5-3  妖刀 Ⅰ

 すぐに、あやかさん、刀を2本持ってきた。

 どちらも、長さ60センチほどの日本刀。

 1本ずつ、右手と左手に持って、突き出すようにおれに見せた。

 で、いきなり。

「『霜降らし』、どぉっちだぁ~」


「えっ、いきなり…、どっちか、ですか?」


「うん、どっちだと思う?」


 いわれて、よく見てみる。

 どちらの鞘も、話にあったように、銅と竹で編まれている。

 編まれたがらが少し違うので、雰囲気も違う。

 でも、この雰囲気の差は、編み柄によるものだけではないような感じだ…。

 何なんだろう…、不思議な感じがする。


 で、何となく、気が惹かれる方、まあ、なんとも複雑な雰囲気を持っている方なんだけれど、それを指さして、言ってみる。

「何となくですが、こっちだと思います」


「ふ~ん…。

 リュウにしては、珍しく、断定的に言ったね。

 しかも、正解だよ…。

 ふ~ん…」


 あやかさん、ちょっと思案顔。

 正解だったのはうれしいが、当たる確率は2分の1。

 そんなことで、あやかさん、何を、考えているんだろう?


「どうしてわかったの?」

 ちょっと考えてから、あやかさん、おれに聞いた。


「なんか、雰囲気が、それらしいので…」


「また、断定的な返事だな…」

 と、つぶやいて、あやかさん、また黙考モードに。


 うん?でも、今のつぶやき、おれの、返事の内容ではなく、返事の仕方に興味があるみたいな感じ…。

 どういうことなんだろう?


 返事の内容ではなく、返事の仕方を見ている…ということは…。

 その結果として、おれが、どっちだかわからずにいい加減に選んだ、ということではないと、あやかさん、考えた…ような気がするぞ。


 だから、確率が2分の1の世界ではなく、おれが、必然性を持って選んだと判断した、と言うこと…なのかな?

 何か、会話で、思考パターンを探られている感じ。


「どんな雰囲気を感じたの?」

 と、あやかさん、また、おれに質問。

 もう、おれが、ちゃんとわかったうえで選んだ、という前提にたっている質問のような感じだ。


「どんな…、と言うことの答えになるのかわからないんですけれど…、なんて言うか、感覚的に複雑で…、それで、妙に、惹かれる…、そんな雰囲気で…」


「うん、それで、充分よ。なるほどね…。

 やっぱり、リュウには、わかるんだね」


 どうしてやっぱりで、何がわかるんだろう。



「確かに、こっちが本物の『霜降らし』だよ」

 あやかさん、そう言って、おれの指さした方の刀をよこした。


 こんな大事なもの、おれが持っていいんだろうか?

 と思ったが、受け取るよりほかに方法がない状況。

 で、両手で受け取る。

 見かけ以上に、ずしりとした重さに感じる。


「抜いてみなよ」

 と、あやかさん、軽い感じでおれに言う。

 そして付け足して、

「危ないから、気をつけて抜いてね」


 日本刀、それも本物を、鞘から抜くなんて、初めてだ。

 そもそも、本物の日本刀なんて、博物館などで、ガラス越しに見たことがある程度なんだから。


 左手で鞘を持ち、よく、映画なんかでやるように、左の親指でつばを押すと、チッと言う感じで、刃が少し現れる。

 つかにかけていた右手でスーッと引き抜こうと思ったが、何かザワッとして、10センチほど引き出したところで止めた。


 すごく、変な感じ。

 嫌な感じというわけでもないんだけれど、なんだか、自分にそぐわないような、抜いてはいけないような、そんな感じ。

 ここは、素直に…、おれとしては珍しく、本当に素直な感じで、本能の命ずるままに動くことにして、カチッと、刀を、もとのように鞘に戻した。


「どうして、抜かなかったの?」

 あやかさん、疑問の顔でなく、確認するような、ちょっと質問した言葉と釣り合わない感じの顔をして、聞いてきた。 


「今、なんだか、抜いちゃいけないような気がしたもので…。

 今回は、それに、忠実に従ってみたんです。

 まあ、おれにしては珍しいことなんですけれどね…。

 でも、この雰囲気だと…、たぶん、抜こうとしても、何かの加減で、抜けなかったかもしれません…。

 どうも、そんな感じなんですけれど…」


「なるほどね…。そう言うのって、本当にあるんだねぇ」


「由之助さんと同じと言うことですか?」

 横から、さゆりさんが言った。


 由之助さんって、アヤさんの旦那さんの由之助さんのことですよね?

