2-9 あしたのこと
迎え撃つ…。
宝石泥棒を、迎え撃つ。
ちょっと聞くと、格好いいんだけれど、実際に、そこで起こることを考えると、かなり恐い感じがする。
予測通り盗賊が来れば、当然、その盗賊と、戦うことになるのだろうから。
相手は何人かわからないし、どの程度強い人たちなのかもわからない。
ナイフや拳銃だって持ってるかもしれない。
でも、あやかさんは、違うことで、この計画を嫌がっていた。
それは、狭いところに身を隠し、盗賊が来るのを、じっと待っているのがいやなのだそうだ。
すぐに来るのがわかっているのなら、まだ少しは我慢もできるが、いつ来るのかもわからず、何時間も待たされることを考えると、もう堪らない。
その鬱陶しさを考えただけで、当日などは、夕方に近付くほど、イライラが増してきて、気分が悪くなってくるに違いないのだそうだ。
自分で『気分が悪くなる』と言うことは、周りから見ると、イライラしているなと感じて、どうも、ご機嫌斜めなんだよな、となるのだろう。
そんなときのあやかさんのイライラは、そんなことあまり気にしない美枝ちゃんでも、『ちょっと面倒』な状態になるらしい。
いくら美人でも、そんなときには近づかないことにしようと、おれでも思ったくらいの感じ。
また、実際に、もし、長時間待つことにでもなったら、その時のイライラで、『相手を殺してしまっても困るし…』と言っていた。
その話の時、『確かに…』とさゆりさんが小さく呟いたのを、おれはしっかりと聞いていた。
それで、違う計画を立てたいと思っていた。
待ち伏せしなくてもすむ方法を。
そんなときに、あやかさんが、おれの力を探り当てた。
さゆりさんは、『探り当てた』と、あやかさんを高く評価する言葉を使った。
…確かに、あやかさんやさゆりさんから見ると、『探り当てた』のかもしれない。
おれなんか、ずいぶん前から知っていたことなんだけれど…。
で、新しい計画案の作成が可能となった。
新しい計画案。
by あやか & さゆり。
まず、閉店時間となって、営業が終了してすぐ。
いつものように、デパートの主任さんが来て挨拶。
主任さん立ち会いのもとで、さゆりさんが『湖底の貴婦人』を、売り場の奥にある小型金庫のようなロッカーに仕舞う。
まあ、小型金庫とそのまま言ってもいいのだろうけれど、見かけがロッカーだから、そう言ってる、ということだった。
この時には、監視カメラにも写るようにするのが暗黙のルール。
入れています、確認しています、という証拠のようなもの。
今回は、特に、この監視カメラが重要。
盗賊も、その映像データを盗み取って、確認している可能性が高いらしいのだ。
宝石をロッカーに入れなければ、売り場には盗りに来ないと、あやかさんは考えている。
その代わり、ほかで襲われる可能性が高くなる。
その場合、いつ来るのかと緊張を続けるのが面倒くさいのと、何かの拍子で、周囲によけいな迷惑がかかってしまっても困る、とのこと。
だから、まず、ちゃんと、『湖底の貴婦人』をロッカーにしまう。
ここまでは、いつもの通り。
で、ロッカーに仕舞ったあと、それでは、皆さんさようなら、となったとき、おれが、そのロッカーから、『湖底の貴婦人』を抜き取る。
この時、抜き取りやすい石の置き場について、ロッカーに石を入れるさゆりさんと打ち合わせもした。
おれが抜き取るためにロッカーの脇で軽くしゃがむ。
それを自然に見せるために、あらかじめ、手荷物をロッカーの脇に置いておく。
軽くしゃがんで取らなければならないような,丈の低い手荷物。
怪しまれない、不自然さのないもの。
あやかさんのバッグをそこに置いておき、それをおれが取ることになった。
そのとき、自然に、さゆりさんが、おれの隣に動く。
おれは、石を抜き取ると同時に、脇に立つさゆりさんに、素早く、こっそりと渡す。
その動きのままに、あやかさんのバッグを取る。
さゆりさんは、大きめの手提げ袋を持っていて、そこに石を落とし込む。
もちろん、石はケースに入っている。
そのケースが、さっき、石が入っていた箱と同じもの。
石ごと、箱を抜き取るようにするわけ。
あとは、何気なく、みんなでホテルに持って帰る。
何億円もする石なのに、気軽に持って帰ってくる感じの話。
おれが預かれば、震えて動けなくなってしまう、と、思う。
でも、『湖底の貴婦人』は、だれがどう考えても、デパートの売り場にあるはずだから、ホテルでも比較的安全と考えているようだ。
それでも、明日の夜は、さゆりさんも、あやかさんの部屋に、泊まるそうだ。
超、強い、ボディーガードが一緒で、あやかさんも安心だろう。
そんな話の時、さゆりさんがニッと笑っておれに言った。
「何かの時には、わたしより、お嬢様の方が、ずっとお強いんですよ」
その時、『何かの時』の意味、本当はわからなかったのだが、特に気にならず、自然にスルー。
『お嬢様の方が、ずっとお強い』だけが、強く印象に残った。
超エリートSPだった人よりも…ずっと強いって?
