第21話『勇者の凱旋 5』


「失礼します」



ノックをして名乗ったあとエリシアはシエナの執務室へと入った



「お待ちしていましたエリシアさん、どうぞこちらへ」


「私に渡したい物があると聞いて来たのですが」


「えぇ、なんとか間に合いましたので

気に入ってもらえると良いのですが」



そう言ってテーブルの上に被せてあった布を取ると

鎧が一式置いてあった

エリシアが普段使用しているのと同じように、動きやすさを重視した軽装の鎧だった


用意してあった胸当てと篭手、脛当ては全て白銀に輝き

右の手の甲に当たる部分には、指輪と同じような赤い宝石が埋め込まれている



「国王陛下の発案で、私とガイラス団長が制作指揮を執って作ったものです

あなたのスタイルに合わせて装甲は最低限にとどめていますが、装甲表面には『強固なる壁(グレートウォール)』と『風の翼(ウィングオブウィンド)』の術式を込めてありますので軽さと防御力を両立させた一点物ですよ」


「陛下が直々に……なんと光栄な事でしょう……」


「聖光の勇者が纏うに相応しいものを……との仰せでしたので、エリシアさんをよく知るガイラス団長に協力して頂いたのです

私も張り切っちゃいましたよ、早速着てみてくださいな」


「はい!本当にありがとうございます」



エリシアは新しい鎧に装備をしなおす



「おぉ……なんと軽やかな!今までの物も十分軽かったのに」


「術式が効果を発揮しているようでなにより、よくお似合いですよ」


「シエナ様、右手だけに付いているこの装飾は?」


「ふふ、そこは私からの贈り物です

『炎装(フレイムエンチャント)』『氷装(アイスエンチャント)』『雷装(サンダーエンチャント)』の術式を封じておきました

必要な時に聖剣にその術式を合わせることによって詠唱無しで力を付与できますよ

私の研究成果で自信作です!」


「そんな事が可能なのですか!?」


『凄いだろエリー、ハインラインさんが過去に使っていた術らしいんだけど

シエナさんは文献から再現したらしいよ』


『私は法術は得意ではないからな、これはありがたい』


「騎士の中にも剣術と法術を組み合わせる人もいるでしょう?それと原理は同じですよ、3種の術式から使うものをイメージすれば発動するのですが、1度試してみては?」


「では早速……」



エリシアはルートヴィッヒの聖剣を発動させ、掴んだ右手の宝石に意識を向ける



「……フレイムエンチャント!」



集中し術式を唱えると、手の甲の宝石から法術陣が現れ

剣の鍔から炎が噴き出し光の刃を覆う



「成功ですね、あなた自身の法力を使うわけではありませんから安心してください

ですが使用後はチャージする時間が必要なので連続使用は出来ません、そこはお気をつけくださいね」


「ありがとうございます!」


【シエナさん、もうひとつのアレ……見せてやってくださいよ】



盾の中からシンジが声を出した



「勿論わかってますよ、真打はこれからですからね」



待ってましたと言いそうな笑顔で部屋の奥から持ってきたのは、ハイエルフのアーシェラ王から貸与された宝具だった



「シエナ様、それは一体?」


「これは宝具『ソウルイルミネイト』、アーシェラ様から御貸与された死者の魂を実体化できる宝具なのです

これをエリシアさんに預けます、アーシェラ様との謁見の際にあなたからお返ししてください」


「魂の実体化……ならば昨夜はこれを用いてシンと話したという事ですか?そんな大それた物を私がお預かりしてもよろしいのでしょうか?」


「あなただから預けるのですよ、聖光の勇者エリシア

あなたの法力では短時間の使用しか出来ないでしょう、それに無闇に使うものでも無いのですが……せっかくですから今使ってみてはどうです?」


【そうだよエリー、今出るからさ】



盾から出てきたシンジはエリシアの横に浮かんでいる



「私にも扱えるのですか?……ならば……」



エリシアはソウルイルミネイトに手をかざし力を込めると、ぼんやりと明かりが灯り光のフィールドのようなものが部屋に広がっていく



「はい、それで大丈夫です

お久しぶりですシンジさん、昨夜ぶりですね」



実体化し見えるようになったシンジにシエナは微笑みながら手を振った



「昨夜はお世話になりました!どうかなエリー?」


「私には元から見えているから……けれどシエナ様が見えているという事は成功したんだね

それにしても……法力の消費が激しい、そんなに長くはもたないな」


「そんなになのか?じゃ一晩中使ってたシエナさんてほんとに凄いんだな!」


「いえいえ、私もお別れした後はすぐに眠ってしまいました

お話が楽しくて少しだけ無理しちゃいました、てへ」


「てへって!知らなかったとはいえすんません、無理させちゃって……」


「気になさらないで、それよりも早くした方が良いのではなくて?」


シエナはシンジに向かってウインクしながら言った



「シエナ様、早くとは何を?」


「何をってわけじゃないんだけど……改めてエリーと挨拶したくってさ

この先何があるかわかんないけど、きっと力になるから

これからもよろしく!」



シンジは手を差し出してエリシアに言う



「あ……うん!」



シンジの意図を汲んだエリシアは、照れながらもその手を取った



「私こそ改めてよろしく!

