2-13  目の色が変わる

 荷物は多いらしいのだけれど、美枝ちゃんの日頃の整理が行き届いており、また、荷造りの手際の良さもあって、瞬く間に片付いた。

 ホテルから借りた台車に、大きなスーツケースを2つ積んで、大きな荷物はそれで終わりとなった。

 それに、小さな荷物をいくつか載せて、島山さんが出て行った。


 島山さん一人で2往復。

 これで、ホテル撤収のための、荷物関連の作業はおおかた終わった。

 広い部屋の中には、いくつかの手荷物があるだけで、スカッとしている。

 いつでも出られますって感じだ。


「作業場の方は、本当にいいの?」

 河合北斗君が美枝ちゃんに聞いた。


「ええ、逆に、そっちには行くなっていう、お嬢様からの指令よ。

 帰りの時まで、ホテルから出るな、ってことね」


「なるほど…。お嬢様、本当に、危険なヤツだと感じたんだね」


「ええ、とにかく『貴婦人』を持っている間は、細心の注意をしないとね」

 美枝ちゃん、『湖底の貴婦人』を単に『貴婦人』と呼んだ。

 みんなの間では、この短縮形で通じているんだろう。


「だろうな…、その、さっき、お嬢様の目の色が変わったって言ってたけれど、お嬢様、その時には、あねさんよりも強いんだろうねぇ」


「わたしと比較してどうすんのさ。わたしよりもずっと強いさゆりさんでも、『足下にも及ばない』って言ってたよ」


「ふ~ん…、あねさんの、上の上か…。よくわかんないレベルの、強さだな…」


 河合君の話から推測すると、美枝ちゃんもけっこう強いような感じだ。

 その上がさゆりさんで、あやかさんは、その上…?

