第29話『神樹アルタナ 5』
「とまぁ……こういう訳なんですが……すんません、まとまりが無くてわかりづらかったかも知れませんが」
元の場所に戻ったシンジとアーシェラは情報の整理をしていた
シンジの世界のこと、彼自身の過去のこと、死神の話に出てきた光乃絵理子という幼なじみのこと……
「良い、伝え聞いていた話故問題ない
しかしわからぬのはエリコなる女のことか……」
「まさかエリーと何か関係があるとか、名前も似てるし……ってそんな安直な話じゃないですよねぇ……」
「現段階では繋がりがあるとは思えぬが、限りなく小さな可能性でも捨ておく訳にはいかぬ
エリシアからその様な魂の気配は感じぬのだが、一考に付するべきではあろうな」
「絵理子……お前の魂もこっちへ来てるのか?俺を呼んだってんなら、一体どこに……」
「まだ手がかりが少ない、今はそこに思い悩む時ではなかろう、まずは勇者エリシアの助けとなり先へと進むことだ
勇者の旅はこれからなのじゃからのう」
「はい、今は俺に出来ることを精一杯やるしかないですしね……ここを出ればまた幽霊に戻るし、大したことはできないかもしれませんが」
「そう卑下するでない、見たところエリシアはお前に心を許しておろう
未知の土地へと赴くに、そのような者がおることこそが大きな助けとなろうて……案ずるでない、清き魂よ」
「アーシェラさん……ありがとうございます!」
「さて、そろそろあやつらの様子を伺いに行こうとするか」
アーシェラが前方に手をかざし、人間には知覚できない言葉を紡ぎ異空間への扉を開き2人は中へと歩を進めた
********
「これはアーシェラ様、そちらの御用はもうお済みで?」
アーシェラとシンジの姿を見たルートヴィッヒが聞く
「うむ、してそちらはどうか?ハインの奴がハメを外しすぎてはおらぬか?」
「アハハ……見ての通りで」
苦笑いを浮かべて、奥で激しくぶつかり合う2人に視線を促す
そこには嬉嬉として太刀を振るうハインラインと、彼と同じ太刀の形状をした聖剣で斬り結ぶエリシアの姿があった
「あやつめ……目的を忘れてはおらぬかの、悪い癖じゃ……」
「エリー凄いな、あの剣をもうあんなに使いこなしてる」
呆れたような視線に気付いたハインラインは、エリシアから距離を取りアーシェラに向き直る
「もう来たのかアーシェラ、今いいとこなのによう」
「はあ、はあ……アーシェラ様、このような有意義な時間をいただき誠にありがとうございます!内からどんどん力が湧いてくるようです
シンもお疲れ様、この太刀もだいぶん扱えるようにはなったよ」
「見てたよエリー、こんな短時間に本当に凄いよ」
「もう程々にしておくがよいぞ2人とも、人間があまりこの空間に長居せぬほうが良い
今は気が立っておる故気付かぬであろうが、体への負担は小さくはないぞ」
「んん、まあそうだろうな、ちょいと惜しいがこの辺でお開きだ
ルー、エリシア、まずはここから出るぜ」
「えらく聞き分けがいいですね先輩、てっきり「まだまだやるぜ!」とか言い出すのかと思いましたが……」
「馬鹿野郎、ここはアーシェラのテリトリーだ、ならその主の判断を大人しく聞くのが1番なんだよ
ほら、さっさとしろい」
ハインラインに促され、2人が入ってきた扉から元の空間へと戻っていく
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「さて、勇者エリシア、今日は部屋を用意させる故休息をとるが良かろう、シンも共に行くがよい」
玉座に座り一行を見渡しながらアーシェラが告げる
「ありがとうございます、ですが……」
「そう急くこともない、此度得た情報の共有と今後のことは明日にでも話す、お主自覚はあまり無かろうがあそこでの修練には相応の負担がかかる
先ずはゆるりと休め、話はそれからじゃ」