 どういうことなんだろう?

 そうか、まだ、おれが聞いてない話、いろいろとあるんだろうな。

 でも、今のおれの感じ方、由之助さんと同じって、やっぱり、どういうことなんだか、気になる。


「リュウ、今の話、知りたそうだねぇ」


「ええ、おれが、由之助さんと同じっていうのは、どういうことなのかなって」


 おれは、妖刀を、慎重にあやかさんに返しながら言った。

 あやかさん、受け取った妖刀を、脇にあるサイドテーブルに置きながら、答えてくれた。


「うん、まあ、話としては簡単なことなんだよ。

 おじいちゃんが、アヤさんから聞いた、由之助さんの話。

 由之助さん、この刀に対して、今、リュウが感じたのと同じような感じを受けていたらしいんだね…。それで、どうも、抜くことができない…と言うか、抜く気にならないんだってさ」


「ええ、まあ、本当に、それは同じですよね…。

 でも、そのことは、同じと言われたので見当は付いたんですけれど、だから、どうなんだっていうところがわかれば…」


「だから、どうなんで、か…。

 まあ、その前にさ、リュウ、ものを引き寄せるとき、どんな顔しているのか、自分で見たことある?」


 えっ?

 いきなり、話が飛んだ。

 しかも、はるか遠くに。


 どんな顔って…、そう言えば、今まで、10年ほどの間、引き寄せること、毎日のようにずっと練習してきたけれど、鏡で自分の顔を見ながらやったなんてこと、一度もない。

 それはそうだよ。

 だって、どんな顔をしてやってるのかなんて、考えたこともなかったから。

 でも、実際、どんな顔してるんだろう…。


 あやかさんに、こんな質問されたってことは、ひょっとして…、無意識のうちに、おれ、すごい顔、とても正視できないようなすごい顔してたりして…。


 そうだよな…、今まで、少しでも、長い距離を移動させようと頑張っていたから、全身に力を入れてみたり、目をカッと見開いてみたり、逆に目を閉じて指先に神経を集中してみたり…、そんなこんな、いろいろやっていたから…。

 知らないうちに、変顔へんがおする習慣になっていたかも…。


「フッ、ちょっと待ってなよね」

 小さく笑みを浮かべて、あやかさん、立ち上がって、今度は、棚の列の右にある、棚2列分くらいの場所を使った細長いスペース、壁にくっつくように机や本棚が置いてあるところへ行った。


 このスペース、部屋にはいるとき、ドアーのところからは、棚の陰になってぜんぜん見えなかった。


 ここ、ソファーに座って見ると、ドアーのある壁、左側になるけれど、そっちから順に見ていくと、まず、ドアーの左側には、流し。

 で、ドアーの向こうは、壁にくっついて、ガラス戸付きで天井までの高さのある棚が奥まで並んでいる。

 だから、これらは、壁そのもののような感じ。


 次に、その手前に、高さ2メートルほどの高い棚が、2列、奥の方まで並んでいる。

 そして、部屋の中央よりやや右寄りに、1メートルほどの高さの、ガラス戸付きの棚が1列並んでいる。

 その棚、両側から開けられるようになっていて、幅が広い。

 上には厚手の板が敷いてあり、作業スペースみたいにも見える。


 机なんかがある広いスペースは、その右側と言うこと。

 ここから見ると、初めの印象の、倉庫のような感じはしない。


 で、話はそれちゃったけれど、さっき、あやかさんから引き寄せるときの顔について質問を受けたときのこと。

 おれ、例のように、少し、固まっていたようだ。

 たぶん、その時の表情と時間から、暗に、

『いいえ、見たことありませんねぇ。

 そんなこと、考えてもみなかったことですよ。

 そのとき、おれ、どんな顔をしているのでしょうかねぇ?』

 と、長い答えを述べていたような感じだったみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る