冷たい……けれど暖かい手だ……」


「昨夜は検証のために私もシンジさんに触れられるか試そうとしたのですが、『気を悪くさせてしまったならすんません、本は持てるのがわかったし最初はエリーと握手がしたいです……ダメですか?』って言われちゃいましてぇ」


「ちょ!ひっでーシエナさん、内緒って言ったじゃないっすか!」


「えっ!?本当なのシン?そっそんな……私と、その……

最初に触れるのがわ、私で……い、いいのか?」


「いや、あぁあの……その……ふ、深い意味はないんだけど……こっちに来て初めて良くしてくれたし、やっぱ最初はエリーと握手したくってさ……」


「あらあらまぁまぁ、2人とも顔が真っ赤ですよ

若いっていいですねぇ、うふふ」


「からかわないでください、ほんとにもう……」



エリシアの方はボフンと頭から煙を噴いたように恥ずかしそうにしていた

そこで集中が切れたのかソウルイルミネイトの灯が消えてしまう



「あら、シンジさんが見えなくなってしまいましたね

気を取り直して……ソウルイルミネイトは確かにあなたに預けました、しっかりお返ししてくださいね」


「は、はい!責任をもってお預かり致します!」


『妬いてしまった私がバカみたいではないか……シンの気持ちも知らないで

嬉しすぎて涙が出そうじゃないか……』



エリシアは気を取り直してシエナに別れを告げ部屋をあとにした



「シン……ありがとうね」


「ん?何が?」


「何がってとぼけないでよ、とても嬉しかったのだから……」


「あぁ、シエナさんバラすんだもん……めっちゃ恥ずかしいよ

まぁ俺とエリーはパートナーとしてやっていくんだから、やっぱりちゃんと改めて挨拶がしたかったんだ」


「うん、シンは本当に優しい男だな

頼らせてもらうよ」


「頼りないかもだけど、お互い頑張ろうね!」


「うん!」



少女のような屈託のない笑顔のエリシアに、シンジはその笑顔を裏切らないように頑張らねばと決意を新たにした





*****





数時間後、エリシアは国王の前に跪いていた

出立式典と同じメンツが謁見の間に揃っている



「聖光の勇者に相応しい鎧に仕上がったようだな、よく間に合わせてくれた」



シエナとガイラスが王に向かって敬礼をする



「過分なる贈り物を賜り、恐悦至極に存じます

陛下より授かりました名と鎧、そしてこの聖剣に誓って必ずや使命を成し遂げてまいります」


「うむ、必ずや成し遂げてくれると信じておる

予言によると、選ばれし戦士達はおぬしが勇者となった時に聖痕を授かったが、それはお主にしか見えぬものらしい

諸国を巡りその者達と協力して事にあたってもらいたい

さしあたってまずは神樹アルタナへ向かい、エルフ王アーシェラ殿に謁見するが良い」


「御意にございます」


「世界を頼んだぞ、聖光の勇者エリシアに光の加護があらんことを」



一同が敬礼し、王が部屋をあとにした



「よく似合ってるじゃねえか、勇者!って感じだな」



ガイラスがエリシアに声をかけてきた



「ありがとうございます、団長殿の見立てのおかげです」


「お前の戦闘スタイルを考慮して作らせたからな、シエナさんの協力があってこそなんだが」


「ガイラスさんのアドバイスのおかげですよ、私は剣術は門外漢ですし」



シエナが謙遜して応える



「エリー、凄く似合ってるよ!頑張ってね!」


「ありがとうございますアンナ様」


「王国の事は俺らに任せな、頑張れよ!」


「あなたは1人ではありません、その事を忘れずに」


「ありがとうございます団長殿、シエナ様」



そこへ珍しい人物が声をかけてきた



「エリシアさん、王政庁の職員は勿論、多くの国民もあなたを応援しています

またあなたの無事の帰還も願っています」


「ありがとうございますカムラン宰相、国民のみんなに伝えてください

必ず成し遂げてみんなの期待に応えますと」


「わかりました、お気をつけて」



いつも険しい表情だったカムランは微笑んで返した



『なんかイメージ悪いなんて思っちゃって悪かったなぁ

いい人じゃん』


『王国の政治を取り仕切る方だからな、お堅いだけでは職員も国民もついてこないよ

真面目で心ある方なんだよ』


「近くに寄ったら帰ってきてね、またお茶会をしましょう」


「喜んで、アンナ様

宜しければシエナ様もご一緒されては?」


「それは嬉しいお誘いですね、ガイラスさんはどうです?」


「いやぁ、俺はお茶より酒の方が性に合ってるかな

おいエリシア、その時は俺にも付き合えよ」


「わかりました、あまりお酒は強くはないのですが

是非お誘いください」



その場で少し話し込んだ後、エリシアは謁見の間をあとにした


城を出るとまた屋根無しの馬車が用意されており、出発地点の東門までの通り沿いには多くの民衆が詰めかけ

勇者の出立を祝って歓声が上がっていた



『すっげー人!』


『あぁ、力が湧いてくる思いだよ』



エリシアは民衆に手を振りながら、歓声に応えながら通りを進む


開放されていた門をくぐり、振り返って「行ってきます!」と声を上げると一際大きな声援が返ってきた


衛兵の号令で堀にかかった吊り橋が巻き上げられる

閉じた門の外側へも鳴り止まぬ歓声が聞こえていた



「いよいよだね、エリー」


「うん、目指すは神樹アルタナだ」


「勇者と幽霊の道中の始まりか、なんかワクワクしてきた」


「私もだよ、他の国へも初めて行くしね

さぁ行こう、シン!」



王国をあとにして世界の国を巡る旅に出る2人

大きな使命をおびながらも、まだ見ぬ国と新しい出会いに期待を込めてにこやかに歩き出した


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