第28話『神樹アルタナ 4』
「すげーな!見渡す限り何もねえや!」
ハインラインの感嘆の声の通り、3人が入ったアーシェラが開いた異空間は何も無く、周囲全てが地平線だった
無機物のような床に、見上げれば星空のような、明るい夜のような空が広がっている
「どう?エリシア、何か感じるかい?」
「はい、ルートヴィッヒ様、体の奥に熱のようなものを感じます」
「俺は何も感じねえぞ?」
「それはそうでしょう、僕達は魂のみの存在ですし
生者であるエリシアにとっては、アーシェラ様の言うように法力の上昇を促す場であることは間違いないでしょう」
「なるほどねえ、まあ時間もあまりない事だし早速始めるか!」
そう言って構えたハインラインの右手に、反りのある長い野太刀のような刀が現れた
「ルー!お前は立ち会いの見届け人だ、エリシアが死なねえようにいざとなったら止めるんだぜ
エリシア!さっさと構えな!」
「死なないようにって、本気ですか?」
「大丈夫ですルートヴィッヒ様、私もハインライン様を斬り伏せるつもりで挑ませていただきます」
「おいおい、「殺すつもり」の間違いじゃないのか?」
太刀を構えたハインラインの双眸が鈍く光り、物理的な突風のような気迫がほとばしった
その闘気に呼応するように、指輪から出現させた盾から一息に聖剣を引き抜き構える
「エリシア、君はもう少し奥ゆかしい女性かと思っていたけど……勇者となるにふさわしい勇気の持ち主だね
千の軍勢を薙ぐ伝説の勇者、それに挑む聖光の勇者、僕まで楽しくなってきたよ」
「へっ、お前も俺に似てバトルマニアな所があるからな
さっさと始めさせろや!」
「では……始めっ!」
ルートヴィッヒの号令が言い終わるが早いか、エリシアが一気に飛びだし距離を詰める
対するハインラインは太刀を正眼に構えたまま動かない
「てやーっ!」
踏み込んだ勢いのまま振り上げた聖剣がハインラインの鼻先の紙一重で空を切り、流れる体をそのまま反転させて横凪に切りかかる
その鋭く早い斬撃もハインラインには数ミリ届かない、最初から斬撃を当てられるとは思ってなかったエリシアは気にせず次の攻撃に移ろうとするが、狙いを定めようとした視線のすぐそこまで迫っている太刀の鋒(きっさき)に戦慄する
「……っ!?」
体を崩しながら辛うじてしゃがみこみハインラインの太刀を躱す、エリシアの頭上にあるのは風に舞う金色の髪だけで、通り抜けたばかりのはずの太刀はまたも眼前に迫っていた
なんとかそれに反応したエリシアは、避けるのを諦めて体の前に盾をすべらせ斬撃を防ぐが、斬撃の勢いをまともに受け弾き飛ばされる
「ぐっ、初期動作が見えない……気づいた時にはもう剣が迫っている」
「おいエリシアよ、こんなもんか?もっと気合い入れてかかってこねえと拍子抜けだぜ、出し惜しみしてる暇なんかねえぞ?」
「おっしゃる通りです、今の私の全て、ぶつけさせていただきます!」
体勢を整えたエリシアは、右手の聖剣を逆手に持ち替え身を低く構え、法術陣を足元に展開した
「強化法陣展開、『全身体強化(オールフィジカルアップ)』、『限界突破・敏捷(リミットブレイク・スピード)』、『幻視斬撃(スラッシュオブミラージュ)』……」
「ふむ、エリシアは法術が苦手と言っていたけと、『全身体強化(オールフィジカルアップ)』と『限界突破(リミットブレイク)』は高位法術じゃないか……
苦手としているのは攻撃系の方か?」
足元に展開した法術陣から光が立ち上り、エリシアの身体能力が上昇していくのをルートヴィッヒは冷静に観察する
「ふぅ……」
「それで全部か?(逆手に持ったというこたぁあの技だな、となると『幻視斬撃(スラッシュオブミラージュ)』がちとうぜえな……)
ならさっさとかかってきな!」
「(ハインライン様も気づいてらっしゃるな……)さてエリシア、どこまで通じるか……」
「……行きますっ!」
エリシアの言葉が切れると同時に完全に姿を消した
常人の動体視力では到底捉えられないほどの高速移動、だがハインラインは地を蹴る音と野生の勘とも言える直感力で移動先を推察、高速で蛇行しフェイントを混ぜながら背後を狙うエリシアの目論見を看破し振り返った
「ここだっ!」
ハインラインは振り返りつつ右手に持った太刀を真上から振り下ろすが、エリシアを打ち据えるはずだった太刀は無機質な地面に突き刺さった
「これもフェイント?」
「……剣の舞っ!」
ハインラインの太刀が迫る寸前に横に飛んだエリシアは、地面からそれを引き抜こうとする一瞬の隙をついて回転しつつ斬り掛かる
