3-6  ちょっとした運動

「ただ、このような話は、ほかにもいくつかあるし…」

 あやかさんが言った。


 なんだ、そうなのか…。

 ほかにも、同じような話が、いくつかあるっていうことだと…。

 それじゃ、自然と、話しに信憑性が増してくる,と言うことなんだろうな。

 と思ったら、さらに信憑性に関する一言。


「実際にやっても、こうなるしね」


 えっ?実際に?

 実際にやる、って…どういうこと?

 そう思ったら、珍しく、そのまま口に出ていた。


「その…、実際にやっても…って、言うのは?」


「ああ、現実の話としてね、妖魔に対して、わたしがこのようにやると、確かに妖結晶はとれる、と言うことよ」


 あやかさんがやると…、って…、話が、急に、現実的なものとして感じられた。


「あやかさんも…同じようにして…、妖結晶、とることができるんですか?」


「うん、何度かやったんだけれどね…。でも、なかなか、アヤさんがやったようには、うまくいかないんだよね…」


「妖結晶はとれても…,うまくいかない?」


「きれいな結晶がとれないの。

 だから…、エメラルドにならないの」


「それって、さっきの、アヤさんの話では…、どこか肝心なことが伝わっていない、と言うことなのですか?」


「あっ、そうじゃないんだよ。

 あの話は、多分、全部、本当にあったことを、ちゃんと話しているのだと思うんだけれどね、あの中にあったことが、その通りにできないの。

 あの、剣を鞘から抜くやいなや地面に突き刺すというのが、実は、なかなかうまくいかないのよ…。

 だから、問題は、そのやり方なのよね…。

 アヤさん、どうやったんだか…」


「鞘から抜いて、すぐに突き刺す…ことがですか?」


「すぐって言うくらいじゃダメなのよ…。

 あの、『魔伏せの妖刀』と言われる『霜降らし』だけれど、抜いた瞬間に、どういうわけか、妖魔の方で感じ取って、中心が分散し始めてしまうのよ」


「妖魔が、感じ取るんですか?」


「実際には、何かの反応なんだろうけれど、まさに感じ取るって言うように思えるのよ…。

 だから、昔、アヤさんほどの力がない人たちは、妖刀を出して、ただ、その時に、妖魔を分散させただけで、一応退治した、と言うことになったみたいでねぇ」


 それは、そうだろうな、分散すれば、とりあえずは消える。

 退治したって言ってもいいんだろうと思う。

 念のため、これは、あとで聞いた話しだが、あやかさんの言う『力』、これをまったく持っていない、おれみたいな普通の人間が、この妖刀を持って、かざしてみたところで、妖魔には、何の影響もないとのこと。


