2-3 研究
「リュウの仕事は、わたしの相棒だって、決まってるじゃないのさ」
あやかさん、この人、何言ってるの、と言わんばかりの返事。
おれが、おれの仕事ってなあにと聞いての返事。
ここはデパートの中の軽レストラン。
このデパートには、食べるところがいくつかあるが、ここは、ちょっとおしゃれで、女性向きのところ。
喫茶店のような雰囲気でもあり、紅茶が有名。
初めて入った。
「いや、その、相棒って言うのが、どんなことをするんだろかと思って…」
ちょっと、怒られたような気にもなったが、ここは心を強くして、さらに聞く。
「それは、わたしがすることを、一緒に手伝ってもらう、と言うことよ。
だから、相棒。
その時その時で、いろいろと、楽しくやっていこうよ」
「ええ、楽しく、は、うれしいんですが、そういうことだと、今日は、宝石売り場に出るんですか?」
「なに言ってるのさ…、リュウが宝石売り場に出て来ても、何の役にも立たないじゃないのさ…。ジャマなだけよ」
『邪魔』にまでしなくったって、いいと思うんですけれど…。
だから、『邪魔』なんて変な魔物にならないためにも、おれは何をすればいいのかを聞いていたのに…。
「それじゃ、相棒として、今日は何をしましょうか?」
でも、おれは、穏やかに、そして、直接的に、やるべきことを聞いた。
なんせ、高給をもらえる仕事は、もう始まっているんだから。
「今は、もう少し、あなたに何ができるのか、研究しておいてよ」
と言いつつ、紙袋を出し、おれに渡した。
このデパートの紙袋。
「開けて見てよ。プレゼント。
な~んてね。
…季節外れなんで、店頭には出ていなかったけれど、係の人に探してもらって、とにかく大きめなのを買っておいたわよ」
紙袋には、布製の紳士用手袋が入っていた。
確かに、季節外れは季節外れなんだけれど、女性から、ばあちゃんと母親以外の女性から、初めてもらった、ちょっと高価なプレゼント。
なかなかしゃれている、今までにしたことのないような手袋。
なんだかうれしくなった。
で、さっきの続き。
何を研究するんだろう?
「まず、その手袋してさ、いろいろと引き寄せて、様子を見てみなさいよ。
どのくらいの大きさのものまではうまくいくだとか、イチゴだと半分潰れちゃうけれど、バナナだとどうなるかなんてさ…」
「この手袋で、ですか?」
「ほかに、ここにはなかったんだから、しょうがないじゃないのさ」
「あっ、いや、そう言うような意味ではなくて、ちょっと高級そうだから、もったいないなと思って…」
「手よりも少し大きめなものを、引き寄せたときどうなるのか?
あっ、手袋をしていてだよ。
引き寄せたものは、手袋の中に出てくると、考えているんだよね、リュウは。
そうすると、下手したら、手が怪我しちゃうことに気が付いてね。
で、怪我しないようなもので実験したらと思って、考えてみたのよ。
で、ふと、バナナに気が付いた、というわけ。
グチャッとなっても、怪我はしないじゃない?」
「ええ、まあ、多分、怪我はしないでしょうね…」
いくらバナナだって、手袋の中、指先まで…、ちょっと気持ちが悪い。
でも、それが、どうして、この、ちょっと高級な手袋に繋がるのか。
「そんなこと、何度かやってみたいじゃない?」
いや、バナナは1回で、充分なように思うのですが…。
これからの、話の部分は、しばらく、ずっと、あやかさん。
おれは、小さく頷きながら、時々スパゲティーを食べたり、紅茶を飲んだりしながら、ただ、ただ、あやかさんの話を聞いていた。
「それでね、洗濯できる手袋ということで聞いたら、それが出てきたのよ。
だからそれ、何回でも洗えるそうだから、それで、実験してみなよ。
地下でバナナ売ってるから、このあとで買って帰りなね。
わたしも見たいから、大きな房を買うんだよ」
大きな房か…。
バナナは好きだけれど、確か、デパートのは、おれのバイトしているスーパーのより、けっこう高かったような気がするんだけれど…、でも、まあ、いいか。
「ホテルの部屋は、もう、いつでも入れるようになってるからね。
あっ、そうだ、それと、バナナを買うときなんかのことだけれど、レシートもらっておくと、あとで、美枝ちゃんがそのお金くれるからね」
そんなら、デパートで買うの、悪くないかも。
でも、なんだか、バナナについては、ホテルに着いたらすぐに実験して、ちゃんと報告しないわけにはいかないような感じだな。
夕方までには、っていうことだろうな。
相棒としての最初の仕事は、バナナを押し潰して、バナナネチャネチャを作ること、な~んてね。
でも、皮もあるし、本当はどうなっちゃうんだろう。
と、思うことは、なるほどやってみる価値はありそうだな、ということなのかな?
