5-2  秘密の部屋

 とはいっても、まったく違うことだって、あり得るんだから、こう言うことは、考えたとしても、いわない方がいいんじゃないのかな?と、思うおれでした。

 ちょっと、おれには…、そう、今の話から受けたショックが、どうも、強すぎた感じなんですよ。


「まあ、この辺の話がないのは、いずれにせよ、うちのこと話すのに、画竜点睛がりょうてんせいを欠くというか…、大事なところがないってことだよねぇ。

 だから、今、わたしが適当におもしろい物語を作っちゃってさ、子どもにでもそれらしく話しておけば、百年後には、胸躍る楽しい『実話』として語り継がれるんだろうと思うんだけれどね…」


「えっ?でも…、それって、ちょっとまずいんじゃないですか?」


「まあ、ちょっとはまずいかもしれないけれど…、でも、そんなこと、ちまたでは、けっこうあるらしいよ。

 明治時代に金持ちになって、急きょ作ったいい加減な家系図と先祖の話が、今じゃ、本当の話として語られているとか…」


「そうなんですか?」


「うん、そうなのよ、それに、けっこうあるみたいなんだよ。

 おじいちゃんが、アヤさんから聞いた話の中にも、そんなの、いくつもあったらしいからね。

 ただね、人から偽物と見破られない、それらしい、いいものを作ろうとすると、当時のことなど、いろいろ調べる必要がでてくるだろうからねぇ。

 どうも、かなり面倒くさそうなんだよ」


 面倒くさいと言うようなものでもないような気もしたが、例のごとく、ここで、おれが何か発言しようとする前に、アヤかさんの話は進んだ。

 ちょっと、おれの思いもしない方向へ。


「だから、わたしとしては、やる気は、もともとないんだけれどね…。

 あっ、そうだ、いいこと考えた。

 ねえ、リュウ、相棒の仕事として、あんた、ちょっとやってみない?

 どういう流れで、妖刀『霜降らし』がうちに来たのかって。

 すてきでさ、楽しいストーリーを考えてよ」


 とんでもないことを、あやかさんは真面目な顔をしておれに言った。

 それらしい、すてきな偽物の物語を作る…、え~ぇ?~??


「そ…それ…、おれがですか?」


「そうよ、リュウが書けば、案外、客観的に書けるかもしれないじゃないの。

 絶対に偽物だとわからない、まことしやかな櫻谷家の伝承…」


「あっ、いえ、客観的って言われても…、その…、なんですよ、偽物のどこが客観的なものかと…、やっぱり、おれ、そういうこと、できそうにないですから…」


「そうかなぁ?リュウなら、どんなにいい加減なことでも、何でも、チャチャチャって、本当にあったこととしか思えないようなストーリーに書いてしまう気もするんだけれどねぇ」


 そう言って、あやかさん、くりっとした目で、おれを見た。


 おれ、あやかさんに、どう、見られているんだろう?

 まだ、エメラルドの指輪、故意で盗ったと疑っているんだろうか?

 知らない間に引き寄せていたということ、作り話だと考えているんだろうか?


 ふと気が付いたら、さゆりさん、口元を隠して小さく笑っていた。

 あっ…。

 おれ、あやかさんに、軽く、いじめられたのかもしれない。


 おれがそう気が付いてあやかさんを見ると、あやかさん、『ばれたか』って顔をして、ニッと笑ってから、一言。

「で、『霜降らし』のことなんだけれどね…、まず、本物を見せてあげるよ。

 ここ、これから、夕食の支度があるから、空けた方がいいし…、

 それで、人には見せない秘密の部屋に案内するね」


「秘密の…部屋、ですか?」


「うん、わたしの、秘密の部屋。

 超、特別サービス、ってところだね。

 サーちゃん以外では初めて…、だから、男性では第1号の招待客だよ」


 さゆりさん以外では初めてって、美枝ちゃんたちにも見せていないってことなんだろうか?

 そんなところに、連れてってもらって、いいんだろうか?

 おれ、あやかさんに会って、まだ一週間しか経っていないのに…。


 そうだよ、今日が、ちょうど七日目なんだ。

 今朝、起きたとき、そう思った。

 今日、いつか、いいタイミングで、これ、話題にしたいなって思った。

『今日で、七日なんですよ。ちょうど1週間たったんですよ』って。

 そのくらい、気が付いたとき、うれしかった。


 あやかさんに会ってから、毎日、けっこうな時間、一緒にいて、それで、丸一週間になるというところ。

 メチャきれいな人にも、けっこう、馴染んじゃってるおれがいる。

 時々、ドキドキするようなこともあるけれど…。


 とは言っても、どんなにいろいろんなことがあった一週間でも、見方を換えれば、まだ、たった一週間しか経っていないということでもあり、そんな、『秘密の部屋』なんかに、おれを入れてもいいんだろうか?


