3-2  おじいさんのおばあさん

 あやかさんのうちは、別邸から少し離れたところにあった。

 両側に広葉樹が茂る道を歩いて3分ほど。

 緩く曲がって青葉がきれいな道だ。


 あやかさんの家は2階建ての家で、かなり広い感じ。

 でも、今日は、真っ直ぐに食道に案内されたので、家の中の構造は、まだ、よくわからない。


 そこに、基本的には、あやかさんとさゆりさん、2人が住んでいる。

 てっきり、お父さんたちと、家族で一緒に暮らしているのかと思ったら、お父さんたちの家は、ここから少し離れたところにある。


 あやかさんのうちでの昼食も終わり、コーヒータイム。

 今いるところは、その食堂。

 家の質の良さや大きさの割には、こざっぱりとした作り。

 あやかさん、気取らない場所が好きらしい。


 一緒にいるのは、さゆりさんだけ。

 美枝ちゃんたちは、もう、普段通りの生活で、昼食も別。

 それぞれが、それぞれのやるべきことをやっているのだそうだ。

 来たばかりなのであたりまえのことなんだろうけれど、どうも、みんなの動きはよくわからない。


 それで、お昼は、なんと、静川さん特製の鍋焼きうどんだった。

 何となく、今まで見てきたあやかさんにはそぐわない感じ。

 でも、これ、あやかさんの大好物で、1週間以上出かけたときには、家に戻ると、次の日の昼は、夏冬関係なく、これと決まっているのだそうだ。


 鍋焼きうどんは、静川さんのに限る、のだそうだ。

 大きなエビの天ぷらがのって豪勢な感じ。

 確かにうまかった。


 静川さん、ここに来て、もうじき7年経つ。

 だから、出張から帰ったら、次の日の昼、この鍋焼きうどんを食べるという習慣も、7年近くの歴史を持っているとのこと。


 美枝ちゃんが15歳の時、中学を出てすぐににここに勤め始め、数ヶ月後に連れてきたのが静川さんだったのだそうだ。

 どうやって、美枝ちゃんがいい人を見つけてくるのか、あやかさんもさゆりさんも、とても不思議に感じているんだそうだ。

 美枝ちゃん本人は『なんとなく、この人だ、とわかるの』と、あやかさんに言ってるらしいが、やはり『なんとなく』では、よくわからないとのこと。


 で、ここで、ちょっと脱線して美枝ちゃんのこと。


 さっき、別邸の廊下で、美枝ちゃんから聞いた新事実。

 洗濯物、『みんなはどうやって干しているの?』って聞きに行ったとき、美枝ちゃんの部屋の前で、少し雑談をすることができた。

 まあ、それに合わせてですねぇ、どういうわけか、おれにしては、うまく聞き出すことができたのですよ。

 ということで、うれしくて、すぐにでも誰かに話したい気分。


 美枝ちゃん、『学校に行くのは嫌い』なんだそうだが、ここで仕事をしながら、通信教育で、高校、大学と、滞りなく終わらせたそうだ。

 スクーリングの時などでも、『短期間だから、鬱陶しいヤツらにも耐えられる』のだそうだ。

 そのスクーリングなどの日程、あやかさん、最優先させてくれたんだとか。


 それで、先月、その大学を卒業したばかり。

 中学の時から、学校に行くのが嫌いになったそうで、『勉強は嫌いじゃないけれど、クラスで人に会うのが嫌なんだ』と言っていた。

 通信でも、スクーリングで学校に行くことがある。

 そんなとき、美枝ちゃん、一生懸命に乗り切ったんだと思った。


 そんなんで、美枝ちゃん、中学3年の冬、クリスマスも近付いてきた頃、昼間、渋谷の町を歩いていたときに、『お嬢様に拾われた』んだそうだ。

 ちょっと、危ない女の子だったのかもしれない。


 で、中学卒業と同時に、住み込みでここに就職。

 あやかさんが、直接親御さんに掛け合ったらしいが、『うちじゃ、大喜びだったんだと思うよ』と、美枝ちゃん。

 話が複雑になりそうだったこの辺で、会話が終わった。



「東京なのに、広い土地なんですね…」

 コーヒーを飲みながら、あやかさんに漏らした、おれのここでの最初の感想。

 だって、別邸も、この家も、森の中にあるような感じだから。

 小学校くらいの敷地があるんじゃないのかな?


