1-10  相棒

 最後にうな重が出てきた。

 かなり食べたあとだったけれど、完食。


 食事はすべて、お姉様のおごりだった。

 あやかさんがカードを出して、支払っている姿を見て、ホッとした。


 外に出る。

 4月も下旬になったというのに、ちょっと肌寒い感じだ。

 というよりも、寒い。

 7時を少し過ぎていて、飲み屋さんなど、賑やかな最中。

 そんな中を、アーケード街に向かって歩き出す。

 今は、もう、腕を組んで拘束、という形ではなく、普通に並んで歩いている。

 何となく、ホッとした。

 でも、お姉様の、次の一言で固まった。


「じゃあ、これからホテルにかえって、簡単な契約書でも作ろうか?」


「えっ?」

 もう、このタイプの『えっ?』は、普段より、ずっと高い声が出るって、決まってしまった。


「まあ、面倒な、正式の契約書っていうんじゃなくってさ、月に払うお金の振込先とか、基本的にどこで暮らすとか、そんなことのお話よ」


 えっ?どこで暮らす?

 いや、そういうことを聞こうとしたんじゃなくて、おれは、『これからホテル』っていうところに、戸惑っただけなんだけれど…。


 お姉様は、なんてことない感じだから、まあ、そんなもんなのかな。

 ホテルのロビーには、喫茶店もあることだし。

 もう、どうでもいいや。

 そう思ったすぐあと、また、次の一言で固まった。


「そうか…、今から相棒なんだからさ、リュウ、今日から同じホテルに泊まんなよ」


「えっ?」

 今度の高い声は、若干かすれていた。

 今から相棒…?

 同じホテルに…と、ま、る?

 今の話に、考えようと思ったテーマはいくつかあったが、立て続けに、次が言われて、考察テーマはさらに増えた。


「それで、明日は、今までのバイト、ケリをつけてきて、住んでるところも、引き払っちゃいなさいよ」


「バイト、ケリをつけて?」

 もう、自分の考察抜きで、説明を求め、ご意見を伺う。


「うん。もう、わたしの相棒として仕事するんだからさ、バイト、やってられないじゃないの。

 いっくら、テレポーテーションが特技だっていっても、行ったり来たりして、両方、同時に働くことはできないでしょう?特に、移動距離15センチじゃね」

 15センチと言って、ニッと笑う。


 さっき、褒めたりうらやましがったりしたくせに、今度は、ちょっと、からかいのタネに使っている。

 ニッと笑ったけれど、お姉様の話は途切れていない。


「だから、辞めること、さっさと言っとかないと、向こうに迷惑かけるじゃない。

 そうだ、ホテルに着いたら、担当の人に、すぐに電話入れなさいよ」


「確かに…。で、住んでるところ、引き払う?」


「ああ、それは、これからは相棒だから、わたしの近くに住んでもらわないとね」


「おれの荷物は?」


「そんなにないんでしょう?あれっ?リュウ、奥さん、いるの?」

 また、とんでもない質問。

 女性とはそんなに縁のないおれにとって、奥さんなんて、考えもしないレベル。


「いえ、いません。独身です」

 きっぱりと、必要以上だったかもしれないけれど、きっぱりと返事をした。


「うん、まあ、そうだとは思ったんだけれどね。

 じゃあ、奥さんを連れて行くことは考えなくていいんだから…、持っていくのは必要な荷物だけじゃない?

