第33話『エルフと魔人と人間と 4』

 神樹の森の出口の手前で休息を取っていたエリシアとシンは、木にもたれて眠るララを見守っていた



 「ほんとに眠っちゃった、あの時のアルファスさんもこんなだったのかな」


 「憑依(ポゼッション)の法術の副作用だね、偵察のために鳥に憑依しているけれど、これも相当な高位法術だよ」


 「へぇ、そんなことも出来るなんてガネシャさんの先輩なだけあるね」


 「あぁ、それに本体が無防備になるんだ、それだけ私達を信用してくれているという事だろう

 ここは安全だと思うけどしっかり見ていてあげないとね」



 意識を鳥に移したララは、森から工業都市ヴェルヘイムへと続く街道より外れたところにある、廃棄された古びた砦の上空を旋回しながら様子を伺っていた



 『スライムが10体、ヒュージスコーピオン5体にホーンラビット5体……弱っちいのばっかですねぇ

 それと、ウォークデッドが12体……お師匠の言ってたのより多いけどぉまぁ問題ないですねぇ、問題の指揮官はっと……あぁ、これはぁ少々まずいんじゃぁ……とにかく気付かれる前に戻らないとぉ』





********






 エリシア達の元に戻ったララは意識を自身の体へと戻し、状況を報告する



 「エビルシャーマンか……まぁ何とかなるかな」


 「さすが勇者様ぁ頼もしいですねぇ、低位の魔人とはいえエビルシャーマンの魔召喚は厄介だよ?」


 「手強い相手なの?」


 「シンはまだ魔人族を見たことがなかったね、奴らにも階位というランクがあって今回の相手は低ランクの魔人ということになるね

 ただシャーマンの名の通り、倒した魔物を復活させたり別の魔人を召喚する力を持っているんだ」


 「高位魔人の召喚となると相応の準備も必要だからぁ、その前に倒しちゃわないと面倒なんだよねぇ」


 「なるほどね、なら時間をかけるほど不利になるってことか

 どうする?すぐに向かうの?」


 「あぁ、それがいいだろう

 シン、ララ、早速砦に向かおう」


 「でもエリーちゃん、知ってるとは思うけどぉエビルシャーマンは魔召喚だけでなく魔術も使うってお師匠が言ってたよ?」


 「うん、でも当たらなければ問題ないし使う前に倒せばいい

 いざとなれば鏡装(ミラーリフレクト)が防いでくれるしね、頼むよシン」


 「よっしゃ、任された!」


 「ララには周りの魔物を頼みたいんだけれど、いい?」


 「もちろんだよぉ、私の力を見ておいて貰わないとねぇ」


 「よし、作戦は指揮官を最優先、ララは周りの魔物を牽制しつつ道を開いて、私はそこを突破してエビルシャーマンを叩く

 シンは敵の魔術に注意して、守りは任せたよ

 パーティとしての初陣だ、油断せずに行こう!」


 「おう!」「はいぃ!」





********






 エリシアとララは砦を視認できる岩陰に潜んでいた

 シンはエリシアの構える盾の中に待機している



 「外にいるのは魔物たちとウォークデッドが2体、残りは中か……まずは奴らを倒しつつ突入するよ」


 「ここはぁ私に任せてぇ」



 そう言ったララは岩陰から出て敵集団の正面に立つ、それに気付いた魔物達がこちらに意識を向けた



 「ララ、不用意だ!」


 「心配ご無用ぅ、『二重法陣(ダブルスペル)』発動ぅ!」



 ララが突き出した両手の掌からそれぞれ別の法術陣が展開され、右手の法力を発動させる



 「『炎衝波(フレイムウェイブ)』!」



 横に振り払った右手から放出した炎の波で、敵集団の動きを止めつつすぐさま左手の法力を発動する



 「『落雷(サンダーフォール)』!」



 左手を振り下ろすと、22体の敵の頭上から稲光が襲いかかり全員を無力化させた



 「ふぅっ、こんなところでどうでしょ?」


 「驚いた、法術の二重詠唱なんてシエナ様が1度披露されたものしか見たことがない!」


 「これでも稀代の大法術士アルファスの弟子だからねぇ、お師匠は最大で四重詠唱まで可能なんだよ」


 「いや……四重詠唱とは、それほどのお方だったとは」


 「とにかくぅまずは砦へ突入って事でぇ」


 『エリー、ララってすげーんだな!頼りになるじゃん』


 『うん、ほんとうにね

 だけどこれだけの事をすんなり出来るとなると、アルファス殿の懸念も頷ける』


 『そういえば手紙か何かを受け取ってたよね、何が書いてあったの?』


 「ん?どうかしましたぁ?」


 「いや、ビックリしてしまって……さぁ行こう」


 『この件はまた後で話すよ、何事もなければいいんだけれど……』


 『よくわかんないけど、エリーがそう言うなら』



 倒れた魔物たちを避けつつ砦へ入ると、残りの10体のウォークデッドの後ろに守られる形で立っていたエビルシャーマンが口を開いた



 「何者だお前ら!?ただの人間じゃないな!

 というかお前……見たところダークエルフか?ダークエルフがなぜ人間と一緒にいる?」


 「なぜって言われてもぉ、私はそっち側と関わりないしぃ、それにこっちの子は普通の人間じゃないよ

 あの有名な勇者様なんだから」


 「なに!お前があの……」


 「この先は神樹へと続く森だ、お前たち程度の魔物が立ち入れる場所ではないが先の事を考えると見逃せはしない

 ここで残らず討たせてもらう」


 「確かに……ウォークデッド程度ではあの神域には近づけんだろう、そんな事は百も承知

 こいつらは単なる餌、なぜオレがここに居るのかわからんか?

