2-6  金属

 食事の時のアルコール、今日は、皆揃って、ワインが1杯だけ。

 これ、食事を注文するとき、あやかさんが『今日は、ワイン、1杯だけにしておくね』といって、それで決まったこと。

 毅然として一方的な決定。


 でも、『あとがあるから、今日の夕食は簡単に』ということだったらしい。

 『あと』とはみんなでの話し合い。

 『話し合い』って言ってるけれど、これ、会議と、どう違うんだろう?


 それと夕食、おれの言語では『簡単』と表現すべきものではなかった。

 だから、1杯でも、ワインを付けてもらって、とても幸せだった。



 食事が一段落したところで、おれの研究成果の報告。

 

 できるだけ詳しく。

 あやかさんが真剣に聞いているので、必然的にそうなった。


 で、研究発表し終わると、必然的に、次はディスカッションタイム。

 まず初めに、あやかさんからの発言。

 

「そのコード、引き寄せたらどうなるのかしらねぇ?

 リュウ、やってみたの?」


「いっ、いえ、ただ探ってみただけです…」

 そんなこと、やってみようなんて気に、なるわけないじゃないですか…。

 コードはずっと繋がっているし、第一、ホテルの壁の中に入っているもの、それを引き抜くようなこと、とてもじゃないけれど、そんな気にはなりません。


「電線が、ビュンと出てきて、バチバチバチって、ククク、感電して真っ黒焦げになっちゃったりしてね」

 美枝ちゃんが、隣の河合君におもしろそうに話した。


「丸焦げで、煙モクモク、ですか?」

 『モクモク』にリズムを付けて、河合君が話をあわせ、2人で、クックと笑う。


 秘密にすべきおれの力は、ここにいるみんなには、すでに知られている。

 お姉様の判断だから、何も言えないけれど…。

 でも、ここにいる連中は、そういうことが前提の、お仲間さんたち、といったところなんだろうかな。


「モクモクでもいいから、ちょっと試してもらいたいわよね」

 と、あやかお嬢様。


 冗談じゃありません。

 バチバチバチのモックモクはご免です。


「でも、ホテルの壁を壊しても何だから、島山さん、同じようなの作れる?

 そうね、コードは2メートルくらいあると理想的だけれど」


 あやかさん、ホテルの壁の中からコードを引き出すこと、おれにさせてみようかとも思ったらしいが、さすがにそれはやめたようだ。

 でも、そんなことを確かめるために、すぐに、同じようなものを作っちゃうんだ。

 ちょっと驚いたけれど、頼まれた島山さんは馴れているらしい。

 普通に返事をした。


「はい、明日、夕方までには…。作業場の方に、用意しておきます」


 えっ?作業場って?

 どこのことだろう?

 このホテルの中に作業場?

 話は、ぼくの疑問を通り越して進む。


「じゃあ、ホク君、明日、島山さんを手伝ってあげてね。

 明日の夜、それで、実験してみましょうよ。

 そうね、デパートからの帰りにでも、作業場に寄って…」


 と、ここで、さゆりさんが一言はさむ。

 そして、話は不思議な方向に大きく転換。


「お嬢様、明日の夜は…」


「あっ、そうか…。それがあったんだ…。

 明日はダメかな…。

 そうだ、そのこともみんなと話さなくっちゃね」


「ええ、でも、ダメということではなくて、もし、新しく考えた計画の方にするのでしたら、ちょっと遅くすれば大丈夫かも…」


「そりゃ、新しい計画の方が楽だもん、そっちにしようよ。

 わたし達が、相手のダメージの大小を気にする必要なんて、ないんじゃない?

