3-5  妖魔 Ⅱ

 小河内おごうち村で起きている奇怪な現象の原因は、アヤと由之助が『妖魔』と呼ぶ作用によるもの、と断じてから3日間、アヤと由之助は周辺の地を探り歩いて、その妖魔の動きを調べていた。


 そして、その動きを読み解き、今日、アヤは、ここで、この時間に、『妖魔』現象が起こるのを待っていた。

 おそらく、もう少したてば…。


 夕方、そろそろ空の赤味も薄くなり、薄暗さを感じるようになり始めた頃、アヤは、異変を感じた。

 非常に微かなものだったが、遠くに吹く風のような地鳴り。

 張り詰める空気。


 アヤに緊張が走った。

 美しい顔が、引き締まり、目が、ややつり上がる。


 すると、アヤの明るい茶色の瞳は、急に暗いセピア色となり、その表面に、じわっと赤味が加わった。

 金色の筋が、スゥ~ッと瞳を横切る。


 大地の小さな振動を感じ、アヤは、脇に置いてある剣を握った。

 魔伏せの妖刀『霜降らし』。

 全長60センチほどの小刀しょうとう

 その妖刀は、銅と竹で織るように作られた、特殊な鞘に収まっている。


 アヤは立ち上がり、数歩下の街道に降りる。

 その街道の先、下の方には川が流れている。

 ただ、ここには、街道より一段低いところに、小さな畑があり、その先は藪になって、大きく曲がる川に突き刺さる。


 微かな揺れは、やがて、地鳴りのような音を伴って、小刻みな揺れとなる。

 畑地で、ボコッと、急に土が飛び散り、そこから、3本の筋が、平行に走り出す。

 植えられている作物が飛び散る。

 土の下を走る龍、その角が土を切っているようにも感じられる動きだった。


 同じように、筋がまた増える。


 人には見えないエネルギーの流れが、まさに、意志を持つ魔物のように、うねりながら、畑から藪、藪から畑へと土を切って進む。 


 激しく大きなエネルギーの渦ができ、それが徐々に収束していき、その中心が盛り上がり始める。


 アヤは、中心となる場所を定めると、タイミングを計り、スタートを切った。

 飛ぶように斜面を駆け下り、勢いのついたまま、大きく宙に跳び上がった。

 頭から飛び込むような形になって、着地直前、空中で素早く刀を抜くと、ほぼ同時に、それを地中に真上から刺した。

 渦の中心。


 突き刺した刀に手を添えたまま、そこを支点に一回転して着地した。

 渦を巻いていたエネルギーの束が、妖刀に収束するように集まってくる。

 嵐のようなエネルギーの流れに、アヤは耐える。


 身を切るような急激な流れ。

 飛ばされそうな猛烈な圧力。

 アヤは歯を食いしばり、腹に、手に、足に、力を入れる。


 やがて、エネルギーは妖刀の先に凝縮するようにして消えた。

 おとずれた静寂。

 大地には、アヤを中心として幾重にも、白く小さな氷の結晶が降りていた。

 氷原の中心にいるように見えるアヤ。

 その、渦のようにも見える、白く大きな円形に降りた霜が、周囲から溶けて、徐々に消えてゆく。


 ほんのわずかな時間であったが、とてつもなく大きな精神的エネルギーを消費したアヤは、しばらく、動くことができなかった。


 片膝をつき、刀を持つ手に体を預け、じっと目を閉じていた。

 しばらくして、アヤが、ゆっくりと立ち上がった。

 目を開けると、瞳は、もう、明るい茶色に戻っていた。


 地面から妖刀を抜き、布できれいに土を拭き落とすと、ゆっくりと鞘に収めた。

 鞘の紐を調整し、刀を背中に負うと、その場にしゃがみ込む。

 懐から使い慣れたクナイを出し、妖刀をさしたところの土を掘り始めた。

 