 暗夜の衣 黒の器 十の闇 狭間を開き 贄を喰らう……」



 エビルシャーマンの周りを取り囲むウォークデッドの足元に、召喚術の魔法陣が浮かび上がる



 「不味い!」



 事態を察知したエリシアは聖剣を抜き飛びかかるが、結界に阻まれて弾き返される



 「結界!?ララ、頼む!」


 「は、はいぃ!解呪法陣展開……」


 「ハハハ!遅いわ!『魔召喚』ブラッドオーガ!」



 10体のウォークデッドが黒い煙に包まれ無に帰り、屈強で巨大な肉体と鋭利な角をもつ赤黒い魔人が姿を現した



 「なんの策もなしにオレが来たと思ったのか?勇者といえどたった2人ではこのブラッドオーガに勝てるわけもない!さぁ行け、こいつらを血祭りにあげろ!」



 呼び出されたブラッドオーガは動かず、自らを呼び出したエビルシャーマンを睨みつける



 「ど、どうした?さっさと殺れ!グズグズするな!」


 「俺ヲ呼ビ出シタ、オマエ、雑魚ノクセニ、偉ソウ……気ニイラン、コロス」


 「なっ!?召喚したのはオレだ!なぜオレに従わん?は、話が違うじゃねえか!

 ちょ……ちょっと待ってく……」



 困惑するエビルシャーマンを有無を言わさず、ブラッドオーガは拳で殴り潰した



 「バカナ、ヤツダ、命令デキル、主ダケ……人間、コロス」



 身を屈ませて丸太のような腕を振り上げ、躊躇なくエリシアへと殴りかかる



 「エリーちゃん!きゃあっ!」



 飛び退いたエリシアのいた床にブラッドオーガの剛腕が手首までめり込む

 その衝撃にララがよろめいた



 「大丈夫ララ!?」


 「はいぃ、でもこれは想定外ですぅ」


 「確かに……まぁでも問題ないよ」


 【エリー、勝てるの?こんなやつに】


 「シンの言う通り、一旦引いて応援を呼ばないとぉ」


 「大丈夫、心配ないよ

 このクラスなら千人隊長昇級試験で倒している」


 【マジで!?じゃ他の隊長さんたちも?】


 「王国騎士団を甘く見てもらっては困るな、シン

 ララ、少しだけ時間を稼いで

 新技を試すにはいい機会だし」


 【新技を試すって……もしかしてハインラインさんの?】


 「前に言ってた技だよ、あれほどのものは無理でもイメージは掴んでる」


 「なんだかよくわかんないけどぉ、そういうことならぁ」



 ララは『二重法陣(ダブルスペル)』を発動し法力を高める

 ゆったりと拳を引き抜いたブラッドオーガは、開いた距離を詰めるためにこちらへ向かってくる



 「『氷縛(アイスバインド)』!」



 ブラッドオーガの足元から冷気が立ち上り、下半身を氷漬けにして足を止める



 「もひとつぅ、『氷鎖縛(アイスチェーンバインド)』!」



 動けなくなった足の氷塊を叩きわろうとする腕に氷の鎖が絡みつき、その鎖の先端にある錨が床を穿って拘束した

 完全に動きを止めたが、力任せに振りほどこうとするブラッドオーガの膂力に氷塊はピキパキと音を立てていた



 「長くはもたないよ、エリーちゃん!」


 「了解!行くよシン!」


 【オーケー、こっちはいつでも!】



 エリシアは盾に聖剣を収め、シンにイメージを送る

 再度聖剣を引き抜くと、身の丈ほどの太刀と左腕を覆う篭手が現れた



 「強化法陣展開、『全身体強化(オールフィジカルアップ)』、『限界突破・膂力(リミットブレイク・パワー)』、『炎装(フレイムエンチャント)』、『飛翔斬撃(ブラストオブスラッシュ)』……はぁーーっ!」



 自身を強化し、炎を纏った聖剣を横一文字に薙ぎ払う



 「行くぞっ、炎刃一閃!」



 放たれた炎の斬撃は猛スピードでブラッドオーガを薙ぎ払い、胴を真っ二つに分断させた



 「グガッ!イ、一撃デ……」



 轟音と共に倒れたブラッドオーガは黒い霧となって霧散していった



 「ほぇー、エリーちゃんすごぉい!」


 【ほんとに凄いよエリー!】


 「まだまだハインライン様の炎刃斬波ほどの威力は出せてないよ、けど上手くいって良かった」


 「エリーちゃんて法術もけっこうイケるんだねぇ」


 「強化系はある程度ね、だけどララがいてくれて助かったよ、この先もよろしくね」


 【法術の事はわかんないけど、ララが凄いってのはわかったよ

 頼もしい仲間ができてほんとに良かった】


 「私ガネシャがいた時以外はずっとお師匠と2人だったから、迷惑かけるかもしれないけど……こちらこそこれからよろしくですぅ」


 「迷惑だなんて、とにかく懸案だった砦の魔物は片付いたし、街へ向けて出発しよう」


 「はいぃ!」



 エリシアはララの予想以上のスキルの高さに感心しつつ、アルファスから伝えられたララの秘めた力の事が気になっていた

 だがそれを含めて自分を信用して託されたのだと考え、新たな仲間となったララを伴い砦を後にした 

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