2-10 実験の続き
翌日、おれは、夕方までフリー。
「
ホテルのレストランで、一緒に朝食を食べているとき、あやかさんにそう言われ、昼間は自由の身となった。
まあ、宝石売り場では役に立たないおれは、相棒、一時中断…ということなんだろうな?
でも…、自由となっても、特に『やんなきゃなんないこと』なんか、なにもないんだよな…、一昨日まで、ほとんど自由だったんだからさ。
部屋に戻って、さて、今日は、何をしようか…?
とりあえず、ベッドの上で、ごろりとなった。
で、気が付いたら、12時過ぎ。
4時間近くも、ぐっすりと寝てしまった。
なんだかんだと、疲れていたのかもしれない…。
朝食後は寝ただけなんだけれど、腹は減ってきた。
仙台の名残、と言うことで、よくお世話になっている中華飯屋さんへ。
前のアパートの近く、安くて、ボリュームがあって、おいしい店。
そこで昼を食べて、腹一杯になって、これで良し。
腹ごなしに、20分ほどふらふら歩いて、街に出て、デパートを覗いてみた。
遠くから、あやかさんが見えた。
さゆりさんはいないみたいだ。
お昼を食べにでも行ってるんだろう。
あやかさん、やっぱり、メチャきれいな人なんだな、と思った。
同時に、近くで話などしているときには、そのようなこと、あまり感じなくなっていることにも気が付いた。
まあ、そうそう、いつも、メチャきれいだ、などと思いながら話をしているわけではないってことなんだろうな。
と、あやかさん、おれに気付いたらしく、右手を高く挙げて、おいでおいでをした。
おれは、軽く右手を挙げて、わかりましたと合図をし、宝石売り場に向かった。
そうだ、もし、今、手が空いているのなら、『湖底の貴婦人』を見せてもらおう。
ショーケースの向こう側、店員さんたちがいるところに、男性2人が椅子に座って、ポツネンとしていた。
東京から来た、美枝ちゃんの配下、と言われる人のようだ。
2人とも、おれと同じような、気楽な服装。
「リュウ、ちょうどよかったよ、紹介するね…」
と、あやかさん、その2人の男性を紹介してくれた。
あやかさんが紹介してくれた順で、まず、
36歳で、奥さんは高校の時の同級生。
お子さん2人。
機械や計器をセットするのが神業なんだそうだが、そっちは、『本当は趣味なんだけれど』とのこと。
それでは、本職はと言うと、あやかさん専属の運転手さん、とのこと。
重機などの免許も持ち、『お嬢様のお好みのもの、どのような車にでもお乗せできる』そうだ。
「20代の時、免許集めが趣味みたくなったときがあってね…」とのこと。
ただ、あやかさん、ショベルカーが好きというわけでもなく、また、渋滞に巻き込まれるのが大っ嫌いだそうで、いつもいつも車を使うわけではない。
また、島山さんや河合君が運転をすることもあるので、瀬戸田さん、運転以外のことが、本職的になりつつあるとか。
やはり、不思議なルートで、4年前に美枝ちゃんが探し出してきた人らしい。
最初の時、美枝ちゃんから書類を渡されて、さっと見たあやかさん、名字は『瀬戸』で名が『
あやかさん、けっこう、そそっかしいらしい。
で、それ以来、あやかさんは、意地でも『デンちゃん』と呼び続け、それが広まって、今では、みんなも『デンちゃん』や『デンさん』と呼んでいるとのこと。
もう1人は、
例の、18歳のコンピューターオタク。
ソフト解析がすごいと聞いていたが、電子部品をいじるのも大好きで、今回の装置もほとんど1人で作ったそうだ。
それを、デンさんがセットしたということ。
浪江君、小学校4年の頃から、あんまり学校に行かなくなり、中学校の時は、ほとんど部屋に閉じこもっていたらしい。
中学3年の時、『あねごにネットで釣られて、引っ張り出された』というのだが、具体的に、美枝ちゃんが、どうつり上げて、どう引っ張り出したのか、説明はなし。
美枝ちゃんって、どうやって、こういう人たちを探し出すんだろう?
