2-7  話してなかった

 おれは、金属の板の向こう側に行って、しゃがんで、手を当てて、サーチ開始。

 まず、金属の表面を感じて…。

 次に…。


 こんなに厚い金属の向こう側、はたして、探れるんだろうか…。

 そう思ったけれど、やってみると、木の板と同じように、向こう側に、プラスチックのツルツル感。

 さらに、その中に石、これもスベスベした石で、そのツルツル感を感じた。


 で、このまま引き寄せたら、石だけが来てしまう。

 箱を引き寄せるので、もう少し手前に感覚を移す。

 この時、ちょっと不思議な感じがした。

 箱だけを感じて、石の存在が、すっと手の感覚から消えた。

 これだと、おそらく、引き寄せれば、来るのは箱だけだろう。

 そんな気がした。


 石が入ったままの箱を引き寄せるとすると…。

 そこで、もう少し深い位置に焦点を移すと、今度は石だけ。

 また焦点を手前に移し、感触が箱だけになったとき、ちょっと考えて、気持ちを少し緩めるようにして、全体を見る感じを持ち、そして焦点をわずかに深く…。


 思った通り、うまくいった。

 これで、やっと、箱を感じ、中の石も、何となく、あるのがわかるような感じ。

 多分、これで引き寄せれば、石の入った箱が来るんだろう。


 あれっ?そういえば、あやかさんに箱を引き寄せてって言われたんだけれど、どっちをやることだったんだろう?


 厚い金属の板を通して、箱だけ引き寄せるのか、中の石も一緒に引き寄せるのか、そのことをしっかり聞いていなかったことに、今更ながら気が付いて、サーチを一時中断。


 手を離して立ち上がると、おれが話し出すよりも早く、あやかさんが言った。

「さすがに、その、厚い金属の板だと、感じないの?」


「あっ、いえ、違うんです。

 ちゃんと感じてはいるんですけれど…。

 でも、あやかさんが言った『箱を引き寄せる』というの…、

 箱だけを引き寄せるのか、石と箱を一緒に引き寄せるのか、

 どっちなのかと思って…」


 あやかさんは、顔をやや傾け、『えっ?』というような感じの顔をして、きょとんとした目をおれに向けた。

 今まで、メチャきれいな人だと言っていたけれど、今回、この時は、すげーかわゆい人だ、となった。



「両方…できるの?」

 あやかさんが聞いてきた。

 箱だけを引き寄せるのと、石が入ったままで箱を引き寄せるのと、両方のこと。


「ええ、たぶん」


「じゃあ、やって見せてよ」


 ということで、まず、石の入ったままの箱を引き寄せた。

 感触から想像したとおりの結果だった。

 次には、石はそのままにして箱だけ、だから、石の入っていない箱を引き寄せた。

 これも、感触から受けたイメージ通り。

 引き寄せた瞬間、箱の亡くなった石が、箱の厚さの分、1ミリくらい、それだけ落ちたのだろう、コッと小さな音を立てた。


 この、あとの方にやった、石をそのままの場所に残して、箱だけを引き寄せるというのが、特に強く、あやかさんの興味を引いたようだった。


「おもしろいわね…、実に、おもしろい。

 すごいと思っていたけれど、それ以上にすごかったね…」

 あやかさんが、口に出した感想。


 みんなも、納得したように、うなずいていた。


 おれは、うれしかった。

 すごくうれしかった。

 なんだか、やっと、みんなに認めてもらえたような、仲間になったような、そんな感じのうれしさだった。



「これだと、新しい方の計画でいけるね」

 あやかさんがさゆりさんにうれしそうに言った。


「そうですねぇ。でも、相手への攻撃は、なし、ということでいいんですね?」

 さゆりさんは、なんだか物騒な感じの確認を、あやかさんにした。


 相手への攻撃?

 さっきの、ダメージの大小のことなんだろうけれど…。

 でも、攻撃って何なんだろう?

