2-8  ねらわれている

 さゆりさんの説明。

 まず、今やっている展示販売会で、展示の方の目玉となっているのが、かなり大きなエメラルド。

 非常に、非常に、高価なものなのだそうだ。

 これの警備が、今回、あやかさんたちが仙台に来た最大の目的。


 そのエメラルド、『湖底の貴婦人』という名前までついているのだそうだ。

 その時は何気なく聞いていたが、あとから考えると、なんだか、あやしさを感じる名前だ。

 湖底って、当然、水の中で、それも、けっこう深いところなんだろうから…。

 そんな場所に、貴婦人って、いるの?…いたとして、いったい何をしてるの?って感じで…。


 展示販売会の横を通ってはいたけれど、おれは、まだ、その石を見ていない。

 ショーケースではなく、もう少し奥にあって、中に入って、店員の人と話すような感じのところに展示してあるそうだ。

 買う気がなければ、そんなところに入らないんじゃないかと思う。

 あるいは、『湖底の貴婦人』を見るためにそこに入って、引き込まれ、溺れてしまって、何か買う気にさせられてしまうとか…。


 その『湖底の貴婦人』は、カットはされていないのだそうだ。

 まあ、だから、原石とでも言うのだろうか、うん?そうじゃないのかもしれないけれど、いずれにせよ、緑色の石の塊のような感じのままということなのだろう。

 でも、実物を知らないおれには、言葉だけの説明ではよくわからなかった。

 それで、カットしていないから大きいのかと思って確認したら、カットしたとしても、特別に大きいのだそうだ。


 さらにその石、さゆりさんがインクルージョンと呼んでいた、中に入っているもの、それが少なくて、透明度が非常に高く、緑色自体も理想的な色なのだそうだ。

 そういうエメラルドは、とても貴重なものなのだ、と言うこと。


 そして、『この石は、妖結晶と呼んでいるものの中では、最大のもので、濃い緑色で、しかも明るく透き通っていて、最も素晴らしいものとされているのよ』と、これは自慢げに一言付け加えられた。

 でも、これを聞いて、先ほどから時々出ていた『妖結晶』という言葉について疑問が湧いたので、話の途中で、普段なら、絶対に口を挟めないようなタイミングなんだけれど、この時、おれは、勇気をふるって質問を入れた。


 それは、今まで、展示販売会のパンフレットで見たときなどのことだが、『妖結晶』という単語は、『あやしの魅力を持った結晶』と言うような意味で、キャッチコピー的に作った言葉だと、おれは思っていた。

 それが、他と区別して特定のものをさす、ちゃんとした意味のある単語のような使い方だったから、気になったのだ。

 これがおれの質問の内容。


「まあ、一般的には…、ですね、そのように、キャッチコピーとして受け止めてもらうと、こちらの意図したとおりになるんですけれど…」

 簡単な、さゆりさんの返事。

 同時に、さゆりさん、ちょっとよけいなことを喋っちゃったかな、というような顔をした。

 この返事じゃぁ,おれ、ますますわからないじゃないですか。


 よくわかりません、と、おれ。

 すると、もう少し付け足して説明してくれた。

「実は…、そうですね…、ある少数の人たちの間では、『妖結晶』は、エメラルドやほかのベリルの中でも、ある特定の性質を持った、特別な成り立ちの石を指す言葉として使われているのですけれど…」

 ベリルとは、エメラルドのお仲間さんの石全体をさす言葉らしい。

 でも、特別な成り立ちって、どういうことだろう。

 本物とは違う成り立ち?

 と、言うことは?