 そんなことはお父さんが考えればいいことよ。

 ね?なるべく楽にやろうよ。

 せっかく相棒ができたんだから、活躍してもらわなくっちゃね」


 そう言って、あやかさんは、おれの方を見て、ニコッと笑った。

 何もかもが、何を意味しているのか、まったくわからない会話。

 でも、おれは、そんな中で、どうやって活躍するんだろう。


 それに、相手のダメージが何だとかかんだとか…、相手とは誰か、ダメージは大きい方がいいのか、小さい方がいいのか、そんなこともわからない。

 それと、あやかさんのお父さん、今までの話から考えて、どうやら宝石商らしいんだけれど、そっちとも関係しているようで…、明日の夜の計画って、いったい、どういうことなんだろう。

 何か、危険なことなのかな?

 それとも、ちょっとヤバいことなのかな?

 

 そういえば、お父さんに頼まれて、渋々と、この仙台での仕事、やっているように言ってたよなぁ、あやかさん…。


 思い切って、その辺のことを聞こうと思ったとき、あやかさんの一言。


「ここから先は、部屋に行ってから話そうね」

 あやかさんが、さゆりさん言った。

 さゆりさんは、にっこりと微笑んで、うなずいた。


 それで、食事が終わり、デザートが運ばれ、コーヒータイム。

 おれは、聞く機会を失った。


 おれ、どうも、人に聞くってこと、苦手なんだよな…。

 わからない、と思ってから、聞こうと決断するまで、人から見れば何でもないだろうことで、ウダウダ悩んで、時間がかかるし…。

 これは、どうも、わからない方が悪いんだ、というような、変な感覚があるのかもしれないな。


 それで、いざ、聞こうと決めて、タイミングを計っていると、いつの間にか、聞く機会がなくなったり…。

 あ~あ、またやっちゃった…。



「あれ、できてる?」

 コーヒーを一口飲んで、あやかさんが、島山さんに聞いた。


「はい、部屋の方に置いてあります」


「それじゃ、明日、どうするかは、まず、それをやってみてからだね…」


 それから、ちょっとボリュームのあるデザートを平らげて、コーヒーを飲みきり、各自の部屋に。


 10分後に、あやかさんの部屋に集合。

 普通、このように集まっていろいろとやること、自分の部屋でするの、嫌がる人が多いと思うんだけれど、あやかさんは、こういうパターンでもいいらしい。


 #


 あやかさんの部屋に入ると、島山さんが、床に、何かをセットしていた。

 長方形の板を立たせたような状態で、倒れないようにする足がついている。

 板は、高さ50センチくらいで、幅25センチほど。

 厚さは…1センチ5ミリくらいかな?

 板の片方の面、その中ほどに小さな棚。


 ちょっと動かすときに、河合君も手伝っていて、かなり重そう。

 この板、鉄か何かの金属だ。


「材質は…、お嬢さんから連絡を受けたものと、完全に同じというわけにはいきませんでしたが…」

 島山さんが、あやかさんに言った。


「まあ、似た金属なら、結果は多分同じだと思うわ」


 これから、何が始まるんだろう。

 とにかく、こういう、みんなでの動きは初めてなので、何がどのように行われるのか、しっかりと見ておこうと思った。


 さゆりさんと美枝ちゃんが、一緒に入ってきた。

 この2人が、ほぼ時間通り、おれは少し早めに来ていた。

 それより早く、島山さんと河合君。

 この2人、この金属の板を設定するために、早く来たんだろう。


 島山さんが、石のようなものが入った、透明なプラスチックの立方体の箱を、あやかさんに渡す。

 あやかさんは、その箱を、顔の前にあげて、一度よく見て、金属板の横についた棚の上に置いた。


 そして、おれを見ていわ

「ねえ、リュウ、そっち側から、この箱、引き寄せられる?」


 あやかさんが指さしたそっち側は、棚の反対側。

 だから、その、金属製の板を通して、そこにあるプラスチックの箱を引き寄せられるのかどうか、ということのようだ。

 確かに、こんな厚い金属の板を通して、何かを引き寄せることなんか、今までやったことがない。


 それにしても、これから何が始まるのか、よく見ていようと思ってちょっと緊張していたんだけれど、おれが昼間やっていた『研究』の続きのようなことだった。

 実際にやらなくてはならないのは、おれだった、ということ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る