 あやかさんの話は先に進む。

「それで、中心が分散し始めちゃうと、中心を刺しても、もう、集まり方が緩くなってしまっていて、その結果としてだと思うんだけれど、きれいな結晶ができないのよねぇ…」


 やっと、あやかさんがどういうことを言っているのか、わかった感じ。


 妖魔の先端、そこの密度が最も高くなったときに妖刀で突き刺すと、その先端に膨大なエネルギーが集中して、きれいな結晶ができる。

 しかし、妖刀を鞘から出すと、どういうわけか、妖魔の先端に集まったエネルギーが拡散し始める。


 拡散し始めてから刺すのでは、先端に集まってくるエネルギーは限定的になる。

 だから、妖刀は、鞘から抜いたら、瞬時に、目指す妖魔の先端に突き刺さなければならない。

 その『瞬時』は、短ければ短いほどよい。

 これがむずかしい、と言うこと。


「妖魔って…、おれ、見たことも聞いたこともないんですけれど、そういうものって、本当にあるんですか?」


「うん、あるよ」


 あやかさんは、一言で、断定した。

 ただし、と、その後に注釈。


「ただ、さっきの話のように大きな妖魔はそうそうないのよ。

 わたしが見たことがあるのは、もっと小さな妖魔で…、土が切れるというよりも、土埃が走るように湧いていく、そんな感じなのよね…。

 風もないのに、小さなつむじ風ができるような…ね。

 だから、コンクリートなんかだと、ちょっとひびが入ることはあっても、埃がス~ッと表面を滑っていくような感じに見えるだけなのよ…」


「そういう妖魔でも、妖剣で刺すと、妖結晶はできるんですか?」


「うん、小さいのがね…」


「妖魔の大きさと関係する、と言うことですか」


「そんな感じねぇ…。

 おじいちゃんの話だと、関東大震災の後は関東では、あんまり妖魔は見られなくなったって、アヤさん、言ってたんだってさ。

 大きいのは、特にね。

 なんか、出てきやすい時期って言うのに、火山の噴火みたいに大きな周期性があるのかもしれないね」


「なるほど…」

 なんだか、自分の中でも、すっかり、妖魔とは、そういうもんだということになってしまったいた。

 本当にあるのかないのか、なんていう、レベルではなくて…。

 これって、その存在を、ただ、信じ込まされただけで、本当は別、っていうことでもないんだろうな…。

 危ない宗教みたいな感じで、これこそが真実なんだよ、なんて…。


「じゃ、妖魔の説明っていうことでは、これで、だいたいわかってもらえたかしら?」

 おれが黙ったので、これで終わりという感じで、あやかさんが言った。

 で、ちょっとあわてて、今の話しで、わかっていなかったことについて。


「いや、その、妖剣というのについて、もう少し、教えていただけますか?

それと、アヤさんについても…」


「次は、妖剣か…。

 それに、アヤさん…。

 どう話すか…。

 そうだねぇ…、まとめて、ひとつの話でもいいのかもしれないな…」


 と、あやかさん、ちょっと考えてから、今までと、ガラッと変わった雰囲気で。


「ねえ、リュウ。

 ずっとこんな感じで話していても飽きちゃうからさ、まず、ちょっと、体を動かして、それから、今のこと、話してあげるよ。

 サーちゃん、ちょっとつきあってよ。

 ほら、あれよ」


「ええ、いいですね。

 リュウ君もいかがですか?」


「何をするんですか?」


「ちょっとした運動ですよ」


 と言うことで、とにかく、まず、その運動につきあうことになった。

 あやかさんの言った、『ほら、あれよ』って、何なんだろうと思ったけれど、どうやら、一緒に行けば、なんなんだかわかりそうな気がする。


 でも、おれ、なんのスポーツもやっていないんだけれど、いいのかな?



 ここは、本当に、小学校みたいな感じ。

 広いし、小さな体育館まであった。

 グラウンド付き、とのこと。


 で、このグラウンド、山…、5、6階建てのビルくらいの高さの山になってるところなどがあるが、未整理なのではなく、これが、理想的なグラウンドなんだとか。

 この体育館とグラウンド、あやかさんが、妖魔に対処するための練習場、と言うか訓練場との位置付けらしい。


 ここで、どんな、運動をするんだろう?


 まず、体育館に入った。

 そうしたら、おれの運動用の靴が用意されていた。

 これ、お出かけ用でもいいんじゃないの?

 と、何にもスポーツをしないおれが思うほど、かなりいい感じ。

 スポーツをしないおれは、いい靴を、運動のためにはくことは、ない。


 この靴、美枝ちゃんが、おれの服から靴まで、すべての情報を、静川康江さんに伝え、準備されていたのだとか。


 美枝ちゃんと仙台でいろいろと話したときに、そんなこと、言ったような気もしないではないが、ちゃんとそれについて聞かれたことも申告したこともなかった。

 美枝ちゃん、すごすぎる。


 で、ロッカールームに行くと、おれのロッカーがあり、中にトレーナーが二種類。

 これも、美枝ちゃんからの情報で、静川さんが、用意してくれていたもの。

 その、片方を、さゆりさんが指さして、『今日はこれを着てね』と言ってロッカールームを出て行った。


 着替えて出て行ったら、あやかさんとさゆりさんは、そのままの服装。

 そういえば、2人とも、スカートではなく、パンツ…もちろん、この場合、下着のパンツではなく、ズボンのことだけれど。


 どうして、着替えないんだろう…。


 そのまま体育館、あまり大きくはなく、おそらく、やっとバドミントンができるくらいなんだけれど、その中を横切り、グランドに面した方の出入り口に。

 そこの棚にもおれ専用スペースが準備されていて、おれの、外用の靴があった。

 3足あったが、さゆりさんが指さしたのは…。


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