第10話『予言の王とお姫様 1』


あれから数日が経ち、シンジは騎士としての仕事に追われるエリシアについてまわる形でこの世界の人々の生活を知っていった


まず感じたのはこの世界の文明レベルは元いた世界よりも低いという事

まさに中世ヨーロッパ風というか、なんちゃらクエストのようなRPGの世界観が近い

厳格な封建制、王に仕える騎士たち、街の人々の暮らしぶり

外には魔物がうろついているし、「法術」と呼ばれるゲームで言うところの魔法が普通に存在している

まだ見てはいないがエルフ族という人間とは違う種族もいるらしいし、となると他にも別の種族がいると考えるのが普通だろう


そんな世界でエリシアは人々を守る模範的な騎士として国民から信頼を得ていた


治安の維持が主任務の城下街警備部隊の仕事ぶりも立派なものだった

通報があればすぐに駆けつけ、相談にのり解決へと尽力する

それが飼い猫探しや落し物の捜索というものでも一切手を抜かない



「他のエリアの騎士団はここまではしないらしいのだけれど、困っている人を見過ごせんだろ?」



なんの疑問もなしにそう言ってのけるエリシアの人柄が現れているようだった

最初の頃は部下からも不満はあったらしいが

エリシア自ら率先して動き、国民からの感謝を感じるようになると

隊員たちも率先して事に当たるようになった


その結果エリシアの受け持つエリアの犯罪発生件数は飛躍的に減少し、住人の満足度もトップを記録するようになった

他のエリアの住人もこちらへ引っ越したいと申請が後を絶たないという


外敵から国民を守るという騎士の役目として、当番制で外壁周辺の偵察や魔物の討伐も行っているが

大戦果は挙げないものの、堅実な部隊運用で隊員の犠牲が1番少ないのもエリシア隊の特徴だった

前回、殉職兵5名を出した作戦については

想定より魔物のランクが上だった事と、新兵を含む小隊がその任についていた事が原因らしい


日々の仕事に加えその遺族のケアもエリシアにとっては大事な仕事だった


今日は最後の遺族の家、シンルゥ・タゥの家を訪れていた



「この度の責任は全て、千人隊3番隊長である私にあります

誠に申し訳ございません」



深々と頭を下げて謝罪するエリシアに、申し訳なさそうに両親が応える



「頭をお上げ下さいエリシア様」


「騎士団に入隊した時から覚悟はしておりました」



隊葬も済み、ある程度気持ちに整理がついていたようで

両親ともに落ち着いてはいた

悲しみにくれている事は想像にかたくないが



「シンルゥくんは、やる気に満ち使命感に溢れておりました

騎士の教示として、『騎士の命は王と国民の為にある』という事にも誇りを持ってくれていました

前途ある若者を導いてやれなかった私の力不足が招いた結果です」


「そう仰っていただけると息子も報われます」


「御両親も、シンルゥくんを誇ってあげてください

そして魂の永遠の安息を祈りましょう」



3人がしばらく黙祷を捧げたあと、騎士とは違う硬い雰囲気の男が入ってきた



「彼は王国福利厚生担当庁の役人です

今後の事は彼を窓口として何でもご相談ください

それでは失礼致します」



再度頭を下げてタゥ家を後にした



「ふぅ……やはりこればかりは慣れないな……

で、どうだった?シン」


「お疲れ様、エリー

一応家の中を一通り見て回ったんだけど、特に何かを感じるとか……そういう事は無かったな

ごく普通の家だと思うよ

シンルゥくんの部屋でも、特に気になる事も無かったし……」


「そうなのか……本当に単なる偶然だったのかな?」


「どうだろうね、まぁ今はガネシャさんからの知らせを待つしかないかな」


「そうだな、では一旦屋敷に戻ろう

まだ仕事も残っているしね」


「本当に忙しいな、何も手伝えないのが歯がゆいけども」


「ははっ、その気持ちだけで嬉しく思うよ」



数日間行動を共にし、エリシアの笑顔を見る事も増えてきた

シンジに死人ではなく友として接してくれていることに感謝しきりである


街を見回りつつ屋敷へと戻ると、屋敷の前に見慣れない男が立っていた


エリシアと同じような恰好をしているし騎士団の偉いさんだろう事はシンジにもわかったが

