2-14 一番強いのは
美枝ちゃんの部屋に戻ったら、事態は急変していた。
部屋に入ったときに、ちょうど、美枝ちゃんが、電話を切ったところ。
「ああ、よかった、すぐに連絡しようと思ったところなのよ」と美枝ちゃん。
まず、島山さんにこの部屋の留守番を頼む。
それで、美枝ちゃんは、これから、河合北斗君と、あやかさんの部屋に行くとのこと。
あやかさんとさゆりさんの荷物を、美枝ちゃんが片付け、北斗君がこの部屋まで運ぶ段取り。
それを、まとめて島山さんが下の車に運ぶ。
あとで知ったのだが、あやかさんとさゆりさんの荷物は、常に、美枝ちゃんだけでも片付けられるようになっているのだそうだ。
「それと、リュウさん、すぐに、お嬢様に電話を入れて。それじゃ」
と言って、美枝ちゃん、河合君をつれて部屋を出て行った。
美枝ちゃんたちが部屋を出たあとすぐに、あやかさんに電話を入れた。
「あっ、崎川ですけれど、何か…」
と言いかけたら、あやかさんがすぐに話し始めた。
「ああ、リュウ、必要な荷物だけ持って、こっちに来てくれない?」
ちょっと小さな声で、だから、おそらく、その場でかがんで、周りに聞こえないように注意しながら話しているのかな?
で、必要な荷物って、どのレベルでの『必要』なんだろう?と、一瞬思った。
そしたら、思い切って、なんて考えることもなく、すぐに質問していた。
「必要って…、スマホと財布だけでもいいっていう感じですか?」
結果として、ちょっと、緊張度の違う、はずれた質問だったのかもしれない。
「そう、それが必要ならね…。
それで、残りの荷物は、美枝ちゃんたちに預けてね。
リュウは、こっちの車で、一緒に帰ってもらうから」
「何か、そっちで手伝うんですか?」
「あ、こっちでは、たいした手伝いはないよ。こっちの片付けっていうのは、ただ『貴婦人』と妖結晶を持つだけだからね」
そのあと、簡単な説明。
デンさんたちは、美枝ちゃんとは合流しないで、どこか近くで待機。
デパートでの展示が終了し、あやかさんから連絡を受けると、5分後に、デパートの脇に車を止めるそうだ。
車が止まるのと同時に、あやかさん、さゆりさん、おれの3人が、荷物を持って乗り込み、そのまま東京へ向かう。
もちろん、その、荷物っていうのには『湖底の貴婦人』と、その取り巻きの妖結晶の宝石さんたち。
ホテルにおいてある車は、大きいのだけれど、あやかさんたちの荷物も積むので、乗るのは運転する島山さんと、美枝ちゃんと河合君の3人にしておいた方がいいだろうとの話だ。
「まあ、相棒は一緒の方がいいだろうしね、フフフ。
あっ、そうだ、リュウ、こっちに来るときは、途中、ふらふらしないで、急いで来るんだよ。
昼間だし、まだ、リュウは、相手に知られていないと思うから、大丈夫だろうけれど…。
それでも、もしもね、もしも、紳士面したごっつい男に襲われたなら、遠慮しないで、やっつけちゃっていいからね」
えっ?あやかさん、急に、なに、言い出すんだろう?
やっつけちゃう?
おれが?
それも、遠慮しないで、なんて…。
遠慮するもしないも、やっつけるなんてこと、どうすればできるんだろう…?
おれ、まるで、武闘派ではないんですけれど…。
「あの…、やっつけちゃえって言われても…、おれ、皆さんみたいに、強くないんで…。柔道も、合気道も知らないし…」
「なに言ってるのよ…。わたしもさゆりさんも、今は、丸腰なんだからね。
わたし達の中で、今、一番強いのは、リュウ、あんたじゃないのさ…」
と、あやかさん。
何を言ってるんでしょうか…?
お嬢様、なにをおっしゃってるのか、おれ、わかりませ~ん。
「どういう、こと、で、しょうか?」
この質問も、自然と、口から出ていた。
「昨夜、部屋に帰ってから、引き寄せること、してみなかったの?
あの、ぜんぜん感じ取れない距離、1メートルくらい離れてやったヤツよ」
「ああ、それでしたら、うれしくて、夜中の2時頃までやっていましたよ。
1メートル半くらい離れていても、なんとかできる感じです、けれど…」
ミリでなく、センチのひとなみ、です。
でも…、だから、なんだと言うんだろう?
