3-3  話すとしようか

「妖結晶を、エネルギーにできるって、自分が動くときのエネルギーにできるっていう意味なんですか?」

 あやかさんに言われた意味がよくわからなくって、おれは、確認してみた。


「うん、まあ、そういうことなのか、力を出す切っ掛けになるのか…」


「飲むとかしてですか?」


「そうよ、粉にして飲むの。

 ずっと昔、ヨーロッパやアラブ、インドなど、文明の東西を問わずにね、エメラルドは、粉にして、薬として、まあ、非常に貴重な薬としてね、使われたこともあったんだけれどね…。

 ただ、そういう、むかし期待されていたような薬の効果とは別でね、その人たちにとっては、どういうわけか、その粉を飲むと、ものすごいエネルギーになる…、というか、ものすごく力が出るらしいのよ」


「エメラルドの粉を飲むと、力が出るんですか…?」


「そうらしいのよね。

 エメラルドよりも質の悪いグリーンベリルなんかでも、…ああ、これ、浅い緑色の緑柱石のことだけれど、そういう石でも似たような効果はあるらしいんだけれど…。

 でも、これは、ちょっと効果が落ちるらしいんだけれどね。

 まあ、エメラルドの粉を飲むとね、あら不思議、鬼のようなパワーが出ます、っていう人たちがいるのよ」


「かなり、強くなるんですか?」


「うん、連中、もともと強い人が多いんだけれど、そのレベルが変わっちゃうからね…。しかも、妖結晶だと、さらに強くなるみたいでね…」


「妖結晶だと…、ですか?」


「うん、妖結晶だとね…。

 まあ、その、鬼のようになる人たちにとっては、同じエメラルドでも、妖結晶の方が、よりパワフルで、効果も長続きするらしいのよ。

 妖結晶だって、見た目は、普通のエメラルドと変わらないんだけれどね…。

 ちょっとできかたが特殊なだけで…。

 それで、珍重されていて、まあ、当時も、そういう人たちの要求が大きく、高く売れたということね」


 その、特異な体質の人たちは、戦いの前などに、妖結晶を小さく砕き、さらにその一部を粉にして、薬のように、飲んだ…、なめた?らしい。

 その説明の時、あやかさん、『エメラルドにはベリリウムが含まれているから、発がん性があるんじゃないのかとも思うんだけれどね…』と、ぼくの知らないような原子の名前を普通の感じで話した。


 その粉、やや甘みがあるのだそうだ。

 とは言っても、もちろん、甘味料として飲むわけじゃない。

 甘味料としてはべらぼうに高すぎるし、その発がん性というのも気になる。

 彼らは、パワーの源として飲むのだ、…あるいは、なめるのだ。


 それでも高すぎるのではとも思ったが、わずかな量でいいらしく、『石の質にもよるけれど、1回あたりの値段は、5千円から2万円くらいのものなんじゃないのかな?』とあやかさん。

