3-7  ついておいでよ

 おれが、さゆりさんから、履くように指示された靴、半長靴のような…。

 これって、よく、サバイバルゲームをする人たちがはく靴なんじゃないんですか?

 よく、テレビで見る、災害救助の時などに自衛隊の人たちがはいている靴にも似ている。

 ただ、もう少し軽い感じだけれど…。


 でも、なんで、こんな靴を、今、履くんでしょうか? 


 あやかさんとさゆりさん、服はそのままなのに、靴は、おれと一緒に履き替えている。

 でも、普通の運動用の靴…、というか、運動靴の仲間。

 もう少し詳しく言うと、たぶん、トレッキングシューズってことになるのかな?

 ますます、意味がわからない。



 体育館の外に出る。

 グランドらしい平らなところは、手前の方、少しだけ。

 その後ろは…、どこかの、山に来たみたい。


「ここ、昔の地形をそのまま残してあるところなんだよ」

 と、あやかさんが、説明してくれた。


「昔は、この付近、みんな、こういう感じだったんですか?」


「そうなんだろうね。

 まあ、残っているのは地形だけの話で、昔は、もっと森の中…、樹が茂り、藪もきつかったとは思うんだけれどね」


「すると、この山は、造ったわけではないんですか?」


「基本的にはね。

 ただ、アヤさんが道をつけたり、いろいろといじってはいるんだけれどね。

 その、アヤさんが、おじいちゃんに、ここは、このまま残しておきなって、言っていたらしいんだよね…」


「きっと、あやかさんのような方が生まれるのを予想していたんだろうって、おじいさま、おっしゃってましたよね」

 さゆりさんが言った。


「うん、そうなんだよね…。

 それで、ここは、わたしが練習するのに使えって、くれたのよ」


「くれた?」


「うん、もらったの。

 これから、あの山の上まで走って行くけれど、リュウ、ついておいでよ」


 もらったって、お菓子でももらったような言い方をして…、それで、えっ?

 ついておいでよって、走って…、山の上まで…ですか?

 おれ、高校を卒業してから、6年間、本気で走ったことなんかないんですけれど。

 第一、林というか、藪や雑草だらけの、こんなところ…。


「じゃあ、リュウ、しっかり走るんだよ」

 そう言って、ニコッと笑うなり、あやかさん、走り出した。

 あとを追うように、さゆりさんも。


 頂上までは、おそらく、百数十メートルから二百メートルほどのものなんだろう。

 でも、林の中、真っ直ぐにあがる道はついているけれど、木々で先はわからない。

 しかも、見通せるところは、藪や雑草だらけだから、遅れずについていかないと、どこを、どう走ったらいいのかもわからなくなりそう。

 おれも、あわててスタートを切った。

 でも、もう、かなり離されている。


 それに、こんなデコボコの上り坂なのに、あやかさん速い。

 あとを追うさゆりさんも。

 三分の二ほど登ったところで、2人が藪の陰に消えた。

 おれは、まだ、半分くらいのところ。


 2人の消えたあとを追って、その藪を、左に回り込むと、

「ウワォッと!」

 呆然。

 と言うよりも、超、危なかった。


 氷河のクレパスみたいに亀裂がぽっかり。

 危うく、この溝に落ちるところだった。

 藪の手前が急な上り坂になっていたので、速度が落ちていてよかった。

 こんな危険があるのなら、前もって教えておいて下さいよ、と、言いたい気分。


 まあ、深さは2メートルほどだから…、いや、やっぱり落ちたら、怪我をするかもしれないし、怪我までしなくても、どこか打って、痛いに違いない。

 やっぱり、一言、注意しておいて欲しいところだ。


 なんて考えていてもしょうがないかな?

 溝の向こうに、道が続いているから、ここ、やっぱり、跳び越えるんだろうな…。

 溝の幅は1メートル半くらい…。


 まあ、普通のところなら…、グラウンドや体育館でなら、1メートル半なんて、何気なく跳べる距離なんだけれど、でも、不思議、この、下の深さを見ると、ちょっとビビってしまう。

 こういう、本当の自然の中での幅跳びって、初めて。

 厄介なことに、向こうの方が少し高い感じ。


 あやかさんたち、あの速さで走ったまま、この藪を回り込んで、すぐにジャンプしたんだろう。

 おれだって、こうなっているってわかってたなら…。

 どうしたんだろう?


