第18話『勇者の凱旋 2』


騎士の塔と宰相の塔との間、城壁内側の広い敷地が騎士団の鍛錬場になっている


エリシアが出向いた時には団長ガイラス他、噂を聞きつけた大勢の騎士たちやシリウスを含む数名の隊長たちが駆けつけて観戦しようと盛り上がっていた


他には法術士長シエナと部下の研究員数名、ガネシャの姿もあった

アンナは護衛の衛兵を引き連れて優雅に傘をさしてもらっている



「おいでなすったな、勇者殿……」



仁王立ちのガイラスの右側には、太く長い大剣が地面に刺さっている

右手で掴んでいる柄の先と地中の剣先を考えても、2mはあろうかというガイラスの体躯よりも長い剣だった



「団長殿、それは!?」


「お前は見るのが初めてだったか?これが数々の死線をくぐり抜けてきた俺の相棒だ、勇者の聖剣を相手に適当な武器でやり合うのは失礼ってなもんだからな」


「私も久しぶりに見ますよ、団長が本気になるかもしれない所を……」



素で笑顔のような表情のシリウスは嬉しそうにそう言った



「おいシリウスよぅ、俺が本気になれるのはヤツだけだ

わかってるだろ?

それとも……予言の勇者が俺を本気にさせてくれるのかな?」



そう言ってエリシアに向き直ったガイラスから、張り詰めるような圧力が飛んできた



『っ!!?なんという気合い……臆するな……ここで気圧されてはだめだ!』


ガイラスから発せられる圧力を真っ向から受けつつ、1歩ずつ前へと進む



「いいねぇ!俺の闘気を浴びながら前に出れるなんざ数える程しかいないぞ!やっべテンション上がってきた」


「あら〜、これはもう私でも止められないかも知れませんねぇ」


「シリウス!はなから止める気なんて無いんだろう?

そろそろ行こうか……エリシアっ!」



地面に刺さった大剣を引き抜き一気に突進をかける

剣の鋒(きっさき)をジャリジャリっと擦りながら一直線に巨体を走らせ、その勢いのまま軽々と大剣を右手だけで水平に振り抜く



「早っ!くっ!!」



飛び込んでくる質量の塊を受けきれるとは思わなかったが

避けるタイミングも逃している事に、半ば諦めとともに腰だめに盾を構えて防御の体勢をとるエリシア



「そんな細腕でっ!!」



鉄塊の巨剣を打ち込みエリシアを吹き飛ばすつもりでいたガイラスだが、弾かれたのはガイラスの方だった


盾に巨剣が触れた瞬間、打ち込んだ力と同じ量の反発力で弾かれた剣に体を流される



「おーっとっと……マジかよ、なんだよその盾は」



事態が把握出来ない観衆は息を呑む

そんな中シエナは直撃の瞬間に盾に張られた力に気付き、その盾を注視していた



「全く衝撃を感じなかった……シン、何かしたのか?」


『さっきルートヴィッヒさんから聞いたんだけど、今エリーの持ってる剣はルートヴィッヒさんの力を使ってるだろ?

