第14話『古《いにしえ》の英霊と現《うつつ》の幽霊 1』


一夜明け、晴れ渡る爽やかな朝

屋敷の前には軽装の鎧を着込み、腰に剣を携えたエリシアが立っていた



「おはようエリー、昨夜はゆっくり話せた?」


「おはようシン、久々にゆっくり話したよ」


「そう言えばエリーのご両親は何してる人なの?」


「言ってなかったね、私の両親は城務めの役人だよ

仕事が忙しいのと、私が15歳の時に騎士団に入団してからは離れて暮らしてたからあまり会う事はなかったのだけれど」


「そうなんだ、心配してたんじゃない?」


「まぁそれなりにね、でも私が騎士になった時から理解はしてくれているよ

シンの方こそ昨夜はどうしていたの?」


「まぁ俺はフラフラっと……というかフワフワっとうろついてたんだけど、前にエリーが好きだって言ってた噴水の広場で考え事してたよ」


「なにか悩みでもあるのか?」


「悩みって言えば悩みっぱなしさ、逆に何に悩んでいるのか整理しようとしてたって感じかな

なるようにしかならないんだろうけどね」


「それもそうか、これからは一緒に行くと決めたんだ

いつでも話を聞くよ、友人としてね」


「ありがとう、それでこれからどうするの?」


「これから北の大門へ行って預けていた荷物と馬を受領して、そこから出発だね」


「いよいよか、頑張ろうね

きっとエリーなら上手くいくよ」


「そうなれるよう努力するよ

アテにしているよ、シン」



エリーは右手をあげてこちらに微笑む

その右手にシンジが左手を合わせ、触れられない手でハイタッチした


こちらが幽霊で、触れる事が出来ないことを気にせずに手を向けてきたエリシアの気持ちにシンジは嬉しく思う



北の大門へ向かう最中、すれ違う人々が試練へと向かうエリシアに声をかける

大門に近づく頃には人だかりが出来ていた



「エリシア様がお越しでーす!皆さん道を開けてくださーい!」



警備の兵が声を上げると、集まっていた民衆は別れて道を開け歩いてくるエリシアを応援する


「頑張ってくださーい!」

「女勇者さまのお通りだよ!」

「エリシアさまー!頑張ってー!」


大人も子供も手を振りながら声を上げていた


『こんなに沢山の人達に応援されて凄いなぁ

それだけみんなの期待がでかいって事だよなぁ、まだイマイチピンとこないけどこの世界の命運がかかってるって事だもんな……俺もに出来ることを見つけないと』


大門の前まで来ると騎士団長ガイラスを筆頭に、10人の千人隊長が勢ぞろいしていた



「おぉエリシア!待ってたぜ!

みんなを引き連れて見送りに来たぞ!」


「ガイラス騎士団長殿、それに皆さん……本当にありがとうございます!

王国騎士団の名に恥じぬよう、身命を賭して事に当たります!」


「ははっ、もう堅苦しいのはいいって

お前はもう俺の部下じゃねえ、この世界を救う勇者になるんだから」


「ですが、あなたが尊敬するお方なのは変わりません

これからもこの国の騎士達を導いて下さい」


「任せときな、お前ほどの騎士がいなくなるのは騎士団にとって損失だ

必ず成し遂げて埋め合わせをしやがれ!」



豪快に笑いながらガイラスは言う



「そのお言葉、深く胸に止め邁進致します」



胸に手を当て敬礼しながらエリシアは応えた



「では、行ってまいります!」


「あぁ行ってこい!」



大門まで進むと城門警備の兵から、荷物を載せた馬を受け取り外へと出ていく

都市の周囲を囲む堀にかかる吊り橋を渡り終えると

外壁から繋がる鎖が巻き取られ、釣り上げられた橋が大門を覆い隠した


その門の内側、見えなくなった仲間たちに向かってエリシアはもう一度敬礼して

踵を返し歩き出した



「外から見ると要塞みたいだな」



固く閉ざされた大門とそびえる外壁を見上げてシンジが言う



「ここから先は魔物がうろついているからな

だが周辺警備の騎士たちがあちこちにいるから、基本的にそこまで危険はないよ

当然、遠ざかるほど危険はますけどね」


「目的地はここから遠いの?」


「そうだな、「聖剣の祠」はこの大陸の北端にある

平野続きだからそこまで険しい道のりではないよ

いくつかの小規模拠点を中継しながら、1週間ほどで着く予定だよ」


「そうか、ちょっと緊張してきた」


「なぜシンが緊張するんだ、ちょっとした旅気分で気楽に行こう」


『俺が緊張してんのは往復で2週間も二人っきりだってとこだよ!あ〜、幽霊なのが良かったのか悪かったのか……』


「逆にエリーは落ち着いてるよね、ていうか楽しそうだし」


「あはは、正直に言うとな……私は気ままな旅人に憧れていたのだ」


「そうなの!?騎士が天職みたいな感じだったけど?」


「もちろん騎士の仕事は望んでなった道だ、今でも誇りを持っている

ただ、現役を退いたら要職につかず旅に出ようとは考えていたんだよ」


「へぇー、エリーならもっと上を目指して団長とかになっても不思議じゃないと思うけど」


「それは流石に……千人隊長になれただけでも過分な出世だったよ

この「聖剣の試練」の候補に選ばれるなんて事は想像もしていなかったけどね

もちろん選ばれたからにはやり遂げてみせる

でもまぁずっと気を張っていても良くはないだろう?

気ままな旅人になりたかった夢も限定的にではあるが叶ったと思えば嬉しくもなるよ」


「そりゃそうだな、その旅のお供が俺みたいな幽霊なのも色気のない話だけどな」


「何を言う?一人旅もいいかと思ったがシンと一緒に行く方が楽しいに決まってる、改めてこれからよろしくね」



その後はエリシアは馬に乗り、歩くよりも少し早い程度のスピードで進んでいく

日が傾き、最初の小規模拠点が見えてくるまで特に魔物の襲撃を受ける事も無く、景色や会話をを楽しんだりと穏やかな道中だった



「あれが言ってた拠点?」



木の柵で囲まれた敷地の中には、小さなログハウスの様な物が2棟建っているのが見えた



「そうだよ、最大10人休むことが出来る

都市の周辺にいくつも設置されていて、周辺警備で遠征する時にここを利用するんだ

食料も常備されているしね」


「だから荷物が少なくて済んだんだね

じゃあそこにも当番の騎士さんがいるって事?」


「ほかの所にはちゃんと配備されているけれど、私が今回利用する予定の拠点は事前に知らせてあるから、あそこには誰もいないよ」


『マジかよ!?まだ誰かいた方が良かったぜ

本当に二人っきりじゃん!』


「ん、どうした?」


「いやいや!なんでもないよ!とにかく今日はきっちり休んで明日からに備えよう!」


「もとよりそのつもりだが……おかしな奴だな」



笑いながらそう言うエリシアに、「二人っきり」という事実を認識させるのはよしておこうとシンジは思った


『エリーが変に気にするのもアレだしな……

俺の気にしすぎってのもあるだろうし』


ともあれ奇妙なコンビの旅は始まったばかり

何事も無く、滞り無く、大事無く……済めばいいのだがと

楽しそうなエリシアを横目に、この先の旅を案じるシンジだった


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