怪我には、結びつかなそうだし…、たぶん、だけれど…。
「そのあとでいいからさ、ちょっと別の実験もしてみてよ。
あの、離れているものを感じる方の力のことなんだけれどね…」
この時、気が付いた。
感じる力と、移動させる力、おれは、一組で一つの力と考えていたけれど、そうだよ、これ、別々の能力なんじゃないか。
おれって、不思議な力を2つも持ってんじゃないの。
なんだか、急に、すごい力を持っているような感じになってきた。
でも、あやかさんは、最初から、ちゃんと、それを認識していたんだ。
「壁の中に埋め込まれている電線なんかを、感じ取ることができるのかどうかってこと、調べておいてよ。
ホテルの部屋、スイッチの近くの壁の中には何らかの配線があるはずだからね、それ、感じ取れるのかどうかってこと、やってみてよ。
皮膚の下の骨や肉は感じられないみたいだけれど、握り拳の中にある指輪は感じ取ることができるんだから…。
有機物と無機物で違うかもしれないし、特に、無機物の場合には、材質で変わるかもしれないじゃない?
その辺を、どう感じるかってことよ」
なんだか、考え方が、すごく、科学的な感じがした。
無機物、有機物なんて言葉も、ポンポンと平気で出てきたし。
やっぱり、不思議だ。
このお嬢様、何者なんだろう?
スパゲッティーを食べながらのこの話、ということで、スパゲッティーの中に入っている野菜をどう感じるかなんて話にならなければいいんだけれど。
と、思ったら、そのことを、そう、おれが思ったことをそのまま言われた。
「ねえ、ちょっと、リュウ。
そういえばさぁ、このスパゲッティー、どんな感触になるの?
中の野菜とか、下のお皿とか…、さらに下の、テーブルクロスとかテーブルは?
ちょっと、やってみてよ」
だよねぇ~。
こうなるに決まってるよね。
おれでさえ、どうなるんだろう、なんて考えたんだから。
で、さっそく、実験開始。
とは言っても、まあ、ただ単に、スパゲッティーの上に、手を持っていくだけなんだけれどね。
結果としては、どうってことのないもの。
ただ単に、スパゲティーの上に、手を置いたような感じがしただけ。
ベチャッとはしないけれど、何となく、ベタついた感じのもののような気はする。
中に入っているエビや野菜は、ただ単に、表面のデコボコとして感じるだけで、エビだ、タマネギだ、ブロッコリーだとは感じない。
みんな同じに、ベタッとした感じ。
熱いというか、暖かいような気もするが、これは、スパゲッティーの上に手をかざしているので、下から熱が伝わってきているのかもしれない。
そんな、感じたままのことを、あやかさんに話した。
「ふ~ん、それで、その下は?」
下?あっ、そうだ、皿とかテーブルを感じるかどうかもやってみるんだった。
「スパゲッティーの次に、皿を感じますね…。
ベタベタの表面の次に感じるのは…ええ、やっぱり、皿の表面ですね。
その下は…。
ああ、テーブルクロスになりますね…。
で、その下は…。
テーブルの表面…で、その下は、もう、圏外ですね」
「そうか…、想像通りと言うことね…。
それで、スパゲティーの中…、何本もあるでしょうスパゲティー、それ、1本1本としては感じないの?」
そう言われて、何度かやってみたけれど、ベタッとした感じの表面。
その次のはっきりした感触は、お皿の表面。
その間は、確かに距離を感じて、なんかありそうだけれど、スパゲッティー1本1本はわからない。
「なるほどねぇ…。でも、距離を感じる、ということは、頑張ってやれば、開発できる可能性があるということよねぇ」
何を頑張って、何を開発するんだろう?
最後の一言、何となく、物騒な雰囲気を持っていた。
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