 あやかさん、やはり、ものすごく強いのかもしれない。


 でも、それ、『目の色が変わった』ときだけのことなのかな。

 普段だって、案外強いのかもしれないし…。

 そういえば、目の色が変わるって、どういうことなんだろう。


 おれにはよくわからないことだし、さっきの島山さんの『ゴクッ』って反応も、そこから来ているのだろうから、是非とも説明して欲しい。

 それで、思い切って美枝ちゃんに聞いてみた。

 だいたい、おれが人に物を聞くとき、ほとんどの場合、『思い切って』じゃないと聞けないんだけれど、この時は、さらに、思い切って。


「ねえ、美枝ちゃん、目の色が変わるっていうのは、どういうことなの?」


「うん?ああ、そうなんだ…。リュウさんには、説明が必要か…。実は、わたしにも、よくわかんないところもあるんだけれどね…」

 と、ちょっと考えてから、

「リュウさん、『妖結晶』の説明はまだ聞いていないんだよねぇ…。

 となると、そっちの関係は、詳しく説明してもわからないだろうから…、え~と…、まあ、特殊な強い相手とでも言っておくとね、その、特殊な強い相手にね…」


 その、『特殊な強い相手』にあやかさんが遭遇して、さらに、その相手が殺気のような気配を持った場合、だから、攻撃してくるかもしれないような時のことだ。

 あやかさんは、そのような雰囲気を感じ取る力が鋭いらしく、それに反応して、目の色が、本当に、変わるのだそうだ。


 あやかさんの普段の明るい茶色の瞳、虹彩のことだけれど、その明るい茶色が急に暗い色合いに変わって、いわゆるセピア色に近付く。

 そして、同時に、赤みがかったつやが現れる。

 そのつやが、鈍く、光って見えるそうだ。


 さゆりさんの話では、その、赤みがかったセピア色の瞳に、スウッと金色の光の筋が流れることもあるらしい。


 ぞっとするような怖さと、ザワッとする美しさ、妖しさを感じるそうだ。


 でも、なんだか、すごく格好いいんだけれど、『本当なのかな?』と疑ってしまうような話だ。


「と言うことでね、お嬢様の目の色が変わっていたと言うことは、その時、お嬢様は、かなり強く、危険を感じたということ。

 お嬢様、そういうことには鋭いから…。

 それと、その男は、その、特殊な強い相手の可能性が高い、と言うことにもなるのよねぇ」


 おそらく、その男が、今朝方、デパートに忍び込んだ盗賊。

 その盗賊は、ほかの妖結晶の宝石を取らなかったことから、『湖底の貴婦人』それだけに的を絞っていることは明らか。

 そして、わざわざ、顔を明かしてまで来店し、『湖底の貴婦人』がそこに実際に陳列されていることを確認した。

 また、『盗みに来たけれどかわされましたよ』と、わざわざ宣言するような、挑戦状を叩き付けるような、そんな感じの一言を残した。


「そんなことから、昔から関わってきた、敵の中の1人なんじゃないかと、お嬢様は考えたみたいなのよ」


 話の全体は、おおよそ理解できた。

 でも、美枝ちゃんの話の最後の部分、『昔から関わってきた敵』というのが、妙に引っかかった。


 一般的な『相棒』の定義はよく知らないんだけれど、おれは、あやかさんの相棒であることは、今の仕事の内容そのものであり、また、周囲みんなが認めてくれていること。

 だから、いくら雇い主でも、あやかさんは、おれにとっても相棒、ということにはなるんだろうと思う。


 そうすると、あやかさんの敵、だから、おれの相棒の敵というのは、おれにとっても敵ということ、になるんじゃないの?

 そんな、強いお相手さんがいるなんて、相棒の契約の時には聞いていなかった。

 相棒になったと同時に、敵ができたということになるんじゃないのか、な?


 あやかさんたちグループ全体が、これだけの警戒を敷く強いお相手さん。

 そんなのがおれの敵?

 強いだ、強くないだなんて話が普通に出てくるけれど、おれ、戦闘能力、まるっきしないし…。

 これ…、まあいいや、なるようになれ、じゃ、すまないかもしれない…。


 と、しばし考えていた、おれ。

 外から見ると、しばらくブランク状態だったようだ。


「今の話、全然わからなかったの?」

 と、美枝ちゃんが、ちょっと心配そうに、それ以上に面白そうに聞いてきた。


 それで、我に返って、あいまいな返事。

「あっ、いや、わかんないところもあったけれどね、でも、だいたいは、わかったような気もするんだけれど…」


 すると美枝ちゃん、うれしそうに、ニコッと笑って

「うん、今まで、まったくわかんなかったことだからね。それが、だいたいでもわかれば、それでいいよね」

 と、幼児に『いい子いい子』をするような感じで言って、目の色の話、それで終わりになってしまった。


 もっと知りたい気もしたが、今聞いたことを、ちゃんと消化して理解できてるわけでもなく、これ以上、どういうことが知りたいんだという、具体的な質問がすぐに出てこなかった。



「昼はどうしましょうか?」

 少しの間をおいて、河合君が、美枝ちゃんに聞いた。

 そういえば、もうじき1時、ちょっとというか、大分おなかがすいてきた。


「そうねぇ、夜は慌ただしいだろうから、夕食はどうなるかわからないし…、そうね、しっかりと食べておいた方がいいね」

 これは、的確な判断、だと思う。

 美枝ちゃん、昼を抜くことも考えたことは明らか。

 この空腹感では、夜がはっきりしないことを考えると、昼を抜くのは、ちょっと辛いかも。


「これからのこともあるので…、リュウさん、島山さん、ちょっと、留守番していて下さいね。

 ホクとわたし、先に食べてきちゃうから。

 そのあと、お二人で、ごゆっくりと、行ってきて下さいね」


 実に早い決断。

 確かに、撤収の、これから来る最後の調整をこなすには、美枝ちゃん、先に食べてきちゃった方がいいのは明白。

 あとで、デンさんたちとも、一度、ここで落ち合うらしいから。


 そう、2台の車に分乗して東京に帰ることになる。

 これから、どのような動きになるんだろう。

 なんて考えていて、相棒の敵はおれの敵、なんていう、深刻な悩みは、どっかに飛んでいた。



 レストランで、島山さんと、こんな時なのに、比較的ゆっくりと昼を食べた。

 どうせ、部屋にいてもすることがないし、また、それを見越した美枝ちゃんが、『夕方から忙しくなるだろうから、今のうちに、ゆっくりしてきてよ』と送り出されたことも、おれたちの気持ちを楽にしてくれた。


 島山さん、あまり話は得意でないらしい。

 昨日の、壁を作ったことなどに話を持っていっても、すぐに終わってしまう。

 おれも、そんなに話す方ではないから、けっこう静かな昼食。


 わかったことは、物を作るのが大好きだということ。

 一人で、コツコツと、何か、ものすごく込み入ったものを作っていると、もう、それだけで充分なんだそうだ。

 それと、一度、結婚したことはあるが、遙か昔に分かれて、それ以後、ずっと独身のままだとか。


 ほかに話題が見つからず、つい、再婚しないんですか、なんて、失礼なことを聞いてしまったが、島山さん、ニヤッと笑って、返事をくれた。

「まあねぇ…、30年近く、1人で勝手気ままに生きてると、もう、結婚しようなんて気にはなんないなぁ」


 コーヒーまで飲んで、ちょっとゆっくりしてから部屋に戻った。

 食事の精算は、島山さんが、何かにサインしただけで終わり。


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