その男の姿にエリシアは慌てて駆け寄った



「シリウス様ではございませんか!」


「やぁ、エリシア」


「使いを出してくだされば私から出向きましたものを!」


「いや、今日は隊の引き継ぎの事で来ただけだから気にしなくてもいいよ」


「御足労いただき恐縮でございます、どうぞ中へお通り下さい」


「うん、お邪魔するよ」



そう言って屋敷に入ると、使用人に案内され応接室へと向かっていった



「シリウスって確か……ガイラスさんが言ってたエリシアの隊の隊長代理の人だよね?」


「あぁそうだ、シリウス・ダラス様

ガイラス様直属の4人の部下の1人で、「騎士団長の右腕」と言われているお人だ

急に来られるなんて驚いた……」


「そんな偉い人がエリーの隊の隊長代理なのか」


「このような事は異例だと思うよ、私の隊の百人隊長の誰かを昇格させるのだろうと思っていたからね……

とにかくお待たせしては良くない」



足早に屋敷に入り、応接室のシリウスの向かいに座った


長身ですらっとしており、肩まで伸びた銀色の髪の片方を耳にかけ、にこやかな笑顔を携えていた



「いやぁ、急に押しかけてすまない

というのも出立式典が3日後に決まってね

それに伴って明後日には隊の引き継ぎを行う事になったんだ

その為の細かいすり合わせをしておこうと思って出向いた次第なんだ」


「了解しました、ですがそれなら尚の事私の方から出向きましたものを……」


「いやいや、君の受け持つエリアの様子も見ておきたかったからね

実に素晴らしいよ、皆幸せそうだ」


「お褒めいただき光栄にございます

ですが出来ることを必死にやってきただけですので」


「それでいいんだよ、その当たり前の事をちゃんと出来るのが大事なんだ

僕が君を買っているのもそういう所だよ

君が勇者候補に選ばれた事も納得が行くというものだ」



恐縮しっぱなしのエリシアに常に笑顔で話す様子に

『この人って素の表情が笑い顔なのかな?』

とシンジが思うほど柔和な雰囲気の男だった


その後は隊の引き継ぎに関する報告や質疑が続き

細かい部分まで打ち合わせを行って、一通り済んだ時には

既に日が暮れ始めていた



「現在の我が隊の状況については以上でございます」


「うん、よくわかったよ

有意義な意見交換だった、エリシア千人隊の名に恥じぬよう務めるよ」


「ありがとうございます、シリウス様が引き継いでくださる以上なんの憂いもございません」


「はは、期待に添えるよう頑張るよ

あぁそれじゃまた後日」



立ち上がりエリシアと握手を交わしてシリウスは去っていった



「すごく優しそうな人じゃん、これで一安心て感じかな?」


「一安心どころか憂う方が失礼だ、あれほどのお方がわざわざ千人隊を率いるなど……」


「ガイラスさんの直属って言ってたよね?」


「そうだ、普段は温和な方だが

ひとたび戦いとなれば鬼神のごとき働きを見せるそうだ

直接見たことは無いが、何度か訓練で手合わせをさせていただいたことがある」


「結果は?」


「全敗、完膚なきまでに完敗だ」


「へえー、人は見かけによらないんだな

とにかく、いよいよだな」


「うん、身が引き締まるよ

式典には騎士団長、法術士長、宰相に加え王族からは姫様も出席される

国王と謁見を許されるのも滅多にないし、流石に緊張してきたよ」


「俺の世界で言うと天皇陛下や総理大臣と会うようなもんだもんなぁ、そりゃ緊張もするか」


「シンの世界にも王がいるのだな」


「王というか……俺の世界では王制じゃなくて民主主義だからな、まぁおいおい詳しく話すとするよ」


「それは楽しみだ、また色々聞かせてくれ

今日はこれくらいにして夕食にしよう

これからに備えねばならんしな」


「うん、応援するよ……頑張ろうな」


「あぁ、ありがとう」


『この笑顔のためならなんでもできそうな気がするなぁ

実際はなんも出来ないのが悔しいけど……』



出立式まであと3日、国民の期待を一身に背負った

女騎士エリシアの旅立ちが迫っていた


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