そういえば、おれの右手、あやかさんの左手で押さえつけられたとき、簡単には動かせなかったよな…。
おれ、どちらかというと閉じこもりがちになっちゃうから、運動不足はよくないと思って、まあ、そんなストイックというほどにはなれないんだけれど、筋肉を付けるようなことを、日頃、少しはやっていた。
気合いを入れて力を出したわけじゃなかったけれど、確か、あの時、びくともしなかった感じ。
そうだよ、引き出されたときのあの速さも、すごかったかも…。
あの時のことを思い出しただけで、『お嬢様の方が、ずっとお強い』ことが、おれの中で、現実味を帯びてきた。
で、おれは、そんな人の相棒、ということなのかな…?
そこが、また、急に、引っかかってきた。
そしてお決まりの一言。
まあ、いいか…。
なるようになれ。
なるようになれば、それが最善。
そして、翌日について。
だから明後日、おそらく、朝早く、それも、たぶん5時頃に、デパートから呼び出しがかかるだろうとのこと。
今回の展示販売会、『湖底の貴婦人』よりもはるかに小さいが、『妖結晶』とされる、いくつかのエメラルドやアクアマリンが、一緒に展示され、販売されている。
アクアマリンもエメラルドと同じにベリルのお仲間さんである宝石。
今回の盗賊、その『妖結晶』に興味を持つ一味らしい。
でも、そのことについて『詳しくは、今度教えるね』とのこと。
それで、その盗賊、忍び込んで、ロッカーの中に『湖底の貴婦人』がなかった、で、そのまま帰れないだろうから、陳列されたままの妖結晶はみな盗まれるんじゃないかと、あやかさんたちは考えている。
荒らされて、巡回の人たちが気が付くのが4時半頃、それからいろいろあって、デパートから呼び出されるのが、5時前後ではないか。
そう見ているとのこと。
連絡前に出かける準備をしていて、すぐに駆けつけるのでは、そのこと知っていましたと言うことになるので、ちょっとまずい。
そうなんだ。
これ、あくまで、表に出せないような情報を基にした、あやかさんたちの推測だけでの動きだからな。
しかも、宝石商からの派遣員の立場、人を説得できるような、ちゃんとした証拠もないのに、デパートが用意した警備をさらに強化するように要請するなどという、差し出がましいことはできないに違いない。
そういうことで、デパートから連絡を受けて、15分くらいたってからホテルを出るようになるだろうとのこと。
それで、『電話を入れたら、すぐに支度ができるようにしておいて下さいね』、とさゆりさんの言葉。
あやかさんに言わせると、『まあ、朝、早い時間に起こされるかも、程度の、心の準備だけでいいよ』とのことだった。
そして、向こうに着いたら、まず、ロッカーの中に、『湖底の貴婦人』があるのか、それとも、それも盗まれてしまったのかの確認になるに違いない。
ロッカーのドアー、開けておくと、自動的に、閉まっちゃうから。
さゆりさんが、ロッカーの前にしゃがみ込んで、まず、ドアーを開ける。
中を見て、安心したように、『ああ、よかった』と言う。
立っている人間からは、中の奥までは見えない。
その時、あやかさんが『それにしても、ひどくやられましたね…』と主任さんに言う。
主任さんは、『ええ』とか言って、荒らされたショーケースを見るだろう。
それと同時に、おれは、監視カメラを遮るように移動し、場所を変える。
その主任さんの目が離れ、監視カメラが遮られた瞬間、さゆりさんは、『湖底の貴婦人』を隠し持った手をロッカーに入れ、ずっとそこにあったような感じで、『湖底の貴婦人』を取り出す。
オ~、パーフェクト!
ロッカーには、手を付けられなかった。
『湖底の貴婦人』は盗まれなかった。
それが筋書き。
ただし、おそらく、ロッカーは、一度は開けられているだろうから、それが何時頃だったのか、あやかさんは知りたいらしい。
で、東京から、美枝ちゃんの配下2人が、明日、仙台にやってくる。
何時にロッカーが開けられたかがわかる装置を付けるらしい。
こうして、明日と明後日の計画が、皆に周知された。
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