 まあ、ウダウダ考えていたってしょうがない。

 やってやろうじゃないの。


 少し後ろに戻って、助走を付けて、思いっきりジャンプ。


 まあ、こんなもんですよ。


 と、思ったのは、うまくいったと言うこと。

 でも、ドキドキ、ドキドキ、まだ続いている。

 けっこう恐かったのです。


 うん?ここから先、どう行くんだろう?

 上の方には、藪があって行けない感じ。

 この左に行く道…、一度、少し下るようだ。


 軽く走り出す。

 緩く右に曲がって先は見にくいが、少しでなくて、大いに下る。

 それも、だんだんと急になっていた。

 一応、走っているので、坂で、速度がついてきて…。

 坂が急なので、一度止まろうと思ったが、もう、うまく止まれなかった。


 足下の地面がなくなるような感じで、滑って尻餅をつき、そのまま寝転がるようになって、背中で2、3メートル滑って、終点。

 痛い…。

 お尻と、背中と、肘が痛い…。


 転んだはずなのに、立ったまま、寄り掛かっている。

 坂道に寄り掛かっている…。

 最後の1メートル近くは、ほぼ直角に近い坂…。

 これ、坂っていうんだろうか?

 帰りに、ここを戻るとすると、登るの大変そう。


 先に、進もう。

 そう言えば、ここ、スタートしたときと同じくらいの高さじゃないのかな?

 そして、また山登り。

 ここは急。

 まず、出ている岩を掴みながら登る。

 トレーナー、もう泥だらけ。


 登り切ったら、今度は、緩い下り坂。

 フ~ッ、やっぱり、走らなきゃなんないんだろうな。

 とにかく走りだす。

 でも、下り。

 またしても勢いがつく。


 そして、少し右に曲がった藪の向こうは、なんと行き止まり、と言うか正面は林。

 止まれなくって、林の中に突っ込んでしまう。


 痛かった。

 まだ4月で、草がそんなに茂ってなくて、まだよかったのかもしれない。

 まあ、林の下草の中へ転がり落ちたような感じなんですよ。

 でも、大きな樹があったので、そんなに下までは落ちなかった。


 ふと、上を見上げると、青葉が美しい。

 静かだし…、山の中で、お昼寝っていう感じ、じゃないよ、まったく。


「おれ、なんで、こんなことしてるんだろう?」

 ふと湧いた疑問。

 そして、泣きたい気分に…。

 そうなると思ったんだけれど、何となく愉快なのが、ちょっと不思議。

 実は、こんな林の中なんて初めて。

 ちょっと楽しいのかも…。


 そうだな…、あれ?

 とにかく立ち上がって、道に戻らなくっちゃ…。

 下が、けっこうきつい坂で、すべって転んで、2メートルほど下にずるずる。

 登りにくく、道に出るまで、けっこう苦労したけれど、面白かった。


 道に出てみると、ここ、行き止まりというのではなく、ヘアピンカーブだった。

 道は、そこでUターンして、少し戻るように、急な上り坂。

 今来た道と、細い藪をはさんで、ほぼ並行している。


 そうか、この道、登ったり降りたり、先に進んだり戻ったりしながら、山をゆっくり回りながら少しずつ登っているんだ。


『あの山の上』って言っても、あそこで見たほど近くはなかったということ。

 実際の距離は、10倍以上あるんじゃないのかな?

 さて、再びスタート。

 急な坂を、走って登る。


 オッと、ここで急カーブ。

 で、ほら、ここで、また、下に降りるんだ。

 なんだか、慣れてきた感じ。

 でも、登りのあとの急な下りで、また転ぶ。


 そんな、上り下りの、行ったり来たりをしながら、30分近くかかって、そこが頂上とおぼしきところまで、なんとかたどり着いた。

 息はゼハゼハ、汗はダラダラ、足はガクガク、服はドロドロ。


 かなりくたびれた感じ。


 あれ?

 あやかさんたち、いない…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る