「エリシア、ここはアーシェラの言う通りにしな、休める時に休むのも仕事の内だ
元騎士ならその辺もわきまえているだろう?」
「……おっしゃる通りです、気ばかりはやってしまって……
ありがたく休ませていただきます」
「良い、我も少々情報を整理せねばならぬ故気にするでない」
「勇者様、シンジ様……ご案内させていただきます、どうぞこちらへ」
奥から神官のようなローブを着たエルフが現れ、深々とお辞儀をしたあと別室へと繋がるドアの方へ歩いていく
「ではアーシェラ様、お言葉に甘え失礼致します」
アーシェラに向かって頭を下げるのに合わせてシンジも同じ様に一礼をし、案内役のエルフの方へと歩を進めていった
「してお主らはどうする、せっかく実体化しておるのだし」
「ならよ、もう一度さっきの空間に行かせてくんねえか?まだ動き足りなくてうずうずしてんだ、相手しろやルー!」
「えー?なんでまた、せっかく実体化してるんだから他にやることは無いんですか?」
「わーってるって!ちいとだけだよ、その後でアーミラの所にでも行きゃいいじゃねえか」
「ちょ!あの、すみませんアーシェラ様、お気を悪くなさらないで下さい……」
「何を今更、我とて朴念仁ではない、そなたらが好き合うていたことなぞ先刻承知の上
あの頃はエルフと人間が一緒になったところで、我らの寿命の違いは変えられん、辞めておけと散々アーミラに言い含んでおいたにも関わらずだな……まあよい、500年も前の話じゃ、500年振りの逢瀬を阻むのも趣味の悪いことであるしのう……」
「アーシェラもこの1000年で随分丸くなったもんだな、針みてえにツンツンしてたあの頃とは大違いだな……」
「たわけが、我は生きてこの長い年月を過ごしたのだ、当たり前だろう
死んだお前は、当然だが変わっておらぬわい」
「がはは、そりゃそうだ」
「そういうことでルートヴィッヒよ、ハインは言い出したら聞かぬ故少しだけ相手をしてやれ
その後にでもアーミラに会うてくるがよい、ソウルイルミネイトを持たせてやろう……あやつはここには入ってこぬからの、お主が出向いて行ってやるがよい」
「そんな貴重な物をお貸しいただけるのですか?ありがとうございます、そうと決まればさっさと行きましょう先輩!」
「んだよ、現金なヤツだな……まぁいいや、お前の本気を味あわせてもらうぜ!」
「手を抜いて向き合える相手ではないとわかってますからね、ただ手短にお願いしますよ?」
「わぁーってるって、ほら行くぞ!」
理由は違えど気が早る2人は、アーシェラが開いた空間へと消えていった
「ふむ……ハインの言う通りかの、我も随分歳を重ねた……
あの時もう少しアーミラ達のことを考えてやれば良かったか……それももはや詮無きことか
人間とエルフとが手を取り合う事も、昔に比べれば増えてはおるが……ふむ、あやつをエリシアに会わせてみるのもよいな、王国の術士を弟子にしていたというしの」
********
「こちらでございます、どうぞごゆるりと」
神官姿のエルフに通された客室は広く、派手ではないが品のある家具が並び、落ち着いた雰囲気に包まれていた
促されて部屋に入った2人は珍しそうに周りを眺めている
「すごい部屋だな!ちょっと広すぎるくらいだけど」
「うん、落ち着く雰囲気の部屋だね、アーシェラ様に感謝しなければ……っとと」
緊張の糸が解けたのか、軽い目眩に襲われエリシアは膝を崩す
「だ、大丈夫エリー!?」
シンジは咄嗟にエリシアの肩を抱き支える
「うん、少しクラっと来ただけ……やはり生身であの空間に長居するのは負担が大きいみたい」
「ほんとに?無理しないでくれよ、いつもの俺じゃすり抜けちゃうからこうやって支えてあげられないんだから」
「それもそうだね、ゴメンね心配させてしまって……
でもシンにこうやって肩を借りて支えてもらって……支えて……抱きかかえて……抱いて?