 しばらく土を掘り、手を止めて、砕いた土を丁寧に掬い出す。

 同じことを何度か繰り返し、奥に手を入れて探り、取り出したのは、土で汚れた雪のかたまりのように見える石。

 もろく、アヤは手でその石を崩すと、中心にあった小さく固い塊を取り出す。

 大きめのさいころをやや細長くしたような石であった。

 石屑を払う。

 薄暗くなった中でも、緑色の輝きが認められた。

 質のいい物に違いない。


 アヤは、ニッと笑った。


----


「と、言うことなのよ。

 まあ、そのとき、アヤさんが掘り出したのが、妖結晶のエメラルドだったというわけね。

 第1話、湖底に沈んだ村での話は、これでおしまい」


 あやかさんの話す、最初の物語は、とりあえず終わった。


「基本的には、わたしがおじいちゃんから聞いた話そのまんまなんだけれどね。

 だから、細かな脚色をしたのはおじいちゃん…。

 まあ、櫻谷の家のことなど、ちょっとはわたしもしているけれど。

 具体的で、面白いでしょう?」


 確かに面白かったです。

 物語としては…。

 でも、妖魔なんて、本当に起こることなのかな、疑問だな、って感じ。

 エメラルドがあった、これだって、そこにできちゃったという感じにとれるんだけれど、これも、どうも、現実のことには思えない。


「ええ、面白いことは面白いんですけれど、まだ、ちょっとわからないところがあるんですが…」


 よくわからないこともいくつかあったけれど、それよりも、大きなものは、さっきの疑問。

 話そのもが本当なのかな…、ということ。


「わからないって、どこよ」


「まず、アヤさんは、どうして、そこに、エメラルドがあるのがわかったのかって…」


 本当のことなのかなって感覚を引きずったままだったので、わからないというのとはちょっと違ったことについて聞いてしまった。

 本当にわからなかったのは、妖刀のことだとか、アヤさん、お嫁さんなのに、どうして櫻谷家特有の能力があったのかなどで、そういうほうを聞けば良かった。


「あっ、本当だ、リュウ、妖魔のこと、何もわからなかったの…。

 うん?…ではないか…。

 変な聞き方しないで、なんか、考えてることがあったら、まず言ってみなよ」


「ああ、すみません…」

 完全に見透かされている。

 今の話し、信じ切れていないということ、やっぱりばれちゃったんだろうな?

 よしっ、ストレートに、正直に、行こう。


「ちょっと…、なんて言うか…、本当なのかなって、疑問のような部分もあって…。

 それで、まあ、確信が持てなくって…」


「それで、周りから固めていこうと思っての質問だったってわけね。

 一応、今の話、おじいちゃんが、アヤさんから直接聞いたことがもとなんだから、多分、その通りだと考えていいと思うよ。

 この時、手に入ったエメラルドだって、今も、お父さんの会社で保管してあるのよ。

 そのままの状態でね。

 大きな妖魔だったから、質が良く、けっこう大きくて…、会社では、『湖底の貴婦人』の次の次くらいに重要なもの…になるのかな」


 そうか、今の話にでてきたエメラルド、本物があるのか…。

 なんだか、急に、説得力が出てきたなぁ…。

 となると、一応、話しを受け入れて…。


「と、言うことで、そのまま、リュウが思ったこと言ってもいいんじゃないの?

 まず、妖魔のことは、どう考えたの?」


「そういうことでしたら、まあ、妖魔そのものは、何かの自然現象という感じで、まあ、それ以上は、よくわからなかったんですけれどね…。

 ただ、話の中では、妖魔のこと、エネルギーというような感じで述べられているので、地底から吹き上げてくる、まあ、マグマのような感じでなんでしょうけれど、そんな地下の深いところから吹き出してくるエネルギーのことをいってるのかな、とは思うんですけれどね…」


「うん、もっと続けてよ」


「それで、ひょっとしてなんですが…、その妖魔の先端を、あるタイミングで、妖刀というので刺すと、何かの加減で、その妖魔のエネルギーがその一点に凝縮する。

 そして、その働きで、妖結晶ができるのではないのかな、とか…。

 そんなことも考えてはいたんですけれど…、でも…」


「でも?」


「ええ、ちょっと、突拍子もない考えかなって…」


「うん、まあ、そうなんだよね…。

 科学的に考えると、突拍子もない、というのはその通りなんだけれどねぇ…。

 でも、今、リュウが言った通りのことが、多分、現実なんじゃないかと、わたし達も考えているのよ…。」


 あやかさん、おれが言ったことを、まったく否定しないで、そのまんま、認めてくれた感じ。

 そして、付け足し。


「このことって、外には秘密にしているからね…。

 あっ、そうだ、リュウも、ほかでは話さないでね。

 そんなわけで、エネルギーの計測をするわけでもなく…、まあ、科学的にちゃんと調べてはいない、ということなんだけれどね…」


 確かに、はっきりはしないことだけれども、今の話からすると、そう考えざるを得ない感じなんだもんな…。

 うん?でも、ひょっとすると、あやかさんたちがそう考えているから、今みたいな話の仕方になって、それで、それを聞いたおれまでそう考えた…。


 なんて、ちょっと考えすぎかな?

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