2-11  意外な結果

「さて、それじゃ、次の実験に移ろうか」

 何となくうれしそうな、あやかさん。

 でも、次の実験?


 もう一枚、同じような壁の模型が作られていた。

 その後ろに回ったあやかさんが言った。

「リュウ、こっちに来てみなよ、こうなってるんだから」


 それで、裏にまわってみてみる。

 片方は、スイッチのところから、板の上までコードが伸びている。

 そのコードは、プラスチックの小さなかすがいのようなもので、板にとめられている。


「ほら、よく見てごらんよ。この、コードの張り方…。

 ねっ、上手にできてるでしょう」


 あやかさんに言われ、もう一度、しっかりとできばえを見る。

 確かに、コードも真っ直ぐに伸びていて、丁寧な仕上がりだ。

 もう片方も、基本的には同じだけれど、当然、おれの顔のあたり、20センチほどのコードがない。


「リュウ、今度はこっちの板の方で、同じようにやってみてよ」

 あやかさんが、ニコッとして言った。


 えっ?どうしてだろう?

 どうして、また、同じことをするんだろう?

 でも、あやかさんのこと…、まあ、何かあるんだろうな。

 そうだ、その瞬間、コードが、どう切れるのかをみたいのかもしれない。


 それで、壁の表に当たる方に回って、同じように手をかざす。

 コードを感じる。

 この感じているところは、あの、上まで伸びているコードの、下の方、スイッチのちょっと上のあたりだったはず。


「いいよ。引き寄せてみてよ」

 あやかさんの言葉を合図に、おれは、さっきと同じような感じで引き寄せた。


 えっ?


 驚きで、少しの間、空白。

 空白から抜け出てみれば、長いコードが、おれの右手に垂れ下がっていた。


 引き寄せた瞬間、天井近くまで真っ直ぐに伸びあがったコードだった。

 それが、おれの右手を支点に、崩れるように、下に折れ曲がっていった。

 これは、あの、張り付いていたコードの全体なんだろう。


「やっぱり、こうなるんだねぇ…」

 あやかさん、一人納得している。

 さゆりさん、島山さん、河合君、おれ、あやかさん以外は、唖然とした感じ。


「どういうことなんですか?」

 さゆりさんが、沈黙を破った。


「うん、リュウは、手で感じているものを引き寄せてるんじゃなくて、頭の中でイメージしたものを引き寄せてるってことなのよ」

 あやかさん、いとも簡単に結論を出した。


「イメージ、したものって…、どういうことですか?」


 おれが聞きたかったことを、もっと早く、さゆりさんが聞いてくれた。

 本当に、それ、どういうことですか?

 だって、おれは、手で探って、感じたものを引き寄せているんだから。


 自分でやってるんだから、わかっているはず…なんだ…けれど…。

 でも、実際に、この、長いコード…。

 どうしてなんだろう…?


 あやかさんの説明。

 壁の向こうのコードを取る2つの実験。


 第1実験:最初は、おれが、壁の向こう、顔の高さあたりのコードを感じ、その部分の、まさに感じ取ったままのイメージを持つ。

 それを引き寄せるから、感じ取ったままの部分を引き寄せる。


 第2実験:板の裏側におれを呼んで、実際のコードをしっかりと見させる。

 そうか…、だから、『上手にできてるでしょう』なんて言って、おれが、全体をしっかりと見るようにさせたんだ。

 次に、さっきと同じように、おれが引き寄せる。

 でも、この時には、コードの部分を感じても、頭の中ではコード全体のイメージができあがっているから、そっちを、だからコード全体を引き寄せた。


「多分、2回目は、どっちもできたんだとは思うのよ。でも、同じことをするので、多分、ちょっと気が緩んでいて、手の感触に頼るよりも、頭の中にある残像、全体のイメージね、それを使ってそのまま引き寄せたんだと思うわ」


 だってさ。

 どうして、こんなこと、考えられるんだろう?

