第20話『勇者の凱旋 4』


アンナとのお茶会を終えた夜、エリシアは打ち合わせの為に宰相カムランの執務室へと出向いて行った

その間シンジは法術士の塔最上階、法術士長の執務室の前へ来ていた



『向こうは私室だったはずだからこっちの部屋だな』


「一応コンコン、失礼しまーす……」



シンジはいつもする様に声でノックをしてドアをすり抜けていく



『?……一瞬違和感があったような……』


「お待ちしていました、シンジさん」


「アレ?ガネシャさんは?

俺の事が見えてるんですか?」


「一応はじめまして、でよろしいでしょうか?うふふ」



シエナはおしとやかな笑を浮かべて言った



「驚くのはもっともでしょうが、この部屋に少々細工を施しまして……難しい話は置いておいて、今この空間限定ですがシンジさんを実体化させているのです

完全にとはいきませんが……そぉれ!」



おもむろに一冊の本をシンジへと投げる



「うおっとと……って、あれ!?」



反射的に受け取る形で広げた手に、本がすっぽりと収まった



「えっ!うそ、マジ!?本持ってるよ!」


「ふむ、結果は上々の様ですね」


「どうなってるんですか!?俺幽霊だから何にも触れなかったのに!」



シエナは背後の机の上に置いてあるランタンの様なものをシンジに見せながら説明する



「以前ガネシャが自分の師に文(ふみ)を出していたでしょう

事が事ですのでアーシェラ王にご相談なされたそうです

そこで、王が管理されている数ある宝具の1つである

この『ソウルイルミネイト』をご貸与して下さったのです

文字通り魂を照らすこの光で、死者の魂とコンタクトを取るための物です」


「……なんかよくわかりませんが、それがあれば俺はある程度実体として存在できると……でもなんでそんなものを?」


「どうしてその様な道具があるのか?という事でしたら、これからエリシアと訪れる事になるのでわかる事ではありますが、エルフの王であるアーシェラ様は死者の魂の導き手という役目も負っておられます

なぜこの『ソウルイルミネイト』をご貸与して下さったのか?という疑問については、本当ならアーシェラ様自らあなたと会わねばならないとお考えなのですが、やはりおいそれと他国へ出向かれる事の出来ないお方ですので、私に先にお話を伺っておいて欲しいとの要請なのです」


「ならそのアーシェラさんなら、なぜ俺がこの世界に来たのかがわかるって事ですか?」


「かもしれない……という事です

ですので、生前の事も含めて詳しくお聞きしたいとこちらへお呼びしたわけなのです」


「わかりました、そういう事でしたらなんでも聞いてください!」


「ありがとうございます、ではあなたの世界のお話からお聞きしていきましょうか」






*****





「…………とまぁ、こんな感じです」



2人の話は深夜に及んでいた



「俺自身は、俺の世界では特に目立つわけでもない普通の生活ではあると思うんですけど……」


「私には珍しい話ばかりで大変興味深いのですが、シンジさん自身はなにも心当たりがない……という事ですね?」


「えぇもうサッパリ、少しはこっちの事にも慣れてはきましたけど、なんで死んだ後にこの世界に来たのかってのは全く見当もつかないんですよね」


「ふむ……では少し視点を変えてみましょう

私どもの世界でいう法術のようなものは本当に無かったのでしょうか?」


「全く無いとは言いきれないかもしれませんが、世界の大多数の人はそれが想像の中でしか存在しないと思ってます

魔法とかそういうのは物語の中だけでしか出てきませんし」


「では、アーシェラ様の役割は掻い摘んで説明しましたが

シンジさんの世界ではその様な役割を担うお方はいらっしゃらないのでしょうか?」


「たぶん1番近いのは閻魔様じゃないかなって思うんですけど」


「エンマ様?それはどの様なお方なのです?」


「どんなお方っていうか……その人も実在はしないんです

物語の中というか伝え聞くだけというか……死んだ人を天国と地獄に振り分ける仕事をしているとか、嘘ついたら舌を抜かれるぞ、とか」


「……ではそのエンマ様と言うのは、そういう存在がいるから悪い事はしてはいけない……と諌めるための作り話という意味合いが込められていると考えていいのですか?」


「あ、そう、まさにそんな感じです」



全く接点のない異なる世界の文化を、シンジの拙い説明から読み解いていくシエナの思考にシンジは関心する



「たぶん国ごとに名前とかは変わると思うんですけど、似たような話はあるんじゃないかとは思います

てかシエナさんこんな説明でよくわかりますね!

上手く説明出来ないんでもどかしいんですが……」


「そんな事ありませんよ、興味深いお話ばかりで楽しいですもの」



そう言って微笑むシエナは優しい大人の魅力に溢れていて

シンジは見とれてしまった



「いやぁ、あはは……なんか恥ずかしいっすね」


「どうかなさいました?」


「あぁいえ、なんでもないっす!

話を戻しますけど、後は死神ってのもいますよ

またこれもいるって言うと語弊があるんですが実際にはいなくてですね……

死んだ人をあの世に連れていくってやつです

俺は死んだけど会ってないんですけどね」


「死神?そちらにも存在するのですか?」


「そちらにも……というとこっちには本当にいるんですか!?」


「えぇ、ですが実際に会った人はいないのです

死神とコンタクトが取れるのはハイエルフのアーシェラ様だけですから……でも1つ共通点が出てきましたね」


「他にもなにかあるかもしれませんね」


「まだ時間はたっぷりとあります、もっと色々お聞かせください」


「すいません、こんな事に巻き込んでしまい

忙しいでしょうし、貴重な時間を……」


「何を言ってるんです、シンジさんとお話するのは凄く楽しいですし勉強になりますよ

直接お話出来て嬉しく思います

宜しければこちらの世界の事も教えて差し上げますよ?」


「それは凄くありがたいです!こちらからもお願いします!」


「うふふ、素直なお方ですね、エリシアが気に入るのも納得です

私も普段からお話出来れば嬉しいのですが」



少しイタズラっぽい表情をしてそう言ったシエナに真意を図りきれずたじろぐ



「そりゃ俺も嬉しいですよ、まいったなぁ

でも以外ですね、シエナさんてもっと固いイメージだったんで」


「確かにそう見られている自覚はあります、だからまだ貰い手がつかないんですかねぇ?」


「そ、そんなつもりじゃないんですよ!でもエリーにもそうだと思いますけど、なんでこの世界の男はエリーやシエナさんみたいな女性をほっとくんですかね?