 もちろん、質のいいエメラルドだと、もっとずっと高くなるんだろうけれど。


 やっぱり、おれには高い気もするけれど、確かに、疲労回復のために飲むドリンク剤なんかでも高いものは何千円もする。

 5千円から2万円で、レベルが変わっちゃうくらいに強くなるんだったら、戦う前には、やっぱり飲むんだろうな。


「戦いの時にはドーピングなんて規定はないし…。

 まあ、もともと、これがドーピングに引っかかるのかどうかはわからないんだけれどね…。

 そのようなわけで、昨日なんかも、警戒していたのよ。

 ひとりならともかく、相手はおそらく3人、レベルアップした状態で襲われると、ちょっとヤバいからね…」


 実際にはよくわかってはいないんだけれど、話からすると、相手は、確かに、かなり強そうな感じだ。


 しかし、妖結晶を粉にして、それを飲んで、レベルアップって、どうも、よくわからないな。

 それに、あのきれいな緑、粉にしちゃうの、もったいない感じがする。

 そう、もったいないじゃないんだろうか、あんなきれいな石を砕いて、粉にしちゃうだなんて。

 で、そんな話をした。


 そしたら、あやかさん、丁寧に答えてくれた。

「あの人たちだって、きれいなものは、そう簡単には飲まないわよ。

 というか、わたし達以上に、大事にしているわよ。

 あの緑色に魅せられるのは、彼らだって同じよ」


「それでも、必要なときもある、ということですよね」

 さゆりさんが、口をはさんだ。


「そうなのよねぇ…。

 それに、きれいなものほど、パワーが出るらしいから、彼らにとってもやっかいな問題なんだと思うな。

 だから、質が良くて貴重なものは、本当に命がかかっているようなときに使うものとして、大切に扱っているしね。

 聞いた話では、自分が使うよりも、いざというときのために、子どもに残しておきたいと考える人の方が多いらしいわよ」


 確かに、こういう感覚は、鬼とはほど遠い、優しい人間の感覚だ。

 でも、悪いヤツらもいる、というのが現実なんだろう。


「それで、『湖底の貴婦人』なんかはすごく貴重で、狙われているんですね」


「うん、『貴婦人』は、妖結晶としては最大で、しかも、ものすごく質がいいから、まあ、エネルギー源としてみても最高級品ということでね。

 わたしなら、盗ったら、カットしちゃって、その時に出たかけらや屑を、さらに、いろいろと工夫して高く売るだろうね…。最悪、粉でもいいんだから、最上質だし、かけらや屑だけだって、大変な金額になると思うよ」


 あやかさん、守る立場から、急に、盗る立場になって、盗んだあとの儲け方まで披露した。

 でも、確かに、かなりの額になるんだろう。

 妖結晶か…、うん?


「そういえば、さっき、妖結晶は、アヤさんがとってくる、って言っていましたよねぇ。それって、どういう意味なんですか?」


「うん…、まあ、そこがね、リュウに話さなくてはいけないことの中で、最大の難所というところだね」 


「難所ですか?」


「うん、簡単に済ませば、一言二言で…」


 そう、あやかさんが話をとめたとき、さゆりさんが、優しく言った。


「お嬢様、リュウ君が相棒として動くときには、その歴史から、しっかりと知っておいてもらった方がいいところですよ」


 あやかさん『フ~ッ』よ一息ついて、

「そうだね…、それじゃ、さっそく、今から、と言うことになるよね。

 さて、では、話すとしようか」


 と言うことで、おれの期待は、最高域に達したのだが…。


「でも、本質的には、はっきりしたことはわからないんでね、いろんなこと話さないとなんないんだよね」

 と、ちょっと、トーンダウン。


「わたしも、一緒にお聞きしたいですわ。前に聞いてはおりますが、あの時、お嬢様のお話、とても面白かったですよ」

 さゆりさんが、後押ししてくれた。


「そう?おもしろかった? それじゃあ、前と同じように、『昔々、あるところに…』とか、『今は昔…』というような感じで話そうかねぇ…」


 ということで、あやかさんの話は、いくつもの物語のようになるらしい。

 物を語る、物語の原点と言ったところかな。


「最初は、そうだね、まず、妖結晶の原点とも言える、『妖魔』について話しておこうかな」


「よ、う、ま、ですか?」


「うん、漢字だと、妖怪の妖に、魔物の魔と書くんだよ」


「ああ、その妖魔ですか」


「妖魔だと、どの話がいいかな…」

 と、あやかさん、ちょっと考えてから

「だいたい、同じような感じで、おじいちゃんから聞いた話がもとなんだけれどね。

 おじいちゃんが、おばあちゃんから聞いた話っていうことでね。

 いろいろあるけれど、ばらばらの話の集まりだからね…。

 さて、妖魔については…。

 うん、そうだな、今では湖底に沈んだ村での話からしようかな」


「湖底って言うと、あの『湖底の貴婦人』と関係あるんですか?」


「ああ、それとは、まったく関係なし。

 湖底に沈んだって言っても、ダムができて、多くの集落が沈んだって言う意味のことよ。

 それで、昔、そこで起こったことの話ということ」


 そういう前置きで、あやかさんの話は、物語風に始まった。


 時は、20世紀に入って10年近く経った明治の御代。

 その時、アヤさんは26歳

 ご主人の由之助さん、32歳。


 6月も、夏至が過ぎたばかりの頃。


 場所は、今は湖底に沈んだ村、東京府、小河内おごうち村。

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