なんだけれどね…」


 刃文には、どういうものがあって、どういう位置付けになるのか、と言うことについては、おれ、まったくわからないままなんだけれど、あやかさんが、妖刀『霜降らし』の刃文を、どのように見ているかと言うことは、何となく、わかった感じ。

 でも、あやかさんたちが笑った理由は別で、次に、そのこと。


「由之助さん、そこを見ると目が回るって言って、アヤさんにからかわれたり、笑われたりしたっていう話があるんだよ。ハハハハハ…」


 あやかさん、もう、笑いが止まらないといった感じ。

 さゆりさんも、となりで口に手を当てて笑っている。


 まあ、アヤさんの旦那さんの由之助さんと一緒にされるのなら、しかも、同じことで、由之助さん、アヤさんに笑われていたっていうんだから、それであやかさんたちに笑われてもしょうがないことなのかな?

 まあ、これは、良しとしよう。



「で、さあ、こっちは偽物。

 偽物とは言っても、刀としては、かなりいいものなんだよ。

 ただ、魔伏せの妖刀と呼べるようなものじゃないというだけでね。

 これ、抜いてみなよ」


 手渡された刀も、ずしりとしたもの。

 左手に持って、また、左手の親指でつばを持ち上げ、右手でスーッと引き抜く。

 ちょっと、恐さはあるけれど、なんてことなく抜けた。

 これもきれいな刀。

 ただ、刃文はもんというのか、波が緩く、きれいに揃った感じ。


「何か感じる?」

 と、あやかさん。


「え~と…、なんて言うか、これはこれで、きれいな刀だなって…」


「まあ、そんなもんなんだろうね…。

 こういう偽物、あと6本あるんだよ。

 どれも、かなりいい刀なんだけれどね…。

 こういう、まあ偽物っていうことにはなるんだけれどね、でも、『霜降らし』を守るためだけじゃなくて、その時その時の、櫻谷家のあるじの趣味で、増えていったらしいんだね」


「趣味で、偽物を作ったんですか?」


「うん、まあ、結果から言うと、そうなるんだけれどね。

 と言うのはね、力を持たない人は、『霜降らし』の力を引き出せない、だから、魔物退治と言っても、本物を持って出る必要がないわけなんだよ。

 そういうことがあって、力を持った人がでたときのためにね、力を持っていない人は、その先代から、持ち出すことの許しが出なかったらしいんだよね」


「力を持たないと、持ち歩けなかったということなんですね」


「うん、そういうことだったらしいよ。

 櫻谷にとっては、一番大事なものと言ってもいいようなものだからね。

 だから、そういう、力を持たなかったあるじは、偽物を、『霜降らし』と称して、持ち歩くことになっていたんだね。

 だから、偽物とは言っても、ある時代では、本物として、主のそばに、常に置かれていたってわけなんだよ。

 本当の本物は隠しておいてね」


「本当の、本物、ですか…」


「うん、それで、いつの世でも、『霜降らし』は、櫻谷家においては魔伏せの象徴、まあ、そんな飾り物としての役割もあったからね、偽物とは言っても、けっこう質のいい刀が必要だったようなんだ」