残りの2人は待機してる、って事は2人の力は余ってるって事だから防御に使えるんじゃないか?ってさ』


『それでか……あんな鉄の塊を受けきれるとは思いもしなかったよ』


『だから俺が仲介になって、盾にハインラインさんの力を使ったってわけ

ただ問題があって……』


『問題?』


『同時に2人の力を常時使うのは負担が大きすぎるんだって

だから防御する瞬間だけ盾に力を流すのはどうだろうってルートヴィッヒさんは考えたんだ』


『なるほどね、手を焼かせて済まないなシン

なら防御は任せていいか?』


『もちろん、その為の俺だからな

でも長時間は持たないぜ、エリーに負担もかかるし俺だって初めてだからさ』


『あぁ、わかった……私を守ってくれ、シン』


「どうしたエリシア……来ないならまたこっちから行くぜ?」



体勢を整えたガイラスが構える



「いえ、今度はこちらから……行きますっ!」



盾を前に構えガイラスに向かって駆け出すエリシア

それを受けて右手で大剣を高く掲げたガイラスは、迫ってくるエリシアに向けて一息に振り下ろす



「ぬうん!」



振り下ろされた大剣を盾で受けずに回転しながら躱すと

大剣が地面にめり込んだ衝撃で体の軽いエリシアは宙に浮いてしまう



「せぇいっ!」



宙に浮いたまま翻って光の剣を振り下ろすが

大剣から手を離したガイラスは紙一重でその剣筋を躱しざま

左拳で殴りかかった


『ここだ!』


シンジが意識を向け盾で拳を防ぎ、その拳を弾くが剣を弾かれた時ほどの反発力を感じなかったのをガイラスは確認した


エリシアは着地するとすぐにバックステップで距離を取り構えをとる



「やっぱりな……打ち込んだ力と同じ力で跳ね返されるみたいだな、どういう理屈かわからないけどな」


『もうバレた!?勢いだけじゃねえのかよこの人!』


『1万の騎士を率いる男だぞ、勇猛さと聡明さを併せ持つ

私の尊敬する人だ……』


『半端じゃねえな、どうする?』


『どうするもこうするも……全力でぶつかるしかないな!』



ガイラスが剣を取る前に踏み込んで連撃を仕掛けるが

全てを見切られ躱されてしまう



『剣から引き離しはしたが、こうも当たらないのか!』


「俺を剣から遠ざけたところでどうにかなるとでも?」


「いえ、でもこれならどうです?」


「!?」



聖剣を逆手に持ち高速で回転しながら切り込む


横、縦、横とまさに縦横無尽に聖剣を振り抜く様は

剣の光が尾を引き輝く螺旋を描いていた



「うぉ、くっ!」



全てを避け切ることは出来ず、鎧に傷が増えていく



『浅いっ!あと少しがこれ程遠いのか!』



「はぁーっ!」



更に回転を増して切り込んでいくが、エリシアはここへ来てやっと気付いた

ガイラスは攻撃をやり過ごしながら、自らの相棒である鉄塊の巨剣の元へと誘導していた



「なめんなぁーっ!!」


「せやぁーっ!!」



片手で大剣を引き抜き、エリシアの連撃をその鉄塊で受け止めるが

聖剣の光の刃が大剣を切り進んでいく



「!?」



咄嗟に剣を離しガイラスは距離をとる

聖剣が大剣にくい込んでいるため、エリシアは重みで体勢を崩した



「……ったくよう、なんてシロモノだよ

あのままやってりゃ俺の相棒が真っ二つだったぜ

だがこりゃ打ち直しかな?」



光の刃を解除し、崩れた体勢を整えたエリシアは聖剣を盾に収める



「あれだけ打ち込んだのに一太刀も届かなかった、流石です団長殿」


「アレはお前のオリジナルだな?いつの間にあんな技を」


「剣の舞、と名付けた技です……全て躱されましたが」


「俺じゃなきゃアレでカタはついていただろうよ

久々に楽しめたぜ、いい技だ」


「ありがとうございます!」



敬礼して応えるエリシアにガイラスは笑って言う



「はははっ!お前はもう騎士じゃねえんだから敬礼なんざいらねえよ

まぁ今回は引き分けって事にしとこうや!」


「そんな……私の負けです、今の私の全力をぶつけました」


「俺だって2度も相棒を手放したんだ、大したもんだぜ

みんなぁー!!勇者エリシアはこの俺と渡り合う戦士だ!

エリシアの文句を言うやつは俺が相手になーる!!

わかったかーっ!!」


「「おおーーっ!!」」



ガイラスが観衆に声を上げると、ガイラスとエリシアを讃える声が怒号のように響き渡った



「ありがとうございました!」



礼を述べたエリシアは観衆に手を振り応える



「お疲れ様でした、見事な戦いでした」



法術士長シエナが声をかけてくる



「ありがとうございますシエナ様」


「今日のところはお休みになって、明日にでも私のところへ来て頂けますか?」


「是非伺わせて頂きます、敵を知る前に己を知らなければいけません」


「立派な心がけです、では明日に……」



去っていくシエナと入れ替わりにアンナが声をかけてきた



「鬼気迫る手合わせでした、わたくしも興奮してしまいましたわ」


「光栄にございます姫様」



エリシアはアンナに近づき声を潜めて言う



「後ほどシンジをそちらへ向かわせますゆえ、ごゆるりとご歓談下さいませ……」


「えっ?あ、あの……うん、あ……ありがとう」



顔を赤くした初々しい反応にエリシアは微笑む



「シンはこの世界の者ではありませんので、ご無礼をはたらくこともあるとは思いますが

心根の優しい者です、御容赦下さいませ」


「そ、それは……わかる、気にしてない……

よ、良かったらエリシアも来ぬか?」


「お気持ち痛み入ります、ですが雑務が残っておりますので

またの機会に是非、シンジと共に伺わせて頂きます」


「そっか……絶対来てね、待ってるから」



丁寧な言葉ではなく、年相応の屈託のない言葉と笑顔でエリシアに話すアンナ



『シン、アナスタシア姫様はこんな笑顔で笑うのだな……』


『あぁ、話せば普通の女の子だよ』


『姫様に対して普通の女の子などと……いや、それこそがアナスタシア姫様の望む友人としての接し方なのだろうな』


『そーゆう事、だから今度はエリーもアンナと色んな話をしてやってよ、きっと喜ぶよ』


『そうか……私にはいきなり砕けて話すのも畏れ多いのだが、できることならそうしてあげたいと思うよ

姫様がそうしろと命じなくても、自分の気持ちでね』


『そうそう、エリーなら大丈夫だよ

女の子同士いい友達になれると思うよ』


「どうした?エリシア」


「いえ、今シンに言われました

私なら姫様ときっといい友人になれるだろうと」


「……よいのか?……迷惑ではないか?」


「今の私は騎士ではありません、一国の姫君と勇者が仲良くしていても不敬とまでは言われないでしょう

姫様が良いと仰って頂けるのなら……ですが」


「ありがとうエリシア!今までずっとお友達なんていなかったから……すっごく嬉しい!」


「素敵な笑顔でいらっしゃいます、流石にシンのようにすぐにざっくばらんにとは行きませんが……こちらこそよろしくお願いします」



エリシアは手を差し出すと、アンナは晴れやかな笑顔で握手で応えた



「では私はこれにて失礼します

シン、出てきていいよ」



盾の宝石の部分からスルッとシンジが出てくる



「なに?シン、そんな所にいたの?

全然見えなかったからどこにいるのかと思ってたけど!」


「びっくりしただろアンナ、詳しい話は後でゆっくりとな」


「うん!色々聞かせて!」


「シン、私は用が済んだら城下街北側にある大きなホテルに滞在する事になるから、夜にこちらへ来てくれ」


「わかった、詳しい場所はアンナに聞くとするよ

またあとでな!」


「うん、またあとで」



他の人にはシンジが見えない為、アンナに一礼しつつ小さく手を振って去っていった



「では、戻りましょうか」



アンナはお付の兵士に声をかけて

シンジにこっそり『ついてきて』とウインクを飛ばした

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