戦いが強い、弱い、と、どう関係するんだろう。
「だったら、相手と向かい合ったときにね、相手の右腕をしっかりと見て、その右腕を、自分の左手で持っているイメージを強く持ちなよ。
それで、相手の右腕を、あんたの左手に引き寄せちゃえば、それで終わりよ」
ええ~っ。
昨日、実験中に話していたこと、本気だったんですか?
ちょっと、恐くて、すぐに、何か話すという状態ではなくなってしまった。
でも、その時には、具体的に、おれの左手が、相手の右腕を握っている画像が、頭の中にできあがっていた。
相手の腕、肘で切れていて、そこから、ボタボタと血が落ちている画像…。
うう~っ、ちょっと、これ、嫌だ。
いや、ちょっとじゃない、うんと嫌だ。
この腕、どうしたらいいんだろう?
捨てちゃってもいいのかな?
本当に、こんなことになったら、どうしよう。
おれは、必死で、頭の中の画像を消そうともがいた。
「ねっ?頭の中で、イメージ、できたでしょう?
あんた、そういうイメージ化するの、得意なはずだからね。
まあ、だから、そんなこと、できるんだとは思うんだけれど。
ねえ、ちゃんと、自分の左手で、相手の右腕を掴んでいるの…、できてるよね。
あっ、そうだ、そのイメージでは、ちゃんと、相手の腕、肘で切っておきなよ」
ええ、もう、そこで、しっかりと切れています。
だから、血が、ボタボタと…。
でも、そのイメージ、今、必死に消去中です。
と思ったら、次に、恐い可能性について、あやかさんは言った。
「そうじゃないとさ、腕だけじゃなくて相手の全身が来て…、あれっ?体重は向こうの方が重いだろうから、そういうときって、リュウが向こうに行っちゃうんだっけ? いずれにせよ、二人が急にくっついて、逆に、あっという間にやられちゃうからね、ククククク…」
そんな恐いことを言ったあと、急に、あやかさんは、笑い出した。
あ~あ、もう、この、メチャきれいな人、いったいなんなんだろう…。
そんな電話でのやりとりがあったので、ホテルを出てからは、おれは、ビクビクのし通しだった。
しっかりと、肘で切った腕のイメージを持たないと、こっちが吸い寄せられちゃう可能性が高いというのは、それはそれで恐いことだ。
引き寄せたつもりが、ただ、敵の目の前に出て、相手の腕を掴んでいるだけだったなんて…。
かといって、腕のイメージをしっかりと持って歩いていると、何かの拍子で、その辺にいる人の腕、いつ本当に引き寄せてしまうかもしれないし…。
あの、ショーケースの中にあったエメラルドの指輪のように。
それで、頭の中はちょっと混乱状態。
ただ、行き違う人の腕は、見ないようにしながら歩いていた。
で、デパートに着いたときには、ぐったりと疲れた感じ。
もちろん、何事もなく、無事に着いた。
もうじき3時という時刻。
デパートの宝石売り場は普段通りの雰囲気。
ホッとした。
売り場では、ちょうど、1つ、ブローチが売れたところだった。
お客さんは、中年の女性。
デパートの店員さんが対応していた。
近くで見守っているあやかさんもさゆりさんも、いつもと変わらない感じで、優しい笑顔。
挨拶して、奥の方に進むと、あやかさんが近寄ってきて。
「5時になったら、すぐに動き出すからね」
そうだった。
最終日は17時まで、と、パンフレットに書いてあった。
陳列してある妖結晶は、下に敷いてある板、表面がフェルトのような感じに化粧されているその敷板ごと、まとめて扱えるようになっているそうだ。
5時になったらすぐに、宝石を、敷板に固定するための蓋をして、宝石ごと敷板を畳み、ケースに仕舞う。
この、片付けの作業は、あやかさんがやり、おれが手伝う。
そして、その宝石を入れたそのケースは、特殊な金属製のアタッシュケースにピタリと収まる。
そのアタッシュケースは2個できるが、おれは、それらを運ぶ役。
さゆりさんは、『湖底の貴婦人』の担当。
そちらは、耐火性、耐衝撃性の強い、特別製のアタッシュケースに入れる。
それが、今日の5時から、だから、あと2時間半くらいたってからの予定。
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