 部屋に入ったら、『わたし、もう、相棒いらないから…』って、そこで始末されちゃったりして…。

 うん?これ、笑いのタネにしようと思って考えたことだけれど、現場を空想したら、どことなく、というよりも、はっきりと現実味が出てきて、ちょっと、というよりも、ものすごく恐い…、恐すぎる感じがしてきた。


 あやかさんにバシッと押さえられ…、これは、抵抗できないけれど、まだ、何となくいい感じなのかもしれない。

 だけど、次に、さゆりさんが…、ニッと笑って…。

 いやだ、だめだ…、ここから先は…。

 本当に、いやだよ、これ…、すぐに、頭の中から、消そう…。


 そう、おれは、妖刀『霜降らし』を見に行くんだ。

 変なことは起こらない。

 起こりようがない。

 どこかから妖刀を取り出してきて、あやかさん、鞘から刀を抜く。

 キラリと刃が光る。


 あやかさん、ニッと笑って『試し斬り』…なんて…、あれっ?なんで、こうなるんだよ…、まったく。

 その場面が頭の中に出てきて…、だめだ。

 どうしても、変な方向に、考えが流れる。


 こう言うのを、予感という…、いや、そうじゃない。

 ダメだ、自分に思考停止命令発動。

 自己の検証、開始せよ。

 で…。


 そうそう、さっき、妖刀が、どのようにこの家に来たかなんて話で、あやかさん、殺して奪ったかも、なんて言うから…。

 それで、それがあまりにもおれにとっては強烈な印象だったから、そのまま、その思考パターンを引いてしまっている…というのが解析結果。


 おれ、こう言うところあるから…、困るんだよな…。

 今まで、一週間の付き合いではあるけれど、そんなことする人たちではないこと、わかっているはずなのになぁ…。


 以上は、家の中を歩きながらの頭の活動。



 部屋は、地下にあった。

 入り方が、『秘密の部屋』らしく、まず、食堂を出て、広い廊下を、ちょっと奥に行くと、やや広いスペースがある。

 正面はトイレ、その左には、2階に上る階段がある。

 階段を上れば、あやかさんの部屋とさゆりさんの部屋があるそうだが、今は、そちらには行かない。


 ここを、左に曲がる。

 廊下を、少し、真っ直ぐに行ったところの右側にあるドアー。

 このドアー、しっかりとした鍵が付いている。

 家の中なのに、八桁の暗証番号を押す、厳重な電子ロック。


 はいると小さな部屋。

 3畳くらい…よりちょっと狭いかな?

 ドアーを完全に閉めると、左の壁が引き戸のようになっていて、右に開くことができるとのこと。

 ドアーを閉めて、ゆっくりと壁を開くと、先は、下に降りる階段になっている。


 降り始めると、さっきの引き戸になっている壁、自動的に閉まる。

 驚いて振り向くと、『重りが付いていて、それが引っ張って閉めるだけの、簡単な仕組みだよ』とあやかさんが構造を教えてくれた。


 階段、途中で戻るように降りていくと、またちょっとしたスペース。

 はいったところにあった小さな部屋の真下になる。

 左にあるドアーには、また、さっきと同じような電子ロック。


 そこを開けると、あやかさんの秘密の部屋。

 というか、ここの第一印象は、倉庫といってもいいような、かなり広い物置、みたいな感じ。

 でも、換気や空調はしっかりされているようで、地下室のイメージに重なるジトッという湿っぽさはまるでない。


 倉庫のような第一印象の原因は、左半分…、いや左3分の2くらいにある棚の列。

 その棚、ぎっちりというほどではなく、どちらかというと、スカスカ。

 奥の壁が見えるところもある。


 で、残りの空間、部屋の右側になるが、中ほどに衝立ついたてがあって、その向こうには応接セットがチラッと見える。

 衝立の手前、ドアーの右側になるが、そこには、小さなシステムキッチンや冷蔵庫もある。

 ただ、さすが、ここのはガスでなく、全部電気。

 まあ、この部分だけ見ると、『秘密の部屋』という雰囲気充分。


「あそこに座っててよ」

 と、あやかさん、奥のソファーを指して、左の棚の間に入っていく。


 立ったまま、あやかさんを見送っていると、さゆりさん『座っていましょう』といって、慣れた感じでソファーの方に進んでいく。

 で、おれは、ついて行って、さゆりさんの向かいの長いソファーに腰掛けた。

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