キャーーーっ!!」
「うわうわうわっ!!」
首まで真っ赤になって頭から蒸気が噴き出していそうなエリシアを見て、密着して抱きしめているような格好になっていたことにシンジも気付き、2人は弾けるように体を離した
「ご、ごめんエリー!他意はないんだ!不可抗力と言うか役得と言うか、じゃなくて咄嗟に手が出てたんだ!」
「い、いや!わ、わた、私の方こそ嫌なわけじゃないんだ!ビックリしちゃったけど嬉しかったんだ、決してシンにこうされたのが嫌で声を上げたのではなく!むしろラッキー!みたいな……って何言ってんだろ、キャー!」
「エ、エリー、ちょっと落ち着こ、深呼吸深呼吸……」
「(やっちまったーっ、嬉しすぎるんだけど!なんでこんなに可愛いんだよチキショー!……にしてもあんなに強いのに、こんなにも華奢だなんて……ほんとに大丈夫なのかな……?)」
「ふぅ、ふぅ……よし、落ち着いた
ゴメンね、ビックリして取り乱しちゃって……でも心配してくれてほんとにありがとう
支えてくれた時凄く安心したんだよ?」
「いや、俺の方こそ咄嗟のことだったからさ
それよりも今日は早めに休んだ方がいいよ、せっかくこんな素敵な部屋を用意してもらったんだしね」
「シンの言う通りだね、休むことも大切なことだからね」
落ち着いたエリシアは鎧を外して、大きなベッドに腰を下ろすと深く息をついた
「ねぇシン」
「どうしたの?」
「ここを出たらまたシンはユーレイに戻るんだよね?」
「まぁそうなるね、それがどうかした?」
「いや、そのぉ……少し、寂しいかなぁ……なんて
あ!でもわかってるんだよ?ここはそういう特別な場所だし、シンが勇者様達との仲介をしてくれるから私は戦闘に集中出来るのだし、明日にはここを発って仲間を集める旅に出なきゃなんだし……ごめんね?ちょっとだけわがまま言っちゃった」
「エリー……すげえ嬉しい、ありがとう
俺死んじゃってるけど、エリーのおかげで毎日が楽しいんだ、見るもの全てが新鮮でさ
だから、エリーの助けになることならなんだってする
この役目を負ったことだって感謝してるよ、迷惑かけるばっかりじゃなくて恩返しができるって思ったんだ」
「そんな、私は迷惑だなんて思ったことないよ?そりゃ最初はシンのことがわからなくて失礼な言い方もしてしまったけれど、だんだん人となりがわかってきて……嬉しかったの
あなたは、相手のことをちゃんと考えてあげられる優しい人……そんなシンがそばについてくれてるだけで不安が和らいでいるの
こちらこそ、助けになってくれてありがとう
明日からまた一緒に頑張ろう!」
「おう!そうと決まれば早く寝ちゃいな、こんないいとこで休めるなんてこの先当分無いかもよ?」
「それもそうね、じゃあ先に休ませてもらうね
……ねぇシン、一つだけわがまま聞いてもらっていいかな」
「俺に出来ることならなんなりと」
「私が眠るまででいいから、手を繋いでいてくれる?」
「……うん、お安いご用さ」
「……ありがとう……」
シンの手を取ったエリシアは、ほどなくして寝息を立てていた
不安の色など見えないような、安らかな表情で眠るエリシアを見守るシンにも懐かしい感覚が襲ってきた
「(なんかぼーっとする……目を開けてられない……眠気だな、これ……)」
エリシアの眠るベッドの横に座っていたシンは、急激な眠気に抗いきれずそのまま意識が遠のいていく
こちらの世界へ来てから、初めての眠りについた
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