「おじいちゃんのおばあちゃんが明治の頃にひと山ふた山とまとめて買って、それが、今まで、うまく残っていたって言うだけのものよ。もともと、この辺、ずっと山だったんだから…」


「おじいさんの、おばあさん、ですか?」


「ええ、アヤさんと言うかたで、お嬢様の『あやか』は、そこから来ているんですよ。おじいさまがおつけになったとか…」

 脇から、さゆりさんが、教えてくれた。


「ああ、なるほど…。『アヤ』から『あやか』…ですか?」


「生まれてすぐ、何かの時、わたしの目の色が赤っぽくなったのを見て、アヤさんの再来なのかな?っていう感じで、アヤか?それで、あやかにしたとか何だとか、おじいちゃんが、よく、ふざけて話すよね…。でも、あれ、完全な冗談なんだよ」


 どうやら、その、アヤさんも、あやかさん同様、瞳の色が赤っぽくなるときがあったということなんだろうな。


「冗談なのはわかりますが、おじいさま、アヤ様のこと、非常に大切に思っておられますからねぇ…」

 さゆりさんが言った。


「それはね、おじいちゃん、子どもの時にアヤさんになついていたらしいしからね。おばあちゃん子って言うヤツだね。それに、なんていっても、うちの、今の土台を作り上げた人だから、よけいなんだろうね」


「土台、ですか?」

 反応に近い形で、また聞いてしまった。


「うん、このあたりの土地を買ったというのもあるんだけれど、今、お父さんのいる会社のもとを作ったり…、これは、どちらかというと、アヤさんの旦那さんの方が主体だったらしいんだけれどね…。それを基に、いろいろと手を伸ばしたんだよね」

 あやかさんはちゃんと答えてくれた。


「商売上手、だったんですね」


「まあ、最初に、ふたりで妖結晶を売って、うんと儲けたんだろうね…。」


「妖結晶…ですか?」

 いよいよ、妖結晶が出てきた感じ。


「うん、アヤさんがとってきて、旦那さんの由之助よしのすけさんが売っていたみたいだよ。

 その商売相手の中心が、例の人たちなんだけれどね…」


「その人たち向けに、ほかの石と区別するために、『妖結晶』という言葉を、由之助さんが作ったんでしたよね」

 と、さゆりさん。


 アヤさんが妖結晶を『とってきて』というところも、とても気になるんだけれど、でも、それ以上に『例の人たち』、『その人たち』っていう方に、もっと気持ちが引かれた。

 だって、そんな感じで、『例の』とか『その』とか言われるような人たちは、おれは、昨日の盗賊くらいしか思い浮かばないじゃないですか。

 盗賊相手に…、商売?


「例の人たちって…、あの、盗賊たちと関係あるんですか?」


「うん、まあ、そういうことなのよね…」

 と、あやかさん、その一言で、話を切った。


 このことは、ずっと引いている疑問点、なんせ、昨日は、この人たちを避けるために、1日ワサワサしていたんだから。

 この機会に、ちゃんと知っておきたい。

 それを『そういうことなのよね』の一言で済まされては、何が何だかわからないままじゃないですか。


 で、しっかりと聞きたいので、ちょっと下手したてに出た感じで質問。

「その人たちのこと、もう少し詳しく、お話しいただけませんか?」


「う~ん、そうだねぇ、リュウには話しておいた方がいいことなんだけれどね…。

 さて、どこから話していいのか、むずかしいんだよね…。

 漠然としているからね…。

 そうだね…、その人たち、昔から、よく、鬼と形容されることが多い人たちなんだよ…、鬼…」


「鬼、なんですか?」


「そう言われることもあるっていうことでね…。

 特に、凶暴な連中はね…、あれは、まあ、鬼なんだろうけれど…。

 でも、やさしい、いい人の方が多いからねぇ。

 同じ人間だし…。

 それに、みんながみんな、まとまっている一族だっていうわけでもないみたいだし…。う~ん…」


 本当に、説明がむずかしいみたいだ。

 はっきりしないグループ、というか、グループにもならない、言ってみれば、そういうタイプのことなのかなぁ?


「そうね、だから、その人たちの呼び方が、ちゃんと決まっていないということにもなるんだけれど…、はっきりしていることは…、その人たちにとって、妖結晶は、エネルギーの塊だということなのよね…。

 うん、そうよ、だから、妖結晶を、エネルギーにできる人たち、っていう感じで…、うん、これで、うまく、まとまってるのかな?

 そうだね、これがその人たちの定義だね」


「エネルギーに…、できる?」

 新しい定義が出てきても、良く意味がわからなかった。


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