まあ、美枝ちゃんは、配下探しの達人、と言ったところなんだな。
それで、装置のセットも終わり、これから2人で、鳴子温泉に行くそうだ。
「とにかく、
デンさんは、俳句が趣味で松尾芭蕉の大フアン。
奥の細道、『
『尿』は、尿前付近での方言を使って『ばり』と読むんだと言う説も有力なのだそうで、『そういうことも面白いんだよねぇ』と、デンさんの話が弾んでしまう。
売り場の奥で、そんな話をしていると、さゆりさんが戻ってきた。
2人は、さゆりさんに挨拶をするために待っていたようだ。
挨拶がすむと、いそいそと出かけていった。
「浪江君も、明るくなりましたねぇ」
2人が出て行ったあと、さゆりさんが、あやかさんに言った。
「うん、そうだねぇ。特にデンちゃんとは気が合うみたいで、いいんだろうね」
「ええ。まあ、うちでは、同期ですからね…ククク」
と笑って、
「それで、セットは、うまく終わったんですか?」
「うん、バッチシだよ。あとは夕方、と言うところだね。リュウ、うまくやってね」
いきなり、話はおれの方に来た。
「ええ、スムーズな動きで、ですよね」
「そういうこと。上手にわたしのバッグを取るんだよ」
#
今、夜8時ちょっと前、すべてが計画通りに終わり、今、作業場に向かっている。
ホテルの近く、表通りから少し入ったところに、小さな会議室を1つ、借り切っているらしい。
おれの、斜め前を歩くさゆりさんの手提げ袋には、数億円の宝石が入っている。
でも、あやかさんもさゆりさんも、なんて言うこともない感じで、本当に、普段通りの動き。
どうも、おれとはレベルが違いすぎる…と、思う。
作業場となっている会議室には、島山さんと河合君が待っていた。
美枝ちゃんは留守番。
ホテルで留守番もないだろうに、と思ったが、各部屋の状態、日常的に、けっこう、しっかりと警戒をしているらしい。
やっぱり、この人たちの世界、おれの知らない世界のような感じ。
作業場には、床から天井に着くくらいの板2枚が立っていた。
高さは、2メートル7、80センチで幅50センチ程度かな?
胸よりやや低いくらいの高さに、スイッチが付いている。
だから、壁の模型。
スイッチは低めだが、板の裏には、電線があるのだろう。
「顔のあたりの高さでやってみてよ」
すぐに、実験開始となった。
「どう?コード、感じ取ることができる?」
「ええ、ちゃんと感じられます。ホテルと同じような…2本が併走する、ビニールのコードですね」
「そうね。じゃあ、その辺の高さで、とりあえず、引き寄せてみてよ」
「ええ、じゃぁ、やってみますね」
コードは、途中まで感じているだけで、上下はわからない。
これで引き寄せると、どうなるんだろうと思ったけれど、こんなことはやったことがないので、わかるわけはない。
とにかく引き寄せてみる。
20センチほどのコードが2本、右手に握られていた。
切り口は、スパッとした断面。
ものすごく鋭利な刃物で切られた感じ。
正直、ぞっとした。
「やっぱりねぇ~」
と言ったあやかさん、さゆりさんに向かって、もっとぞっとするような一言。
「これ、拳銃なんかをはるかに超える破壊力があるよね…」
それを聞いて、おれの頭が、今までにないほどめまぐるしく動いて、その結果、湧き出てきた想像は…。
ひょっとして、あやかさん、『壁の向こう側に人が立ってるから、その人の腕を引き寄せてみてよ』なんて、言わないだろうか…と。
腕なら、骨だけとは違って、腕として感じ取ってしまうだろうから…。
そう、感じ取ってしまえば、できなくはない。
だから、よけいに、恐い感じ…。
そうしたら、あやかさん、さゆりさんにさらに一言。
「壁に寄り掛かってる人の、首、壁の裏からとれるよね」
ああ…、なんで…、いつも…、どうして…、こうなるんだろう…。
恐い、とても恐い…。
でも、絶対に想像したくない情景が、否応なく、目の奥にちらついた。
血が噴き出し…、ボタッと頭が…。
おれの手には、上下がスパッと切れた…。
うわぁぁぁ~っ,こ、わ、い…。
「そうですねぇ。壁の裏から探ってみて、触ったように感じたところ、どこを引き寄せても、すごいダメージを与えられますよね」
上品できれいな顔のままで、そして、微かな笑みを浮かべたまま、さゆりさんがこたえた。
お二人とも、やめて下さい。
もう、やめて下さい。
恐すぎます。
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