第23話『聖峰の渓谷 2』


商工会の会長ギランが案内した先、行商人たちのテントが並ぶ通りを抜けたところに、石レンガ造りの平屋の建物があった

受付では書類の受け渡しをするカウンターがあったり、積荷の検品を行うスペースなどがあり外から見た以上に広さを感じる建物だった



「あらギラン爺さん、お帰んなさい

奥の応接間空けてますよぉ」



恰幅のいい女性職員がギランに声をかける



「あぁすまんね、後でお茶を持ってきとくれや」


『なぁ、人間の他にエルフと竜族ってのがいるのは聞いたけどあのちびっちゃい人たちは?』


『あの人たちはドワーフ族だよ、工業都市ウェルヘイムの鍛冶職人協会の主要メンバーを務めている種族でね

勿論人間のメンバーも日々研鑽に務めているけれど、鉱石や金属加工においてはドワーフ族の技術は何歩も先を行くらしい、だから人間の職人はまずドワーフ族に師事する事が多いのだそうだよ』


『へぇ、みんな小柄だけど筋骨隆々で強そうだなぁ』


『戦士として名を馳せる者もいるからね、自ら創るからこそ扱いにも長けるのだろう』


「こちらの部屋ですじゃ、どうぞおかけくだされ」


「失礼します、それで私にお願いしたい事とは?」


「実は最近盗賊の連中がこの辺りで積荷を狙って動いておるのはご存知ですかな?」


「えぇ、元騎士ですから事実は把握しております

私の隊がこちらのエリアへ出向く事は無かったのですが」


「王国の騎士団の方々には感謝しております、ですが散発する事態には対処して頂いておるのですが、奴らの根城をなかなか掴むことが出来ずみな不安を抱えております

わしらも独自の調査をしておったのですが、この先の渓谷の奥に盗賊たちの拠点がある事を掴みましたのじゃ」


「そのような危険な事を……ではその旨を騎士団に伝えて対処を依頼されては?」


「もう伝えはしたのですが……確たる証拠がない以上、調査部隊を率いて渓谷へ入るには手続きに時間がかかるらしいのですじゃ、かと言って盗賊が現れる頻度は上がっておりますし悠長に事を構えることも出来ず……

そこでお願いしたい事なのですが、渓谷の奥に奴らの根城がある事の証拠を掴んでいただき、それを理由に騎士団の方々に早急に動いてもらいたいのですじゃ」


「神樹アルタナに近い以上、王国単独ではなく外交問題にもなりかねませんからね……

わかりました、ならば私がその調査を請け負いましょう

勇者である私が動くならば問題ないはずですし」


「受けてくださいますか!ありがとうございます、勇者様が力を貸してくださるなら皆も安心ですわい」


「では馬車の手配が済み次第向かいます、それと騎士団へ要請書を書きますので王国へ遣いをお願いします」


「すぐに用意致しますじゃ、このお礼は必ず……」


「お礼と言うなら、馬車を都合してもらった事で充分ですよ、お気になさらないでください」



ギランは何度も頭を下げながら職員へと指示を出しに向かった

その間エリシアは騎士団へ出すための手紙を書いている



『騎士団の人たちもさっさと行ってくれりゃいいのに』


『そう簡単にはいかないさ、渓谷の中は既に王国の領土から外れているし、アーシェラ様は基本的に領内に人間が入るのを良しとしないと聞くからね……だけどエルフたちは森より外にはあまり関与しようとしないし』


