3-8  近道

 少し開けた感じのところ。

 ここが、頂上だ…。

 もう、上はない。


でも、そこには誰もいなかった。

 あやかさんとさゆりさんがいると思ってたどり着いたのに、いない。

 なんだか、急に寂しさを感じた。


 道らしきところも、今おれがここに来た道だけで、ほかにはない。

 あやかさんたち、どこに行ったんだろう?


 本当の頂上らしきところに、ちょっと大きな平らな石。

 そこに、小石を重りに紙が置いてあった。

 おれへの『お手紙』のようだ。


 頂上にあった、あやかさんからの手紙。

『リュウ、遅いね。

 5分待ったけれど、まだみたいだから、先に体育館に戻ってるよ。

 近道は、****(塗りつぶして消したあと)あるけれど、教えない。

 探してみなよ。

 もちろん、来た道を戻ってもかまわないけれどね』


 う~ん…、まいった。

 急に力が抜けた。

 あやかさんが、さっきさゆりさんに言っていた『ほら、あれよ』は、これだったのかと、今になってわかった。

 おれの、運動…、と言うか、訓練。


 さっき、アヤさんの小河内村での話を聞いていて、アヤさん、妖魔の動きを見極めるため、あちこち動き回ったらしい。

 山間の村だから大変だったんだろうなと、チラッと思った。

 こういうところ、走り回って鍛えていたのかもしれない。


 うん、だから、この靴なんだろうな…。

 そういえば、さっき、靴を置く棚に、トレッキングシューズみたいな靴もあったみたいだし…。

 慣れればそっちの靴でもいいんだろうな。

 まあ、給料をもらえての運動なら、悪くはないかな。

 藪に突っ込むのは嫌だけれど…、慣れれば、かなり楽しめるかも。


 フッ、いいですねぇ、この、ポジティブな感覚。


 さて、近道か…。

 来た道は、一本道だったし…。

 ここからの道は、ほかにない。

 木々の間、体育館の屋根を正面に見れば、来た道が頂上に出てきたのは真後ろ。

 山の斜面を一回り以上したのは確実なので、また、二周はしていないので、正確には一周半ちょうどということになる。


 フフフ、わかりましたよ。

 このように、サボる関係では、わたしは切れ者なんですよ。


 まず、来た道のどこか、それも、頂上から、そう遠くないところに、脇道があるはず。

 というのは、登り始めて、初めのうち、ほかに道があるのかと、比較的緊張してみていたけれど、ずっと一本道だった。

 でも、頂上が近付いてから、もう、上に行くことだけを考え、あまり周りの道を確認していなかった。

 第一、最初の方にあったのでは、近道にならない。


 ということで、わりと近くに抜け道があるはず。

 しかも、来るとき、頂上近くで、一度大きく下がってから最後の登りになったから、多分、その、最後の登りの区間、しかも、その上の方にありそう。


 と言うのは、大きく下がって、最後の登りとなるところにはなかったから。

 そこでも、林に突っ込みそうになって転んだから確かだ。

 あの近くに、脇道はなかった。


 だから、近道は、頂上近くで脇に分かれ、二重螺旋のように上ってきた道の間を通り、半周くらい降りて…、だから、山の斜面の体育館の方になって…、そこからの可能性は2つ。