太刀を掴んだまま高速で襲いくる聖剣を体を崩しながら避け、勢いの止まらないエリシアの次の斬撃に備えるハインラインの頬からは一筋の赤色が走っていた
「ぬっ?(鋒が揺らめいて間合いが狂う、だが!)」
「はあーーーっ!」
更に速度をまして回転し、目まぐるしく角度を変えながら無数の斬撃を打ち込むエリシア
全てを避けることを諦めたハインラインは、左手の篭手と引き抜いた太刀を総動員して身を守ることに専念していた
「あのハインライン様に反撃を許さぬ連撃、やるなエリシア……だが」
「厄介な技だぜ……しゃーねえ、『鏡装(ミラーリフレクト)』!」
ハインラインは左腕の篭手に法術を纏わせ、連撃の流れを途絶えさせようとエリシアの斬撃に合わせ、剣と自らの体の間に左腕を滑り込ませる
その様子に気付いているはずのエリシアは構わずそこへ回転しつつ聖剣を走らせ、先行する左腕の盾に意識を集中させる
「『鏡装(ミラーリフレクト)』!」
「おおっ!」
状況を察したルートヴィッヒが感嘆の声をもらす、ハインラインの構えた篭手とエリシアの繰り出すシールドバッシュがぶつかり合い、互いの法術が干渉し合ってその効力が弱まった
エリシアはそのまま盾で篭手を押さえ込み、逆手に構えた聖剣を振り下ろす
「これで!……ぐっ」
避けられぬと悟ったハインラインは、太刀を手から離し握った拳を辛うじてエリシアの脇腹へ目掛け突き出した
致命傷は免れたが、彼の肩からは高速で通り抜けた聖剣の太刀筋の軌跡の後を追うように鮮血が飛沫く
拳を受けて飛ばされたエリシアと、肩口を斬られたハインラインは距離を置いて体勢を崩しながら見合っていた
「がはっ……ようやく、届きました」
「ふんっ、この俺に二太刀浴びせるとはな……想像以上だぜ」
「騎士団長との立会の時は身体強化系の法術を使っていませんでしたからね、ここまでやるとは僕も驚いてますよ」
「そんなスキル持ってたなんて聞いてねえぞ、ルー
ったく、何が法術は苦手だ……ちゃっかり高位法術なんぞ使いやがってよ」
そう悔しがるハインラインの表情は、対等に戦える相手に出会えた喜びにほころんでいた
「悪い顔になってますよ?先輩」
「俺とやり合っていい勝負した人間はなかなか居ねえからな、そりゃ嬉しいってなもんだぜ
お前だってやりたくてうずうずしてんだろ?こんな勝負滅多にできねえぞ」
「それは確かにそうですが、今はエリシアの修行が優先項目ですしね……」
「ハインライン様、これが今の私の全力ですが、至らぬ点などご教授いただけますでしょうか?」
「あぁ、そうだなぁ……一撃にかけるパワーが足りねえ、と言いてえが俺とはタイプが違うからな
パワーを補うためにスピードに特化している、確かに大したスピードだがまだ少し直線的に過ぎるな
並の相手なら捉えられないだろうが、もう少し緩急を付けなきゃならねえ」
「やはり課題はそこですね……体が速度に耐えるために身体強化をかけているのですが、緩急を付けるためには更に基礎筋力を鍛えないと……」
「まぁ相手が悪いよエリシア、ハインライン様の動物的感は群を抜いているから」
「人を獣みたいに言うなよルー、で?どうよエリシア、何か変化は感じるか?」
「はい、斬り結んでいる時から内から込み上げる力が増しているような……高位の法術を使いましたが思ったより法力が減っていない感じです」
「なるほどねえ、それがアーシェラの作ったこの「場」の効果だろうな、俺とやり合って得られた経験が法力の向上に振られているってこった
だが、よく俺に傷をつけたもんだ、褒めてやるよ
『高位・体力回復(ハイヤー・ヒール)』」
肩の傷に手を添えて回復の法術を唱えると、みるみる傷が塞がり、左腕をぐるぐると回しながら感触を確かめる
「あの傷が一瞬で……回復系の法術にも長けていらっしゃるようで」
ハインラインの法術に感心しながらも、エリシアも自身に『体力回復(ヒール)』をかけて体勢をを立て直す
「良いもん見せてくれた礼代わりだ、俺のとっておきも見せてやろうか……」
「ちょっと先輩!さすがにそれは……」
そう言ったハインラインは、太刀を前に掲げ左手を刃の唾元に添えて意識を集中し始める
「『限界突破・膂力(リミットブレイク・パワー)』『高位・炎装(ハイヤー・フレイムエンチャント)』『飛翔斬撃(ブラストオブスラッシュ)』……」
「本気ですか!?エリシア!盾の『鏡装(ミラーリフレクト)』に全ての法力を込めるんだ、援護する!
