第5章 秘密のこと
5-1 伝わっていない
「まあ、こういう流れで、アヤさんは、櫻谷の家に入ったと言うことなのよ。
わかった?」
これで、あやかさんの長い話は終わった…と思う。
『と思う』を付けたのは、今までの、おこうさんとおすずさんの話や、アヤさんの『神宿る目』から櫻谷家で暮らすようになるまでの話、このように続けて書いたけれど、実は、一度にまとめて話されたわけではなかったから。
あいだに夕食が入り、『また、明日にしようね』となり、翌日も、少し話が進むと『ほら、少し走って来なよ』となり、もうお昼。
昼食後は、『明日のために、少し、やることがあるから、また後でね』となり、次には『夕食のあとにしようよ』となり、その夕食の終わった昨夜は、『明日には終わらすからね』となり、今日になっている。
それで、今日の午前中はというと、あやかさん、このあいだの仙台での展示販売会絡みで、お父さんといろいろと話などあったようなのだが、相棒のおれは役に立たないことなので、おれは別行動となって、山の中での駆けっこ3日目。
そうそう、3日目だけれど、かなり、速く走れるようになっているんですよ。
まあ、あまり転ばなくなったので、林の中に突っ込んで、無駄な時間を使うということがなくなったのが、大きな時間短縮要因なんだけれど。
これ、昨日、ポイントを掴んだのです。
大げさに言えば、ここの山を走る要領を掴んだ、といえるのかも。
で、アヤさんの話しのことだけれど、終わったのは、始めてから次の次の日…だから、3日目、うん?2日後というのかな?
今は、その夕方近く。
この話、続きがあるような感じもするんだけれど…、だって、まだ、明治の中頃、厳密には、明治26年までの話だったから。
でも、『まあ、こういう流れで…』というあやかさんの言葉がはいったから、たぶん、これで、終わりなんだろう、と言うことなのですよ。
さて、今までの話を受けて、おれの反応として、何から話そうか、何を聞こうかと考えはじめたのだけれど、まあ、いつものように、ワンテンポよりさらにテンポの遅いおれに変わって、まず、さゆりさんが感想を述べた。
「アヤさんの、その話、全部、まとめて聞いたのは、初めてですよ。
知らなかったところもけっこうありますし…、面白かったですよ。
すごい歴史なんですね…」
「まあ、うちのことで歴史って言うと、ちょっと大げさな気もするけれどね。
でも、確かに、細かな話が、よく残っているよね…。
この辺が、おじいちゃんが、アヤさんファンだってところなんだろうねぇ…。
アヤおばあちゃんの話をしっかり聞いて、整理していたっていうことだもんね。
で、リュウ、今の話で、なぜ、アヤさんが、その力を持っていたのかわかった?」
自分からだと、何から話し出したらいいのか、というところから考えるもので、ちょっと手間取っていたが、こういう形で質問をされると、話題のポイントがはっきりしていてラッキーな感じ。
すぐに答えられる。
「ええ、よくわかりました。
おこうさん、おすずさん、アヤさんと、櫻谷の血筋が続いていたんですね」
「そうなんだよね。だから、アヤさんと由之助さんは、はとこ同士の結婚だったと言うことなんだね」
「『はとこ』って…、『またいとこ』のことですよね?」
横から、さゆりさんが聞いてきた。
「『またいとこ』って言うの?『はとこ』のこと…」
今度は、あやかさんが、さゆりさんに聞いた。
2人とも、クエスチョン、という顔で見つめ合う。
2人ともやや違ったタイプの美人なので、普段と違う顔つきが、なんともかわゆ~くて、すごくいい感じ…で、おれ、つい見とれてしまった。
その時、ちょうどお茶の替えを持ってきて、テーブルの上のことをやってくれていた静川さんが、笑いながら教えてくれた。
「そうですよ。『はとこ』は『またいとこ』とも言いますよ」
あやかさんとさゆりさん、いきなり大笑いとなった。
静川さん『何がそんなにおかしいのですかねぇ』と言って、やはり笑いながら食堂を出て行った。
「でも、おこうさんて、強い方だったんですねぇ…」
ひと笑いし終わったあと、さゆりさんが、ポツッと言った。
「うん、そうだよねぇ…。
若いうちに、戦争で好きな旦那さんと別れたうえ、おすずさんやおうめさんを自分の手で育てられなかったんだから、辛かっただろうね…。
それなのに、それを出さずに、淡々と暮らしていたようだからね。
それで、この時から、アヤさんの世話をすることができて、良かったんじゃないかと思うんだ。
