5-4  妖刀 Ⅱ

 あやかさん、手鏡を持ってきて、ソファーにかけた。

 さゆりさんのとなり、で、おれの正面、だから、さっきの席なんだけれど。


 ソファーの間にある小さなテーブル、その上に置いてあるボールペンを指して、おれに聞いた。

「目をつぶっても、それ、引き寄せられるよね?

 手を近くに持っていって、感触、探ってもいいからさ」


「ええ、それなら、このくらいの距離で…」

 おれは、ボールペンを感じるところまで手を伸ばして答えた。


「じゃ、目はつぶらないで、この鏡を見ながら、それ、引いてみなよ」

 と言って、あやかさん、鏡をおれに手渡した。


 そういうことか。

 引き寄せるとき、おれがどんな顔をするのか、自分で見ろと言うことですよね。


 鏡を左手に取って、まあ、自分の顔を見ることになる。

 あやかさんや、さゆりさんに見つめられる中、鏡をのぞき込むのって、なんだか、くすぐったい気持ち。

 自分の顔をじっと見るのが恥ずかしい感じなんですが…、まあ、しょうがない。


「引いてみなよ」

 と、あやかさんに言われ、その気になって…。


「ぅえっ!!!!!」


 驚いて、ボールペンを引き寄せることができなかった。


 引き寄せようと思って右手に神経を集中し、感触を探った瞬間、スゥーッと、おれの、瞳、虹彩の色が黒ずんだ。

 茶色の虹彩が、いわゆる、セピア色になったのだ。


 どういうこと?…これって…。

 おれの瞳、赤っぽくまではならなかったけれど、黒っぽくはなった。

 そして、驚いて、もう一度、鏡の中をよく見ると、おれの瞳、また、スゥーッともとの茶色に戻った。

 どういうことなんだろう…?


「実はね、由之助さんも、そうだったらしいんだよねぇ…」


 えっ?由之助さんも…、ってことは、由之助さん、櫻谷家の人だから…、目の色が変わるって言うことは…、例の力を持っていた、っていうこと?

