第19話『勇者の凱旋 3』


勇者となって帰還したエリシアは多忙だった


帰還したその日に騎士団長との手合わせがあり

その後はシンジはアンナとの歓談を楽しむ中

エリシアは役所で手続きやらなんやらの雑務に追われた


翌日はシンジも同行しての聖剣の調査のために

法術士長シエナを訪ねていた

シンジの存在を明かさないわけにはいかない為、ガネシャも同席して細かく調べていた


過去3人の勇者が携えた聖剣については資料が残っていた

ルートヴィッヒはオーソドックスな細身の長剣

ハインラインはこの世界では珍しい、野太刀のような片刃で反りがあり全長は身の丈ほどの長さの刀

ダンテは刺突に特化したランス状のものと、体をすっぽり隠せるほどの大きな盾を持っていたと伝わっている



「だとするとシンジさん、騎士団長との手合わせの際に盾に纏った力はハインライン様の力で間違いありませんか?」



シエナからの問にシンジはエリシアの盾の中から応えた

姿はシエナからは見えないが、盾に入った状態でなら他の人にもシンジの声が届くらしい


【あの一瞬でわかったんですか?確かにハインラインさんに力をお借りしましたけど】


「ハインライン様は剣士としてのみではなく、法術士としても高い能力を持っていたと伝えられています

あの長大な剣の一撃を弾いたのはまさに、最も習得難度の高い術の一つである『鏡装(ミラーリフレクト)』と見受けました」


「ハインライン様以降その技を修得されたのはシエナ様だけじゃがの」



ガネシャが誇らしげに語る



「ワシも修得を試みてはおるがまだまだ未完じゃわい」


「ガネシャは私以外では最も修得に近い術士、流石エルフを師に持つだけの事はあります

本題に戻しますが、シンジさんが勇者様方の仲介として能力を行使するとすれば

エリシアさんの持つ聖剣はその都度形態を変化出来るという事でしょうか?」


【多分そうだと思います、ルートヴィッヒさんは慣れてくれば自在に変化させながら戦えるようになるだろうって言ってました】


「よろしければ1度試してみて頂けますでしょうか?」


【エリーはどう思う?無理はしない方がいいと思うけど】


「確かに昨日の手合わせの後、思いのほか体力を消耗していたけれど

試してみる価値はある、いきなり本番というのも心許ないし……」


【ちょっと待ってて………………

エリー、少しだけならやってみようってハインラインさんが】


「待ってくださいシンジさん、今ハインライン様とお話になったのですか?