アヤさん、けっこう無茶することもあったりで、怪我だなんだで、16、7歳で落ち着くまでは、いろいろと大変だったらしいんだけれどね…」
「その頃に、落ち着かれた…のですか?」
「うん、体ができてきたんだろうね…。
急に落ち着いて、それまでとは、ガラッと動きが変わったらしいよ」
「フフ…、お嬢様と、同じなんですね…」
「わたしとは、関係ないよ…」
「まあ、そうかもしれませんが…。
それで、そのあとも、おこうさんは、アヤさんと、ずっと、一緒にお暮らしになったんですよね?」
「うん、そうなんだよ。
おこうさんが、アヤさんに遠慮して、離れようとしたとき、アヤさんが、『今からの1人暮らしはやめときなよ』って、放さなかったらしいんだね。
だから、由之助さんと結婚してからも、ずっと一緒だったんだよ。
そうそう、このあいだ話した小河内村での妖魔退治の時のことだけれど、アヤさんたちの子ども、だから、おこうさんにとってはひ孫になるんだけれどね…」
「おじいさんの、お母様ですよね」
「うん、そうだね。その、おじいちゃんのお母さんが、まだ小さいとき、アヤさんたちが小河内村に行っていたあいだ、しっかり面倒を見ていたらしいよ。
もちろん、乳母さんや家政婦さんはいたんだけれどね。
そのとき、おこうさん、70歳を超えていたから、大変だったんだろうね…」
「70歳ですか…。当時としては、長生きされたんですね」
「うん、もうすぐ80歳というときに亡くなったとか、聞いたような…。
あれ?いくつでなくなったんだっけな…?
これ、後で、確認しておこう。
で、まあ、おこうさん、そんなこんなでアヤさん家族とずっと一緒に過ごして、最期の時にね、アヤさんに『楽しかったよ』って言って息を引き取ったって話も残ってるんだよ」
「そうですか…。それは、よかったですね…」
さゆりさんの目が、ちょっと潤んでいた。
そういうおれも、ちょっとウルッとした気持ち。
こうさんの話を聞きながら、おれは、なんか、まだ聞いておきたいことがあったはずなんだけれど、と、うっすらとした思いがあった。
で、急に、それがなんだかわかった。
そうなんですよ、もう一つ、しっかり聞いておきたいことがあったのに、あまり出てこなかったこと。
それは、魔伏せの妖刀『霜降らし』のこと。
話の初めにちょっと出てきて、それだけだったんじゃないでしょうか?
これは、ちょっと、言わなくっちゃいけないと思って…。
「あと、魔伏せの妖刀…」
と、言いかけたら、あやかさん、ニコッとして、遮るように言った。
「ちゃんと話していなかった、って言いたいんでしょう?」
「えっ、ええ…、まあ、話の最初の方に、ちょっと出てきただけで…」
「うん、そうなんだけれどね…、なんというか、実はね、まあ、話になるような面白い伝承が、大して残っていないんだよねぇ…。
どうしてなんだろうねぇ…」
「どうやって、櫻谷の家に入ったとかも、伝わっていないんですか?」
「うん、何もわかっていないんだよ。
いつ頃、誰が、誰から、どのような形で譲り受けたか…、その辺、面白い話がいろいろとあってもよさそうなんだけれど、どういうわけか、これについては、なんにも伝わっていないんだよね…」
「そうだったんですか…」
「うん。はっきりしていることは、その、最初の人が、『神宿る目』を持つ人だったということだけなんだよ。
それは、その人が書き残した物から、そうなんだろうとわかるということでね…。
だから、アヤさんのことを話しても、『霜降らし』の由来なんかには、なかなか結びつかないんだよ。
そもそも、由来が、わかんないんだからね」
「なるほど…。ちょっと残念ですね」
「そうなんだよねぇ…。
でも、こんな大事なこと、どうして伝わっていないんだろうって考えるとさ、なんか、悪いことして手に入れたのかなって、思うときもあるんだよ。
例えばね、持ってる人を殺しちゃって、奪い取ったとか…。
あんまり情報がなさ過ぎるとさ、何か、隠しているんじゃないかと思って、そこまで勘ぐりたくもなっちゃうよね」
「いや、そんなことは…」
ちょっと、自分のご先祖さんに対して、それは…。
よくも、まあ、そこまで冷静に、というのか第三者的にというのか、悪い方向で考えられるもんだと、おれは、驚いてしまった。
でも、まあ、冷静に見れば、そういう考え方も、成り立つことは、確かではあるんですけれどね…、なんとも、だな…。
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