『ならその渓谷はちょうどグレーゾーンみたいな場所なんだな……そういう場所だから悪い奴らが集まるって事か』


『谷底の両隣は険しい崖が続いているから、普通はそこに居を構えようとは思わないもの

早く何とかしてあげないと』


『エリーの要請ならガイラスさんたちも動いてくれるかな?』


『団長殿が直々に……という事は無いだろうけれど大丈夫だろう、一応勇者からの要請なのだしね』


『それもそうだな、でも組織が大きいと腰が重いってのもよくある話だろうしな』


『だからこそ私が動く事に意味があると思うよ』


「エリシア様、馬車の手配が出来ましたわい」


「ありがとうございますギランさん、ではこの書状を王国騎士団へお願いします」


「確かに、お預かりしました

急な事で申し訳ございませんが、よろしくお願い致しますじゃ」


「いえ、では行ってきます」



商工会所の前に停められていた馬車に乗り込み、街道へ出て渓谷を目指して走り出す


2時間ほど馬車に揺られていると、前方にそびえる切り立った大きな岩山が見えてきた

中央には頂上まで続く亀裂が走っており、そこから奥の方へ狭い道が続いている



「こっからはちょっと揺れますんで気をつけてくだせえ」


「わかりました、そのまま進んでください」



車夫からの注意に応えて谷の荒れ道をガタゴトと走っていく最中、エリシアは馬車の幌を開け放って周囲に気を配っていた



『ほんとに両面は崖なんだな、谷底って感じだ』


『うん、ここはその昔は聖峰バーンロックと呼ばれていた炎の一枚岩だったそうだ

神樹の森と隣接していたため、古の神が神剣で炎を吹き飛ばした時に2つに割れた名残りと言われているよ』


『この世界の神話ってやつか、すごい話だな』


『シンの世界にはそんな話はあるの?』


『沢山ありすぎるくらいだよ、俺の国では八百万の神がいたらしいしね

全てのものに神が宿ってる……みたいな考えだったみたいだよ』


『それは興味深いな、またシンと話したい事が出来たな』


『どっちかって言うと俺って無神論者だけど、知ってる事ならいくらでも』


『ははっ、楽しみが増えたよ

っ?……今なにか動いたような……』


『動物……とかじゃないよな、こんな切り立った崖だし

でもよく見るとなんとか人が歩けるくらいの段差もあるし……所々穴というか洞穴みたいなのもあるっぽいな……』


「すみません、ここで一旦停めてください」



車夫に声をかけ馬車を停め、その場で待機するように言ったあと徒歩で谷底を進む



『シン、一応準備しておいた方が良さそうだ』


『あぁ、いつでもいいぜ』



エリシアが左手の指輪に念を込めると、法術陣が現れ盾に変化した



『やはり気配を感じる……1、2、……6人か

先手を打つ、行くぞシン!』


『おう!』



右側の崖に向かって走り出すエリシア

転々と生えている枯れ木の枝や段差を利用して駆け上がり、岩陰に隠れていた2人の盗賊に飛びかかる



「せやっ!」



エリシアは聖剣を抜かずに盾で殴りかかる

『鏡装(ミラーリフレクト)』を発動させた盾での打撃は、打ち込んだのと同じ力の反発力を生み2人を軽々と吹き飛ばす


その様子に驚いた他の盗賊たちが飛び出す

エリシアの前方に位置する2人はこちらへ向かって崖の段差を飛び移りながら迫る、向かいの崖に潜んでいた2人はこちらへ弓を引き狙いを定めている



『飛び道具と挟み撃ちだぜ、どうする?』


『こうするのさっ!』



向かいの崖から1射、2射と2本の矢が襲いかかる

1射目を盾で真上に弾き、目前に迫る2射目を回転しながら右手で掴む

そのまま相手に向き直り投げ返した矢は盗賊の肩に命中

真上に弾いた矢をジャンプして掴むと、そのままもう1人目掛けて投げ返し無力化した


その様子を目の当たりにして怯んだ残り2人を、また盾で殴り吹き飛ばす



『これでよし!』


『すげぇー……矢を掴んで投げ返すって凄すぎだろ』


『相手が弱いだけだよ、それよりも、っと……』



倒れた盗賊たちの1人を起こして話しかける



「あなたたちの拠点に案内なさい、首謀者と話があるの」


「ぐっ……誰がのこのこ連れていくかよ!ぐががっ!!」


「これは交渉ではなく命令だ、私とて人間相手にこれ以上の事をするのは本意ではない」



エリシアの右手の甲に付いている宝石から電撃が走っていた



「がっ、俺は口は割らっぎゃはっ!」


「うん、なかなか男気があるじゃない、盗賊にしておくのは惜しい……他の奴らは逃げてしまったようだが……」



逃げていく仲間の姿に力が抜けた盗賊は、観念したようにうなだれた



「観念したね、物分りが良くて助かるよ

私は法術は得意じゃないからね……では行こうか」


『(エリーこぇぇー!めっちゃ穏やかに尋問済ませたよ!エリーを怒らせないように気をつけよう……)』


『どうしたシン?黙ってしまって、あぁシンは戦いに不慣れだから怖がらせてしまったのかな?

安心して、大丈夫だから』


『お、おう……ち、ちょっとビックリしちゃっただけだから……

(言えない、エリーが怖かったなんて言えない……)』



相手の腕を極めたまま前を歩かせ盗賊の根城を目指す


エリシアにかかれば騎士団の到着を待たずに事は済むのではないかとシンジは感じていた


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