「なるほど…。本物として見せる必要があるときも、あったのでしょうからね…。

 それに、確かに、どうせ近くに置くのなら、自分の好きな、いい刀を置いておきたいっていう気持ちも、よくわかりますね…。

 そもそも、力がなければ、わざわざすごい緊張までして、本物の『霜降らし』を持ち歩く必要もないですからね」


「そうなんだよ。

 そのお陰で、第2次大戦の時に没収されちゃったのも、いい刀ではあったけれど、偽物だったんだね…。

 だから、いまだに、本物がうちにあるんだよ」


「そういう歴史もあるんですね…」

 と、これは、さゆりさんが、隣から言ったこと。


「で、どう?『霜降らし』、わかったような気になった?」


 話は、ガラッと変わったということ。

 さっきの、『霜降らし』がよくわからない、というところまで、一気に戻った感じ。

 あやかさん、なぜ、こういう話になっているのかというところ、大抵、しっかりと掴んでいる。

 おれなんか、脇道へ行けば、いつのまにか、そこが本道になってしまい、ただ、先に行くだけで、こういう戻り方、なかなかできない。


「えっ?ええ、本物を見ましたしね…。

 うん?そうですね、確かに、『わかったような気』にはなりましたね。

 でも…、考えてみると、よくわからないところは、以前の、そのまま、まだ、わかってはいないんですけれどね…」


「そうなんだよね…。まあ、世の中のこと、だいたいはそんなもんだよ。

 実際はともかく、そのような気になったか、なれなかったか、それだけのようなことが多いんだよ」


 とのことで、あやかさん、一応、この話を締めくくった。



 あやかさんの話、続いて次の展開へ。


「それで、まだ、本物では恐さがあるんで、この偽物の方を使ってね、鞘の脇から、この刀、例の力で引き寄せられるかなぁ?」

 あやかさん、鞘の横を軽く叩きながら、そう言った。


「えっ、鞘の…脇から…ですか…」


「うん、鞘から、こう…平行に移動して、脇に刀を取り出すって感じね」


「え~と…」

 頭の中で、それをやってみる。


 たぶん、引き寄せられる。

 それはできるんだけど、引き寄せた次の瞬間、どうしたらいいんだろう。


 あやかさんの手真似では、つかを握るのではなく、刃を握っている感じ。

 あのように刃を握れば、十中八九じゅっちゅうはっく、手が切れてしまうだろうし…。

 あの刃の鋭さから考えて、これは痛そう…。

 それで、握らなければ、刀が下に落ちちゃう。


 落ちちゃうと、そのときに、何かの拍子で、手が切れちゃうかもしれない。

 手が切れず、スッと落ちて、床に刺さっても、それはそれでまずいような気がする。

 刺さらなくても、床が傷ついたり、刃がこぼれたりすれば、それはそれで、やはりまずいだろう。


「引き寄せたあと、どうしたらいいのかと…」

 と、最大の障害を口にしてみる。


「うん、刀、握ったら、手が切れちゃうからね。

 それで、これを着けてやってみたら?」

 と言って、あやかさん、手袋を出す。


 これ、たぶん、鹿革でできた手袋だと思う。

 何か、通販ので見た印象がある。

 確かに、これだと、手がスパッと切れるということは…、なさそうな…感じ…なのかな?

 よくわからないけれど…、でも、ただ、握るだけだから…、大丈夫かも…。


 でも…手袋だよ。

 おれ、手袋を着けたら、引き寄せること、できないんだけれど…。

 それ、つい、このあいだやって、わかったことだ。

 あの、仙台のデパートの軽レストランで、角砂糖を使っての実験で…。


 あのこと、あやかさん、どう考えているんだろうか?

 こんな基本的なこと、忘れるような人じゃないはずなのに。


「おれ、手袋をすると、引き寄せられないんじゃないかと…」


「あれ? そのあと、感触に頼らないで、イメージだけで、Ⅰメートル半くらいは引き寄せられるようになったんじゃないの?

 だから、手の感触にとらわれないようにして、イメージだけで引き寄せれば、手袋していても大丈夫かと思ったんだけれどねぇ」


 えっ?

 あっ!

 すっ、すごい…。

 すごすぎる。

 なるほど、そうなのかもしれない。


 なんだか、そう言われれば、できるような気持ちにもなってくる。


 あやかさん、状況に応じて、考えが自在に変わる。

 どうして、あやかさん、こう、スッと、いとも簡単に、おれを超えたことを思いつくんだろう。


 まだ、やったことないから、本当は、どうなるのか、わからないんだけれど…。

 でも、明らかに、可能性は出てきた。

 そう、やればできることなのかもしれない。

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