 そう思ったら、さゆりさんが、また、そんな感じの質問をしてくれた。


「どうして、そのようにお考えになったんですか?その考えがベースに有ったから、今日、島山さんに、壁の模型を2つも作ってもらったんですよね?」


「うん、まあ、そうなんだけれど…、何となくの推測だったんだけれどね、最初に、エメラルドの指輪を盗まれたときのことがずっと引っかかっていたのよ…」


 いまだに、『盗まれた』と言われるのは、ちょっと気になるところなんだけれど。

 でも、まあ、ここは、軽く流しておいて、あやかさんの話。

 引っかかっていたのは2点。

 1つは、その時、おれの手と、指輪が20センチ以上離れていたこと。

 もう1つは、その時、おれが、指輪を感じていなかったこと。

 

 この2点から、あやかさんは、おれが引き寄せるのは、触っている感触のものではなく、強くイメージしたものではないかと考えた。

 でも、あの時、おれは、別に指輪をイメージしては、い、な…い…、うん?

 あれ?ガラスが割れるかもしれないと思ったときに…。

 そうか、ショーケースのイメージから、瞬間、デザインを気にした指輪の姿が頭に浮かんだような…、なんだか、そんな、気もするぞ…、あれれ、れ、れ…。


 そして、一昨日の夜、さゆりさんに紹介されたとき、さゆりさんの手からボールペンを引き寄せたのも次のポイント。

 あの時、ボールペンの端は、確かにおれの手から10数センチのところだった。

 でも、さゆりさんが、左掌に斜めにのせていたので、ボールペンの先端は、おれの手から、20センチは離れていたそうだ。


「端から端まで、ボールペンが、まるごと引き寄せられたでしょう?」


 確かに、今、第1実験でやったコードのように、途中で切れたものではなく、ボールペン、丸々1本だった。

 そうか…、そういえば、今までだって…、そう、今まで消しゴムで練習していたときだって、消しゴムの、手に近い方が173ミリで、手から遠い方の端までは、当然、173ミリ以上あったはずだ。

 う~ん、これは…。


「しかも、リュウ、ボールペンを握るような感じで持っていたでしょう?

 あのままの位置関係で引き寄せていたら、ボールペンはリュウの手に突き刺さっているはずだからねぇ」


 うん?確かに、それはそうなのですが…。

 でも、このことは、いったい、何を言いたいのでしょうか?


 さゆりさんが、ちょっと首をかしげた。

 それに気が付いたあやかさん、説明を加えた。


「だからね、ものを引き寄せてからの握った状態を、リュウは、引き寄せる前からイメージしていたってことなのよ」


 『ことなのよ』と断言されても…、そんなイメージ持っているという認識はないんだけれど…。

 でも…、確かに、どのように手に入ってくるのかはわかってはいたんだよな…。

 だとすると、そうか…、あやかさんの言うように、前もってイメージしていた、と言うこと、に、なるのかな…。


「だから、リュウの引き寄せは、イメージによってコントロールされているってことだと思うのよ」


 あやかさんの、まとめの発言。


「触る感覚というのは、ただ表面を探って、そこに有ることを確かめていただけって言うことですか?」

 また、おれが聞きたいことを、さゆりさんが聞いてくれた。


「うん、そうだと思うよ。

 表面で、そのもの全体のイメージができれば、全部を引き寄せられるからね。

 今日だって、『湖底の貴婦人』、うまくケースごと抜き取れたじゃない?

 昨日、実験、やってもらって、石、箱ごと引き寄せてもらっていたけれどね、あの時、石が途中で切れないことの確認もしていたんだよ。

 引き抜いたら『湖底の貴婦人』が真っ二つじゃ、しゃれにもなんないからねぇ」


 確かに…。

 そして、おれには、絶対に、弁償できません。


 と、あやかさん、急におれに向かって1つの要求。

「ねえ、リュウ、そのコード、そこから引き寄せてみなよ」


「えっ?」

 そのコードとは、最初に引き寄せて、20センチくらいに切れたコード。

 隣の板の脇に置いてある。

 ここからだと、おれの左手の先から1メートル以上の距離が有る。


「よくコードをみて、それを握ったイメージを強く持って、あとは、まあ、気楽にやってみなよ」


 それまでの話で、混乱していたこともあるのだろう、思いのほか素直に、あやかさんに言われるがままに、とりあえず、ということで、気楽にやってみた。

 すると、*** 何ということでしょうか ***、そのコードは、イメージ通りに、おれの左手に握られていた。


 右手には長いコードを持ち、左手には20センチくらいのコードを持って、おれは、驚きと喜びに震えていた。


 急に、河合君が、続いて島山さんが、拍手をし始めて、くれた。


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