 ちょっと、恐そうな話だ。

 でも、ほかのみんなは、普通の顔のまま、聞いている。

 さっき、聞きそびれたことの続きのようなことで、とても気になる。

 でも、あやかさんの話は続く。


「これだけ用意周到にやってきて、いざ開けて見たら、目当てのものがなかったということなんだから、それだけでダメージありというものよ。

 どんな手品を使ったのだろうかって悩むかもね…。

 その間、こっちはゆっくりと、ここでビールでも飲んでいようよ。

 美枝ちゃんは、牛タン食べに出ていってもいいからね」


 やっぱり、まだ、何の話かわからない。

 自分から、こういうの、みんながわかっていて、おれだけわからないようなことを聞くのは苦手なんだけれど、どうにもこうにも、話が見えない。

 で、もう、思い切って、今すぐ、聞くことにした。


「あの…、実は、おれ、何の話か、まったくわからないんですけれど…」


「えっ?…あっ、そうか…。

 そうだよね…。

 リュウには、まだ、何にも説明していなかったよね。

 そういえば、妖結晶ようけっしょうのことなんかも、わかんないよね…」


 えっ?よう、けっ、しょう?

 うん?展示販売会のパンフレット『艶麗なる輝き*妖結晶*特別展示販売会』にあるキャッチフレーズの『妖結晶』のことなのかな?

 なんで、どうして、それが、今の話に繋がっているんだろう?


「妖結晶…って、あの、特別展示販売会でやっている、エメラルドなんかの、宣伝文句のことですか?」


「えっ?…お嬢様、…本当に、まだ、何にも、説明されていなかったのですか?」

 おれの返事の内容から、さゆりさん、すぐに気が付いて、それで、けっこう驚いて、あやかさんに聞いた。

 当然、その説明は済んでいる、そう思っているのは明らかだった。


「うん、まあ…、そういえば、そうだった、ということなのよね…」

 ちょっと、劣勢に立ったあやかお嬢様、という感じでの返事。


「その説明なしで、リュウさんを、相棒にしちゃったんですか?」

 今度は、美枝ちゃんが、やはり驚いた雰囲気を強く出し、微かに非難ぽい臭いを出し、あやかさんに聞く。

 あやかさんは、ちょっと眉を寄せ、ニヤッとごまかす。


 あれっ?あれれれぇ~~っ。

 ちょっとヤバイんじゃないの。

 なんだか、ねえ、あやかさんの相棒ってさ、想像以上にヤバイ仕事だったんじゃないの。


 今のは、絶対に、そんな感じになってしまう雰囲気だ。

 まあ、想像以上にヤバイとは言っても、大した想像はしていなかったけれど…。



「相棒ですからねぇ…、お嬢様の。

 昨日の夜、食事しながら、その話をして、それで納得してもらって、相棒になったんだとばかり思っていましたけれど…」

 今度はさゆりさん。


「う~ん…、リュウと話はしてたんだけれどね…、いろいろと。

 ただ、話はそっちの方へは行かなくってさ。

 リュウの力のことばっかりで、時間がたってしまったということなのよねぇ…」

 と言って、大きなため息。


「それじゃ、肝心なことは、まだ、何もお話しになっていないんですね」

 ちょっと強めに、さゆりさん。


「うん、まあ、そういうこと…、なのよね…」

 ちょっと弱々しく、あやかお嬢様。


「そうでしたか…。しょうがないですね…。

 それでは、ある程度、わたしから、お話、しましょうか?」

 さすがさゆりさんだ。

 お嬢様への追求は、ほどほどのところで切り上げて、平和に納めた。


「うん、そうしてよ。でも、今は、今回の仕事に関係する、最低限のことだけでいいとは思うんだけれどね…」


「ええ、時間的にはそうなるでしょうけれど…。

 でも、今度、時間のあるときに、必要なことはちゃんと話しておいて下さいね。

 知らないと、絶対に、相棒は務まりませんからね」


「うん、まあ、帰りの車ん中や、うちに帰ってから、ゆっくりと話すよ」


「お願いしますね」


 なんだか、どんどん、話がヤバイ感じになってきた。

 ひょっとして、最初に話を聞いていたら、おれ、ビビってこの相棒という仕事、断っていたんじゃないだろうか?

 それで、あやかさん、わざと話をしないで…。


 でも、まあ、しょうがないかな、…と、いつものパターンでウダウダ思考はやめにして、さゆりさんの話を、しっかりと聞くことにした。

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