 スタートしたときに走って登った、あの真っ直ぐな坂道の、上から見て左に降りるか、右に降りるか。

 左に降りればそのままだが、右に降りるには、上ってきた道と必ず交差する。


 交差…。

 フフフ…、ズバリ、あの、クレパス。

 あの、溝の底を通るんでしょうね…。



 と言うことで、スタートしてみる。もう、走らないで、歩き。

 頂上から少し降りたところ、やはり右側に、うっすらとだけれど、脇道らしき筋があった。

 そこだけ、草が変な感じ。

 踏み跡なんだろうか。


 そちらにはいって、その、道のようなところを降りて行ったら、すぐに窪んできて、少し降りると、さっき飛び越えた2メートルくらいの深さのところ。

 と、すぐにその溝も浅くなり、しばらく行くと、もう、グラウンドらしいところについた。


 歩きでも、5分もかからないところだった。

 スタートの時、頂上までの道のりとして、チラッと考えたくらいの長さだったということかな。


 やっぱり、ここで遊ぶの、面白いかも…。



 体育館では、あやかさんとさゆりさん、トレーナーに着替えて、空手のような合気道のような、そんな組み手みたいなことをしていた。

 けっこう激しい動きで、2人とも、かなりの汗をかいていた。


「やあ、早かったじゃないの」

 あやかさんが、おれの顔を見るなり、組み手をやめて、声を掛けてくれた。


「けっこう、転んじゃいましたけれどね」


「ハハハ、全身泥んこだね。

 慣れれば、というか、次には、そんなには転ばないよ」


 と、あやかさん、近くにあるタオルをとりながら。


「ええ、そういうポイントになる場所は、わかりましたよ」


「近道、わかったのね」

 と、さゆりさん、やはりタオルで汗を拭きながら。

 ちょっと、2人とも、色っぽい感じ。

 でも、素知らぬ顔で返事。


「ええ、ずいぶん近いんだなって思いましたよ」


「まあ、こんな住宅地の近くだからね、本当の山みたいにはいかないよ。でも、毎日、何度か走って、まず、10分くらいで頂上に着けるようにしておきなよね」


 あやかさん、軽い感じでおれに言った。


「ええ、わかりました」


 まあ、少し練習して道を覚えれば、なんとかそのくらいでは行けるようになるだろうから、そんなに高い要求ではないかも。

 と思ったら、もう一言。


「雨の日なんか、滑るから、気をつけるんだよ」

 そうか、雨の日もやれって言うことか…。

 これは、ちょっときつそうな感じ。

 でも、案外、もっと面白いかも。


 一度部屋に戻り、1時間後に、あやかさんの家に行くことになった。


 汚れたトレーナーは、袋に入れて、あやかさんのうちの裏にある、勝手口、そこに置いてある籠に入れておけばいいのだそうだ。

 いけば、すぐにわかるとのこと。

 なんか、自分で洗濯しないっていうの、変な感じだ。


 #


 また、あやかさんのうちの食堂。

 静川さんが持ってきてくれた紅茶でクッキー。

 

 さっき、戻ってきて、おれは、一度自分の部屋に行って、シャワーを浴びてから、また、あやかさんのうちに来た。

 これから、例の、魔伏せの妖刀のお話を聞くつもり。


 その前にと、ゆっくりとティータイム。

 さて、どのような話になるのか。


「妖剣と、アヤさんの話をするんだよねぇ?」


 クッキー食べ、紅茶を飲んでと、ちょっとすました感じのあやかさんだったが、急におれに聞いた。

 何を、どのように話すのか、考えていたのかもしれない。


「ええ、まず、そのことについて、お聞きしたいんですけれど…」


「アヤさんのことって、特に、どんなことを知りたいの?」


「ああ、その…、由之助さんが、櫻谷家の次男なんですよねぇ」


「そうだよ。そのお嫁さんが、アヤさん」


「それだと、櫻谷家の外から来た人が、櫻谷家の特異な力を継いでいたっていうのが、どういうことなんだろうと…」


「やっぱり、そこだよね。

 うん、気付くべきところに気付いているっていうことで、いいねぇ」


 思いもよらないことで褒められた。


「アヤさんの旦那さん、由之助さん。

 そのおじいさん、善之助っていうんだけれど…、うん、わかる?

 私のおじいちゃんのおじいさんが由之助。そのおじいさんが善之助…、だから、わたしよりも6代前の人、いい?

 それで、その善之助さんの妹が、『こう』さん。

 江戸時代の末期のことなんだけれど、こうさんは江戸に住む御家人の家に、お嫁に行っていたんだよ」

 あやかさんの話は、いきなり江戸時代末期から始まった。


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