勇者様方と私で話す事は可能なのでしょうか?」


【んーー、それは多分無理ですね……

過去の勇者さんが俺みたいに表に出るにはエリーに相当の負担になりますし、よほど重要な事でない限り助言みたいな事はしないって言ってました

基本的には自力で進んでほしいと】


「なるほど、その為のあなたなのですね

それに、おいそれと助けを求めるのは自助が足りないという事でしょう……」


「勇者様方の深いお考えがあっての事でございましょうのぅ

身につまされますわい」


「ガネシャの言う通りですね

では早速やってみましょうか」


「わかりました、少々お待ちください

シン……よろしく頼むよ」


【オッケー!いつでもいいよ】



エリシアは剣の柄を握り意識を集中すると

シンジを介してハインラインの聖剣の姿がイメージとして送られてくる



『これか……』


『いける?エリー、ルートヴィッヒさんのよりも力の放出量が多い分、形状固定にかかる集中力の負担が大きいよ』


『うん、とにかくやってみるよ』


「……いきます」



一気に引き抜いた聖剣の刃は、ゆるく弧を描く片刃で

刃渡りは150cm程になり、光が柄尻から伸びて聖剣の柄を延長している

その野太刀を振りやすくするためか、左腕の盾は肘から手の甲までを覆う籠手に変化していた



「これは!盾まで変化しましたね……興味深いっ!」


「シエナ様、落ち着いて下され」



なだめるガネシャをよそに鼻息荒く興奮するシエナ


エリシアは右手を鍔の下に、左手は光る柄を握り正眼に構えて集中していた



「それにこの剣はまさにハインライン様が振るったと言われる剣にそっくりです、とすればダンテ様の剣を発動させればその様に変化するという可能性は高いわけですね」



ふむふむとエリシアの周りを回りながら、エリシアの構えた剣と左腕の籠手を観察する



「くっ……そろそろ限界です……」



野太刀の形を保っていた聖剣は霧散し柄だけになり、篭手も元の盾の形に戻ってしまった



「はぁっ、はぁ……」



【大丈夫?結構キツそうだけど……】


「大丈夫だシン、まだまだ鍛錬が必要な様だ……

形状を保つのに精一杯で振るう事もままならないよ」



ふむ、としばらく考え込んだシエナは何かを思いついた様でエリシアに切り出す



「エリシアさん、シンジくん……私に1つ考えがあるのですが……」






*****






シエナのもとを訪れてから数日

その間はシエナの研究に協力したり、鍛錬場で非番の隊長を捕まえて訓練をしたりして過ごした


今は王族の塔と法術士の塔の間にある庭園で、アンナが用意したお茶会に訪れていた



「お茶会って言っても俺ら3人だけだけどなぁ」


「なんか文句あんの?申請通すのに結構苦労したんだから感謝しなさいよ」


「そうだぞシン、姫様のお取り計らいでかような席を設けていただいたのだから感謝せねばならんぞ」


「エリーまだ固ーい、敬語を止めてとまでは言わないけど

もうちょっと砕けてくれた方が嬉しいな」


「左様でござ……いや、そうですね

アンナ様、今日はありがとうございます」


「私がやりたくて開いたお茶会なんだし気にしないで

シンから話を聞いてて、エリーとお話がしたかったんだ」


「シンいったい何を話したんだ?」


「何って……強くて真面目で優しくて、可愛い女の子だって言っただけだよ」


「ま!またおま、お前は……まだそういうのに慣れんのだ

あまりからかわないでよ……」


「あははっ!ほんとだ、エリー顔真っ赤だー」


「アンナ様まで!アンナ様の方こそ、『素直になれば可愛らしい女の子なんだよなぁ』ってシンが言ってましたよ?」


「っ!なっ、何言っちゃってんのよシンのくせに!

アンタに褒められたってべっ別に気にならないんだから!」


「ふふっ、アンナ様お顔が赤くなっていますよ?」


「おぉー、エリーがやり返した……てか本人がいる前で俺の言葉を披露すんの止めて?小っ恥ずかしいぜ」


「私とていつまでもやられっぱなしではないぞ」


「胸張って言うことかよ、標的変わってるし」


「ね、ねぇエリー……」



胸を張ってドヤ顔をしていたエリシアをじーっと見ていたアンナが言いづらそうに聞く



「はい?どうしました?」


「どうやったらエリーみたく大きな胸になるのかな?」


「「ぶふっ!!」」



いきなりの突拍子もない質問に噴き出す2人



『めっちゃ純粋な目をして聞いてる……どうしたらっつっても……確かにエリーって背が高いわけじゃないけどスタイルめっちゃいいし、今日は鎧来てないもんなぁ』



「ど、どうやったらと言われましても……体が鈍らない様に毎日訓練を欠かさない、とか……

アンナ様はまだお若いですし、これからまだ成長すると思いますよ?」


「ほんとかなぁ……ママもちっさいもんなぁ……」


「そ、そんな事は……」


「アンナ、エリーがコメントに困ってるぜ

それに大きさなんて気にしすぎなくてもいいと思うよ」


「ほ、本当にそうかな?シンは小さくてもいいのか?」


『……まぁどちらかと言えば大きい方が……じゃねーや』


「あ、あぁ気にならないさ」


「何やら間があったぞ?シン……」


「気のせい気のせい、それにアンナはアンナじゃん

アンナはエリーになれないんだし、エリーもアンナにはなれないんだから」


「そうか……ありがと、シン」


「シンの言う通りですよアンナ様、なにも気に病まれる事はありません」


「エリーもありがと、ところで気になってたんだけど

鎧を着てないのはいいんだけど聖剣は持ってないの?