「それって…、偽物っていうことですか?」


 その質問に対して、さゆりさん。

「偽物なんかではありませんよ。それに、再結晶したものとか、そういう人工的なものでもないので、天然の、本物、と言うことになると、まあ、思いますが…」

 『天然の』、『本物』と強く言って強調したのに、最後は、ちょっと、含みを持たせた言い方をした。


 で、確認のための質問。

「それじゃ、『妖結晶』は天然のもの、と、言い切ってもいいんですね?」


「ええ、天然のものには間違いないんですけれども…。ねえ、お嬢さん?」

 天然ものには間違いないんだけれど、自分たちは、いわゆる天然ものとは区別している。

 そんなニュアンスがうかがわれる一言。

 で、さゆりさんは、最終判断をあやかさんに振った。


「まあ、イルージョンなども含めて、特徴的には、完全に天然物だよね…。

 それに、それを、人間が造ろうと思ってやってるわけじゃないし…、

 だから、ある意味、自然にできたものだからね…」

 と、軽い感じで、これまた不可解で不思議な答え。

 というよりも、何か、裏にあるんじゃないかと疑いたくなる答え。


「そこを、はっきりとわかるように話すと、かなり長くなるからさ、『妖結晶』のことは、東京に帰ってからということにしようよ。

 それに関連しては、いろいろと、込み入った話もあるからさ」

 そう言って、あやかさんは、おれに向かってニッと笑った。


 例の、意味ありげな笑い。

 この話、裏があるのよ、いっぱいね。

 聞くと、さぞかしびっくりするだろうねぇ。

 と、面白げに言っている、そんな笑いだ。


 ということで、なぜ含みを持たせたか、裏に何があるのか、その説明は、後日、ゆっくりと、ということになった。

 ゆっくり、丁寧にはいいんだけれど、その話には、なんだかうさんくさそうな話も、いっぱいオマケで付いているような感じだ。


 そして、あやかさんのまとめの一言。

「明日のことも話さなきゃなんないから、今までの話は、とにかく、貴重な『湖底の貴婦人』を今回持ってきて、展示している、ということでいいんじゃないの?」

 今までのさゆりさんの話を、非常に短い話に変換した。

 で、話は、先に進むことになった。


 ここまで来ても、まだ、『妖結晶』の言葉が気になるんだけれど、しょうがない。

 でも、その内容自体が、なんだか、とても面倒なことに繋がる予感はした。

 いや、予感なんていう以上に、なんだか、とても、とても、厄介な感じが、しっかりと伝わってきた話だった。

 おれを、東京に監禁してから話す、恐い恐いお話なのかもしれないな…。


 実は、これ、あとになって思えば、全くの冗談ではなかったんだけれど…。

 でも、まあ、今はいいか。



 それで、話は本筋に戻って、さゆりさんの説明は続く。


 その『湖底の貴婦人』が狙われている!

 盗もうとしている人たちがいる。


 なぜ、それがわかったのか。

 東京に残っている、美枝ちゃん配下の人たちの働きの賜物たまもの

 特に、4年前から仲間に入った、浪江なみえ好行よしゆき君、まだ18歳なのだそうだが、ソフト関係で、すごい人らしい。


 今、18歳で、4年前というと、14歳で仲間に入ったことになる。

 14歳というと中学3年?

 美枝ちゃんが探し出してきたとのことで、その辺をもっと聞きたいと思った。

 でも、それも、今度ゆっくりね、とのこと。


 その人たちの調査と解析の結果だそうだ。

 まあ、ネットを駆使しての、ちょっとヤバイ感じの調査…。



 『湖底の貴婦人』はもともと、ある集団に狙われている石らしい。

 その理由は、その石が『妖結晶』であることに深く関係しているのだそうだが、それについては『今度、ゆっくり話してあげるよ』とのこと。


 半年前に、今回の仙台での展示が決まった直後に、あやかさんのお父さんは、いやな予感のようなものが湧いてきたらしい。

 それで、調べてみると、実際に怪しい気配があったようで、急きょ、あやかさんに、仙台に行ってくれと頼み込んだらしい。

 もちろん、その展示される『湖底の貴婦人』を守るために。


 それで、渋々引き受けたあやかさんが、『引き受けたからには…、しょうがないな』と、さゆりさんといろいろと調べ、大まかなところを探ってから浪江君たちを動かした。



 それで、襲撃される可能性が高いことはわかったが、その時は、予定日を特定することはできなかった。

 でも、あやかさんとさゆりさんは、実行は明日の夜と読んだ。


 明日、デパートは、緊急性の高い設備点検修理の関係で、開店少し前に、3分間だけ停電になるらしい。

 それは10日ほど前に決まっており、展示会の前から修理の準備が進められてはいたが、あやかさんたちは、あやしいと考えていた。

 ビルのセキュリティーに、それと、夜間に『湖底の貴婦人』を保管しておく金庫のようなロッカーの制御機構に、何らかの細工をするために、その停電が利用されると考えたのだ。


 というのも、ここでの展示の初日、浪江君を連れてきて、その時点では、セキュリティーやロッカーは大丈夫な状態であることを、あやかさんはすでに確認していた。

 一度、電源を落とさなければ、細工できないらしい。

 

 大まかな、侵入経路の解析なども、現地を見てのあやかさんとさゆりさんの考えをもとに、やはり東京に残った人たちが、検討して、その推測の正しさを裏付けしてあった。

 

 ただ、あやかさんとさゆりさんは、宝石売り場だけの警護的なサービス員として派遣されている立場。

 ビル全体のメインテナンスに関わる停電を止めるわけにもいかないし、推測だけでビルの防犯体制を動かすわけにもいかなかった。


 ということで、最初、あやかさんとさゆりさんで、待ち伏せし、迎え撃つ計画だったそうだ。



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