第22話『聖峰の渓谷 1』
聖フリオール王国をあとにしたエリシアとシンジは、東門より続く街道を進んでいた
「目指す神樹アルタナは、この街道を真っ直ぐ東へ進んで渓谷を抜けた先にあるんだ
アーシェラ様は国王と呼ばれているが、エルフたちの住む神樹のエリア自体は『国』として体を成しているとは言いづらい」
「どういう事?みんなよくエルフの国って言うけど、便宜上そう言うって感じ?」
「そういう事だね、まぁ私も知識としてしか知らないから何とも言えないんだけれど……アーシェラ様をトップとしたハイエルフたちが死者の魂を導く者としての役目を負い、普通のエルフたちは森の保全を主な役目としているらしいよ」
「エルフとハイエルフの違いがイマイチピンと来ないんだけど、行って聞いてみたらわかるか
それにしても見渡す限りの一本道だなこりゃ、迷わないのはいいけどね」
「ははっ、そうだな……大陸の東側は神樹の影響か魔物が出づらいんだよ、だから神樹の南側にある『沿岸工業都市ウェルヘイム』とは陸路での貿易が活発なんだ
他の国からも、一旦海路でウェルヘイムを経由して陸路で取引をする場合もあるくらいこの辺りは平和だよ
もう少し進めば行商人たちの休息地点にもなっている場所があるんだけれど、ちょっとした市場みたいで賑やかな場所だよ」
「エリーは行ったことがあるの?」
「重要貨物護衛任務で何度か立ち寄ったことがあるよ、目利きの行商人が掘り出し物を目当てに集まる場所でもあるから、雑多だけど活気があって私は好きだな」
「へぇ、バザーみたいな感じなのかな?なんか楽しそうだ」
「明日にはそこへ着くから、今日はこの先の小規模拠点で休息をとって明日少し立ち寄ろうか」
「うん、長い旅には寄り道も必要だね」
「まだ始まったばかりだけれどね、ふふっ」
聖剣の試練の時とは違い、馬を帯同しない旅なのでエリシアの荷物は最小限にとどめていた
食料に関してもそうなので、点在する小規模拠点は積極的に活用していかなければならない
前回のように事前にルートを申請している訳では無いので、駐屯する騎士団と一緒に使用する場面もあるだろうとエリシアは言っていたが、シンジからすれば完全に2人きりで夜を明かすよりも気が楽だと思えた
騎士団の頃から持ち歩いている拠点の位置を記した地図を片手に進み、最初の拠点にたどり着いたのは夕方頃だった
道中初日の拠点は誰も使用しておらず、以前と同様にエリシアの休んでいる間シンジは屋根の上から周りを見渡しながら夜を明かした
*****
「おはよう、シン」
エリシアの朝は早く、陽が昇って少しした頃には起きて外へ出てきた
「おはよう、エリー
相変わらず早起きだね」
屋根の上から見下ろし挨拶を交わして、エリシアの側へ降りていく
「前から思ってたのだけれど、シンは眠らなくても大丈夫なの?」
「今のところは大丈夫だよ、まぁ言おうとは思ってたんだけどこっちに来てから眠くならなくって……
たぶん俺が幽霊になってるのが関係してると思うんだけどね」
「そうなのか、ならアーシェラ様とお会いする時にその事も聞いてみよう
何かわかるかもしれないからね」
「うん、そうしてみるよ
今日はバザーに寄ったあとは谷を進むんだっけ?」
「そうだよ、そこで馬車を手配して谷を超えるんだ
今から用意をするから少し待ってて」
エリシアの身支度を待って2人は拠点をあとにする
街道を東へ2時間ほど進んだ頃、通り沿いにゲートが見えた
傭兵らしき2人組が門番をしており、木の柵で囲まれた内側はテントがひしめき合い多くの人が動いているのが見えた
「1人か?所属と姓名を教えてもらいたい」
門番の1人がエリシアに問いかけた
「エリシア・アウローラと言います、聖フリオール王国より参りました
旅の途中で寄ったのですが……」
「エリシア・アウローラ、エリシア……ってまさか!」
「おい!エリシアってあの『聖光の勇者エリシア』様だろ!どど、どうぞ!お通りください!」
「ありがとう、お勤めご苦労様です」
ニコッと笑顔で労うと、門番の2人は照れて恐縮しながら門を開けた
開いた門から中へと1人が声を上げる
「勇者様がおいでなさったぞーっ!!」
その声を聞いた人々はこちらへ目を向けると、エリシアの姿を見て歓声を上げた
「いやぁ、これは参ってしまったな……皆さん!お仕事の邪魔をしてしまって申し訳ない、お気になさらず続けてください!」
『ってこりゃすぐには収まらなそうだなぁ』
エリシアの指輪の中に入っていたシンジが言う
『私の事はもう各国に報せが行っているとは聞いていたけれど、邪魔をしてしまったかな』
『それは仕方ないんじゃないかな?とにかく、気を取り直して見てまわろうよ』
『そうだね……歓迎してくれるのはありがたいしね』
行商人たちは噂に聞く女勇者の姿に浮き足立ち、声援をかけたりサインを求める人もいたりと人だかりが出来ていた
その人たちに1人1人応えていると、奥の方から1人の老人が人混みをかき分けエリシアに話しかけてきた
「いやいや、騒がしくって申し訳ございません
これ、みんな!勇者様のお邪魔をしちゃならん、各々仕事に戻られい!」
その老人の号令に行商人たちは従い持ち場へと戻っていく
「みんな悪気はございませんのじゃ、お気を悪くせんでくだされや」
「とんでもございません、期待をかけてくださるのはありがたい事ですし
ところであなたは?」
「これは申し遅れましたわい、わしはここの商工会の会長をしておりますギランと申しますじゃ」
「これは会長殿でしたか、お初にお目にかかります」
「そのように畏まらんでくだされ、みんなからはギラン爺さんと軽うく呼ばれておりますわい」
顎に蓄えた立派な髭を触りながら笑顔で言った
「こちらへ寄ったという事は、この後は神樹アルタナを目指しなさるのかな?
とすれば渓谷越えに馬車がご入用でしょう、その馬車はわしが手配させてもらいますじゃ」
「お話が早くて助かります、行き帰りと合わせて3日間手配したいのですがお代は如何ほどになりますか?」
「いえいえ、お代は結構……」
「いやそれはいけません、お代はちゃんと……」
「代わりと言ってはなんでございますが、1つ頼まれ事をしていただきたいのですがの……
詳しい話は商工会所でさせてもらいますので、まずは付いてきてくださりますかの?」
交換条件を出てきたギラン会長の言葉に、まずは従うことにする
『さすが商売人、そりゃタダって訳にはいかないよなぁ』
『なに、困り事があるのなら力になるのも勇者たる者の務めというものだろう
まずは話を聞いてみないとね』
『まぁエリーがそう言うなら構わないんだけどね』
「どうかなさいましたかの?ご迷惑ならば断っていただいてもいいのですが……」
「いえ、まずはお話を聞かせてください」
ギランの先導でエリシアは人混みの中を進んで行った
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