『高位・防御向上(ハイヤー・プロテクション)』『高位・法術防御(ハイヤー・マナウォール)』!」
「は、はい!『鏡装(ミラーリフレクト)』、はぁーっ!」
ルートヴィッヒが防御系の法術をエリシアに向けて唱え、エリシアも言われた通りに備え、ただならぬ雰囲気のハインラインに相対する
「『高位・衝撃吸収(ハイヤー・ショックアブソーブ)』、行くぜ……死ぬなよっ!」
半身に構えさらに上半身をねじり込む、振りかぶった太刀の刃先が背後を通り正面に向けられるほどに
そこから一気に、真横に太刀を薙ぎ払う
「炎刃斬波ぁっ!!」
「来るぞエリシア!」
ハインラインが振り抜いた太刀から、横一文字の炎を纏った衝撃波が放たれ、凄まじい熱の塊がエリシアに襲いかかる
腰を落とし構えた盾に渾身の力を込めて、正面から受け止める、横方向に広範囲に広がる炎の波はそもそも躱すことは至難の業だった
「ぐぬうっ……,!(集中しろっ、少しでも気を抜けばこの身が消し飛びそうだ!)」
「もう少しだ、堪えろエリシア!」
踏ん張る足は無機質な地面にめり込み、全身の骨が軋んでいるのをエリシアは感じていた
幾重にも襲いくる衝撃波に対しては『鏡装(ミラーリフレクト)』の効果でなんとか拮抗しているが、法術によって付加された炎はルートヴィッヒの唱えた『高位・法術防御(ハイヤー・マナウォール)』が無ければ耐えきれなかっただろう
衝撃波の勢いが衰えていき体にかかる圧力が消える、エリシアは自分がまだ生きていることに心底安堵した
「へっ、上出来だエリシア、千の魔軍を薙ぎ払ったこの技によく耐えたな」
「……は、はい……伝説の武技、身をもってその力を見せていただきました……」
言うなり膝をついて、止まりそうな呼吸を取り戻そうと必死で肺に空気を送り込む
「少しは加減してくださいよ、ハインライン様……ギリギリでしたよ?」
「その為にお前がいるんだろうが、さぁ時間がねえぞ、次はお前の番だエリシア!」
「相変わらず容赦がありませんねぇ……」
ハインラインの様子に呆れつつ、ルートヴィッヒがエリシアに回復の法術を重ねて唱え、立ち直っていくエリシアは礼を言いながら立ち上がった
「ありがとうございますルートヴィッヒ様、まだ行けます」
「その意気やよし、勇者たるもの常に前を見なきゃならねえ、しっかり叩き込んでやるから構えな!」
「よろしくお願いします!」
「エリシアも見上げたものだ、勇者にふさわしい勇気と闘志……ハインライン様も熱を帯びるわけだ
歴代の勇者をも超える逸材かもしれないな……」
再度ぶつかり合い火花を散らす2人を見ながら、ルートヴィッヒはエリシアの更なる成長に期待せざるを得なかった
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