 明日、あっちで住むところに、さっさと宅配便で送っちゃいなさいよ。

 これから、ホテルで段取りつけちゃえばいいんっだから…。

 そうだ、もう一人、相棒的な人がいるから、手伝ってもらってさ」


「えっ?もう一人、相棒的…?」


「ええ、さっき、デパートで、店の方を頼んでおいた、あの人。覚えている?」


「ああ、ちょっと年配だけれど、きれいな人ですよね…」


「ふ~ん、ああいう感じ、好みなんだ…」


「あっ、いや、好みとか、そう言うんじゃなくて、きれいで、落ち着いた感じの人ですよね、って、確かめたかっただけですよ」


「ふ~ん…。ウフフ…」

 ちょっと斜めの上目遣い…。

 この顔つき、明らかに、表情だけで、おれをからかっている。

 どのように返していいのかわからなくって、ちょっとよわった。

 いいなぁ、きれいな人は、こういう技を、何気なく繰り出せるんだから…。


「わたしはサーちゃんと呼んでいるんだけれど、リュウは『さゆり、お姉様』と呼びなね。もう、40何歳かで、ずっと上なんだから」


「さゆり、お姉様…ですか?」


「そう、永池さゆりさん、あやかお姉様のお姉様なのですよ」


「えっ、あやかさんのお姉さんなんですか?」


「違うわよ。今のは単なる歳の話。姉妹じゃなくて相棒よ」


「ずいぶん相棒がいるんですね」


「そんなことないよ。リュウで2人目だし、もう、増やす気はないよ」


 相棒って、普通一人だと思っていたんだけれど、二人でもいいのかな?

 で、おれは、その、さゆりさんとは、どんな関係になるんだろう。

 相棒の相棒は…、うん?何と言うんだろう。


 歩きながら、ちょっとの沈黙。

 その間、そんなことを考えていたら、明日から、この、あやかお姉様の相棒として働くと言うことが、急に、現実味のある話として、いや、現実そのものとして認識できるようになってきた。

 それで、引っ越しのことが気になった。

 ぐずぐずしていられない。


「あっ、それと、おれ、今日は、ホテルじゃなくて、うちに帰りますから…」

 まず、宣言しておく。


「あら、どうして?ホテルだと、朝ご飯、付けてあげるよ」


「あれっ?まあ、それは、けっこう魅力的なんですけれど…、でも、本当に引っ越しだとなると、荷物、片付けなくっちゃいけないし…」


「なるほどね。それは、いい判断だね。それじゃ、うちに帰ったら、今晩中に、全部終わらせちゃいなさいね」


「えっ?今晩中に…、ですか?」

 いくら少ないとはいえ、学生時代からの6年分の荷物、ちょっと、いくら何でも、それは無理じゃないのかな?

 いらない本は売ったりと…、けっこう、時間がかかるんですけれど。

 でも、すぐに、方向性の指示があった。


「本当に必要なもの以外、全部捨てちゃえばいいんじゃない。

 必要なものを、そうね…、段ボール、2、3箱に絞っちゃってさ、あとはゴミ。

 あっ、サーちゃんが、そういうゴミ、きれいに処分してくれる業者さん、すぐに探してくれるから、心配ないよ。あとの掃除も、全部頼めるから。

 だから、必要なものだけ宅配便で送っちゃえば、それで終わりというものよ。

 あとは、どんな状態でも、向こうがきれいにしてくれるんだからさ、明日中には終わるね」


 『本当に必要なもの以外』のものでも、ゴミじゃないんですけれど。

 ベッドもあるし、テーブルも…。

 冷蔵庫の中にも、いろいろと入っていて…、洗濯機だって…。


 うん?送るのは、段ボール箱で2つか3つ?

 えっ、どういうことだ?

 というか、そういうことか…。

 お姉様の感覚では、おれのベッドやテーブル、冷蔵庫なども、みんな、ゴミの中に入っているんだろうな…。

 服だって、そうなのかもしれない。

 どうしよう…。

 まだまだ使えるし、ゴミだなんて、ちょっともったいなさ過ぎる。


 そうだ、あとで、さゆりさんに聞いてみればいいのかな。

 まだ、会っていない、相棒の相棒であるさゆりさんが、なんだか、頼みがいのある、信頼できる人に思えてきた。


 でも、本当に、大丈夫なのかな…。

 この、あやかお姉様の相棒的な仕事。

 あれ?相棒って、仕事の名前じゃなかったんだよな…。

 そういえば、まだ、何にもわかっていないんだ、相棒がやる仕事の内容…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る