 うん?でも、さっきの話では…。

 う~~~、わからない。


 ますますわからなくなってきた。

 ここのこと、なにかを知れば、それだけ謎が増える…。

 どうなってるんだろう…。


 と、さゆりさんが優しい声でおれに言った。

 また、ショックで黙っていたためなんだろうけれど…。


「仙台の喫茶店で、お嬢様、リュウさんの目の色が変わったのを見て、とても驚きになったそうですよ…」


「うん、そうなんだよ。

 まず、最初の手品をやった時だね…。

 けっこう、長い時間、目の色が変わっていたからね」


「あのとき、ですか…」


「うん。最初は驚いたんだけれどね…、本当に、すごく驚いたんだよ。

 でも、そのあと、『ということは、こいつ、何かやってるな』って、気が付いたんだよ」


 そうだったのですか…。

 何かやっていたのは、お見通しだったわけなんですねぇ。

 おれも、瞳の色が変わるだなんて…、知らなかったな…。


「だから、左手の中に指輪がなくても、じつは不思議ではなかったんだよね。

 何かやっていたはずなんだからね…」


「なるほど…。何か…ですねぇ」


「うん、何かね…。

 でもね、何を、どうやったのかは、わからなかったな…。

 まさか、あんな力、現実にあるなんて思わなかったからね。

 まあ、それで、すぐに、リュウは相棒候補にはなったんだけれど、そのあと、詰めには、ちょっと時間がかかったよね…」

 と、あやかさん、ニコッと、ヴィーナスの微笑み。

 つい、おれまでニッコリ。


 でもね、おれだって、あの時は、とても大変だったんですよ。

 握った左手から右手へと、初めて、自分の体を通してものを移動させる、恐い…本当に恐い手品だったもんで、かなり緊張していたんですけれど…。


 そうか…、その、緊張していた間、ずっと、目の色が黒っぽく変わったままだったのか…。


 でも、あの状況で、あやかさん、よく見ていたな…。

 おれの左手だけを見詰めていると思ったんだけれど…。

 しかも、あやかさん、座っていたのはおれのとなり…。

 さすがです、あやかさん、すごいデス。



「それで、この『霜降らし』だけれど…、今、刃を見せてあげるよ」


 あやかさん、そう言って、あやかさんの左にあるサイドテーブルから左手で妖刀を掴みとって、顔の前に持ってきた。

 だから、おれの顔の前でもある。


 で、右手でつかを持つなり、右手を少し右に戻しながら、左手で持つ鞘を動かして、両腕を開くようにして、刀を抜き払った。

 おれの目の前に、やいば


 ザワッとした。


 恐いっていうんじゃなくて、ただ、ザワッとした。

 このザワッ、今まで感じていたザワッ、だから、高い橋の上から深い谷底を見たときに感じたようなザワッや、ラグビーしている友達が、耳半分切れかけたのを見たときのザワッではなくて、今まで感じたことのない、ちょっと変な感じのザワッで、純粋に、体の反応としてのザワッだった。


 どういうことかと言うと、目を通して、そして頭を通してからの、感覚的な反応でのザワッではない感じなのだ。

 暑い、寒いと同じような感じ方で、刀の持つ雰囲気を体が感じ取っての、ザワッ、だったのだ。


 ザワッとした体の反応に気をとられて、刀に目の焦点が合っていなかったことに、すぐに気が付いた。

 ちょっと近いので、少し体をそらして目を引いて、刀全体をみてみると、日本刀のイメージよりは、やや短いし、刃も幅広な感じ。

 少し大げさに言えば、包丁を細長くしたような感じ…なのかな?


小刀しょうとう…、脇指わきざしの中では長い方で、こういうの大脇指って部類になるんだけれどね。

 どう?」

 あやかさんが聞いてきた。


「ザワッとしました」

 ちょっと、ピンボケな答えをしてしまったかなと思ったけれど、あやかさんの反応を見ると、これでもよかったみたいだ。


「ふ~ん…、ザワッとね…。…。

 なるほど…、そう、ザワッ、なのね。

 で、よく見てよ」 


 言われて、刃の細かなところまでよく見ると、とにかく、きれいだった。

 刃に細かな波模様があって、一部、それが渦を巻いているような感じのところがあって、美しい…。


 うっ?

 なっ、なんだ?

 一瞬、渦が、動いているように感じた…。


 動いているように感じるところに気が引かれ、そこを見詰めてみると、そこは、実際には動いているわけではないのだが、今度は脇の波模様が動いている感じ。

 それで、波模様を見ると、波は止まっていて、横の方で渦が巻いている。


 波と渦、交互に見ていて疲れ、やや広い範囲をぼやっと見ると、目がチカチカした感じで、波打って渦を巻いているような…、そんな感じがするときもある。


 どうなってるんだろうと、何度か、同じように、しっかりと見ていると、何となく、目が回ったような感じになってしまった。

 目を軽くつぶり、右手の親指と人差し指で、鼻をはさむように、目頭のところを持って、そのままソファーの背もたれに寄り掛かった。


 いきなり、あやかさんとさゆりさんが、笑い出した。

 こっちがダウンしたのと同時の笑い…うん?何がおかしいんでしょうか?

 本当に、なんなんだろう?

 目を開けて見ると、あやかさん、刀を持ったままで、笑ってる。

 鞘から抜いた、恐い刀。


 揺れて、刃がキラリ、キラリと光る。

 ちょっと危ない感じ。

 どうしたんだろう?


 すると、さゆりさんがあやかさんに言った。

「やはり、由之助よしのすけさんと、同じ、と言うことなんでしょうねぇ」


「うん、たぶん、これ、話の通りなんだろうね」

 と言いながら、まだまだ笑い足りない顔で、ゆっくりと刀を鞘に仕舞った。

 仕舞った途端、フッと雰囲気も変わった。


 刃が隠れると雰囲気が変わったということは、あやかさんが刀を抜いて、ザワッとした瞬間に、気付かなかったけれど、おれにとっての雰囲気も、ちょっと変わっていたってことだったのかもしれない。

 何なんだろう、これ…。

 また、わからないことが、ひとつ増えた。

『わかりましぇ~ん』ひとつ、追加~、って感じ。


「ねえ、リュウ、今、ひょっとして、目が回ったの?」

 あやかさんが、おれに聞いた。

 まるで、目が回ること、わかっていたかのように…。



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