どこかに預けてきたのかな?」


「いい所に気がついたな!すげーんだぜ!」


「何がすごいってのよ?」


「アンナ様、これを……」



エリシアは左手の中指にはめた指輪を見せる



「綺麗な指輪、赤い宝石もかわいいね!

でもそれがどうかしたの?」


「シン」


「おうよっ!」



水平に伸ばしたエリシアの腕の先、指輪の宝石へとシンジが吸い込まれるように入っていくと

指輪が光を発し、赤い宝石の装飾がついた盾が出現した



「うわぁ!なにそれ凄い!盾が出てきたっ!」


【すげーだろ!シエナさんが考えてくれたんだぜ】


「常に盾を持ち歩くのも大変だろうとシエナ様が取り計らって下さってね

『形態変化(トランスフォーム)』の術式を組み込んだ上で

シンをトリガーとして変化出来るようになったんですよ

盾に戻すだけなら私が解凍術式を詠唱すればいいんですが」


【俺が宝石に入った時点で自動的に解除されるらしいんだ

これでどこかに預ける必要も無くなって安心って事だね】


「へえー、やっぱりシエナさんは凄いなぁ

私も一応法術習ってるんだけど、そんな難しいのはまだ無理だもんなぁ」


【アンナも法術っての使えるの?この世界の人はみんな使えるのかな】


「そりゃみんなって事は無いって、ある程度は資質が必要だし」


「その中でもアンナ様は今のお歳を考えると相当レベルが高いそうだよ、ガネシャさんが将来が楽しみだって仰っていたよ」


【へー、人は見かけに寄らないんだな】


「コラっ、流石に失礼だぞ」



エリシアは盾をコツンと叩いて諌める



「ほんとに失礼!けどまぁコイツの失礼は今に始まった事じゃないから別にいいけどね

あぁそうそう、昨夜予言の夢を見たの!今それについて偉い人が会議してると思うから明日には正式に通達があると思うよ」


【サラッとすげー事言うな!】


「ならば、とうとう旅立ちの日が決まったという事ですね」


【どんな内容だったの?】


「こらシン、あくまで予言は王から下知されるものだ

今ここでおいそれと聞いて良いものでは無い」


【おぉそうだった、すまんアンナ、気にしないで】


「私も言っちゃいたいんだけどそうもいかないからねぇ

まぁ次はいつになるかわからないけど、エリーが戻ったらまたお茶会開こうよ!」


「えぇ是非、友人として楽しみにしてます」


【俺もセットになってんの忘れないでくれよな】


「あー、ついでになら来てもいいわよ」


【ひっでー!】


「あははっ、冗談だよ!

私の初めての友達なんだから、いなかったら承知しないよ」


【ははっ、俺も楽しみにしてるよ】




その後は日が傾くまで歓談が続き、お茶会の終わりを惜しみながら別れた


宿……と言うよりも高級ホテルと言った方が正しい様な建物に入ると、カウンターでボーイから手紙を渡される



「シエナ様からだな、なになに……」



盾から出ていたシンジはエリシアの肩口から手紙を覗き見るが文字が全く読めなかった



『言葉は通じるのに文字は全然違うんだよなぁ……さっぱり読めねえや』


「シン、私はカムラン宰相の所へ出向かねばならんようだ」


「そうなの?なら俺はまた中に入ってたらいいのか?」


「いや、シンは1人でシエナ様の元へ出向いてもらいたい

何やら少し話したいとの事だよ」


「ふーん、でも盾に入ってないと俺の声聞こえないんじゃなかったっけ?」


「確かにそうなのだが、もしかしたらガネシャ様も同席なさるのかもしれん」


「あぁそれなら大丈夫か、まぁとりあえず行ってくるよ」


「うん、行ってらっしゃい」



小さく手を振るエリシアに挨拶をしてシンジはその場を離れた



『塔の場所は覚えているし迷いはしないだろ、でも俺に話ってなんなんだろ?』



ぼんやりとそんな事を考えながら、オレンジ色の空をふわふわと飛んで目的地へと向かった


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