もったいないっすよ!」


「ならシンジさんが貰ってくださいます?」


「俺ですかっ!?めっちゃ嬉しいっすけど俺死んでるし、年の差もあるし……」


「年上の女はお嫌い?」


「いえいえ!そんな事は!男女に年の差は関係ないって言いますし、めっちゃ魅力的だと思いますし……」


「ぷっ、うふふっ……ごめんなさい、反応が可愛くってついからかいすぎちゃいました!

でもあなたとのお話が楽しくて嬉しいのは本当ですよ」


『この人こんな楽しい人だったんだ、見かけにはよらないって言うけど大人なのにおちゃめな人なんだなぁ』


「焦りましたよ、でも俺も楽しいです!」


「それは良かった、夜はまだ長いですし……手取り足取り色々教えてあげますよ」


「またまたぁ、もう騙されませんよ?幽霊相手にそもそも足無いっすもん」


「あっははは、これは1本取られましたね!

本当に楽しいお方です、さて……気を取り直して続きを始めましょうか」


「はいっ、よろしくお願いします!」






*****






シンジがホテルに戻ったのは明け方になっていた



「エリー、入るよ」



部屋の前で一言ことわりを入れてドアをすり抜け中へ入ると

エリシアはベッドではなく椅子に座ったままテーブルに突っ伏して眠っていた



「ん、んん……ふぁ、あっシン帰ったのか!

帰りが遅くて心配したんだぞ?」



普段着のまま、頬には組んでいた腕の跡が残った顔でシンジに言った



「もしかして横にならずに待っててくれたの!?

ちゃんと休まないとダメじゃないか、大事な体なんだから」


「あ、あぁ……すまない、少し軽率だったか

って私の事よりもシンに何かあったのではと思って心配していたんだ」


「お、おぅ……心配かけてごめん、待っててくれてたってのは凄く嬉しいんだけど」


「シエナ様とご一緒ならば心配は無いはずなのだが、やはりシンは普通の状態では無いのだから心配もするよ

大事な友人でありパートナーなのだから」



安堵の表情で言うエリシアにシンジは嬉しくもあり申し訳なくもあった



『やっぱり優しいなエリーは、心配かけちゃってほんと申し訳ない……今度から気をつけないと

この世界にも携帯があればちょちょいとメールで済む話なんだけどなぁ』


「ありがとうエリー、それはそうとシエナさんがあんな面白い人だなんて思わなかったよ」


「そうなのか?優雅で理知的な方だとは思っていたけれど、あまり深く話したことがないからな」


「俺も意外だったよ、すっげー頭良くて優しい人なのはイメージ通りなんだけど、時々子供っぽいというか」


「あはは、それは本当に意外だな

その様な姿を見る事もないからな、シンが相手だからかな?よく考えれば勇者様は別として、シンと話せるのは女性ばかりじゃないか……」


「あっほんとだ……エリー、ガネシャさん、アンナ、シエナさん、後はアーミラさんか……」


「そう言えばガネシャ様から以前の手紙の話はされたの?

その辺の話をしていたんじゃないかと思うんだけれど」


「そうなんだけどガネシャさんはいなかったよ」


「ならばどうやってシエナ様とお話されたのだ?」


「それについてはシエナさんからエリーに渡したい物があるから昼前にでも顔を出してほしいってさ

絶対ビックリするぜ!」


「それまでは秘密というわけ?楽しみだな

午後からは国王との謁見があるから、それまでに出向こう」


「おう!それまで横になって休んでな、まだ朝早い時間だし

睡眠不足は美容の敵って言うぜ?」


「そうなのか?それは大変だな

…………(シンに褒めてもらえなくなるではないか)」



少し頬を染めたエリシアはボソッと呟く



「ん?何か言った?」


「い、いやいや!なんでもないよ!シンの言う通りだ

人間きちんと休まなければな!」


「後で声かけてあげるからそれまで眠った方がいいよ

俺は隣の部屋にいるから、ちゃんと着替えてベッドで横になるんだよ」


「う、うん……言う通りにするよ

ありがとうシン、少し休むね」


「うん、おやすみエリー」


「おやすみシン、また後でね」



ドアをすり抜けていくシンジを見送ったエリシアは、自身の不幸な境遇にも関わらず素直に人を心配してやれるシンジの優しさを感じていたが

アンナやシエナとも容易に打ち解けて仲良くなっていく事にモヤモヤしていた



『あのシエナ様がこんなにすぐ気を許すなんて……もしかしたらシエナ様はシンに惹かれて?

いやいや……だとしてもなんだと言うのだ、妬いているのか?私……

…………なんだか思考がおかしな事になってる、睡眠不足のせいかな?

シンと私は勇者様に選ばれたパートナー同士じゃないか、助け合って頑張らなければ…………少し寝よう……』



隣の部屋のシンジは、そんなエリシアのモヤモヤに気付くわけもなく

まだ見ぬ世界への旅の始まりに不安と期待を抱きながら

朝焼けの空を眺めていた


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