第9話『国民的女騎士と冴えない幽霊 5』


城を後にした2人は、一旦エリシアの住む屋敷に戻った



「非番に軍服のまま街に出るのもな、少し待っていてくれ」



そう言われてシンジは部屋の前で待っていた

さっきまでいた城とは比べられないが、この屋敷も充分立派な建物だった

ゴミひとつなく清潔に保たれ、廊下には昨日とは違う花が生けられている

使用人たちが休みなくエリシアの為に働いている

実際に見たことは無いが、貴族の暮らしとはこういうものなのかと考えていると



「待たせた、さぁ行こうか」



部屋から出てきたエリシアに目を奪われた


ゆったりした薄手のブラウスに薄い革のベスト、ハイウエストのロングスカートと革のサンダル

中世ヨーロッパの女性のような服装に身を包み、サラサラとした金色のロングヘアは絹の布のようだった



「どうした?なにかおかしかったかな?」


「い、いや何もおかしくないよ!よく似合ってる」


「そうか、それなら良かった」



さっきまでの凛々しい姿が嘘のように、柔らかな美しさに溢れるエリシアにシンジはドギマギしてしまう


『ほんと何なんだよこの子!生きてる頃こんな子見たことねーよ!

スタイルめっちゃいいし超美人だし優しいし

……成仏したくないかも』



「ならば行こうか」


「お、おう……よろしく」



屋敷の玄関に差し掛かると使用人が声をかけてきた



「お出かけでしょうか?エリシア様」


「うむ、少し気晴らしにな」


「護衛の者を……」


「よい、気晴らしに行くのに護衛を連れていてはな……

ダンとケインには暇をさせてすまないと言っておいて」


「滅相もございません、気が回りませんで申し訳ございません……お気をつけて行ってらっしゃいませ」



深々と頭を下げる使用人に挨拶をして屋敷を出る



「使用人に護衛までついてんのな、断っちゃって良かったの?」


「ここだけの話、少々堅苦しくてな

立場上仕方ないのだが、千人隊長には手当として屋敷と使用人と護衛の兵がついてくるんだ

煩わしい……と言えば彼らに悪いと思うのだが

少し息が詰まってしまう時があるんだよ」


「へぇやっぱりそんなもんなんだねぇ、偉いってのも大変だ」


「それに兵がついてくればシンと話がしづらいだろ?」


「それもそうか、気を使わせて悪いな」


「構わん、気晴らしと言っただろ?今は王国騎士団千人隊長のエリシアでは無いんだから……さぁ行こう!」



そう言って歩き出したエリシアの笑顔は、ハツラツとした少女のようだった



しばらく歩き橋を渡ると、賑やかな城下街の大通りになった



「エリシア様!今日はお1人で?」

「エリシア様だぁ!お母さーん、エリシア様だよー!」

「こんにちはエリシア様、新鮮な果物が入ってますよ」

「こりゃエリシア様、いつもご苦労さまですじゃ」


老若男女問わず、行き交う人々がエリシアに声をかける

その度に1人1人に挨拶を返しながら

果物を食べたり、露店のアクセサリーを眺めたりと

街の日常を楽しんでいた


その通りを抜けた先に噴水があり、日当たりのいいベンチに腰掛けた



「エリシアやっぱり人気者じゃないか

みんなニコニコしてたじゃん」


「この辺りは私の隊が受け持ってるからね」


「それだけじゃあんなに好かれないよ

この街を見たらエリーの人柄がわかる気がしたよ」


「ありがとう、嬉しいよ

私はこの場所が好きなんだ、街の人々が生き生きとしているのを見るのが好きだ

それだけで明日も頑張ろうって思えるんだ」


「多分エリーがそんな気持ちだから、みんなもエリーの事が好きなんだね」


「私は騎士の仕事に誇りを持っているが

それ以上の期待に応えられるのか不安だった

でも街へ出てみんなから元気をもらったよ、不思議な友も出来たしね」


「俺の事?」


「他に誰がいる、少々馴れ馴れしかったかな?」



苦笑いでそう言うエリシアに慌てて答えた



「いやいや!すげー嬉しいよ!

でも俺なんかが友達で迷惑じゃないのか?

だって死んでるんだぜ?」


「今朝の隊葬の時に思ったんだ

たとえ死んでいたって、ほとんどの人には見えなくとも

シンのような優しい心を持つ者に友になって欲しいとね

親しい友と呼べる人もいないし、ダメかな?」


「ダメなんてとんでもない!

ここへ来て最初に会ったのがエリーで良かったよ

握手は出来ないけど……こちらこそよろしく!」



そう言ってシンジは手を差し出す

透けて触れない手にエリシアは自分の手を重ねた



「私の方こそありがとう、よろしくね」


首を傾けてニコリと笑う

そよ風に絹のような金髪が揺れ、空いた手で髪をかきあげていた



『…………はい、やられました!ちょれーな俺っ!』



「ではそろそろ戻ろうか、食事のあとはゆっくり話がしたい」


「あぁ、喜んでお相手致しますよお嬢様」



シンジは照れ隠しに仰々しくお辞儀をした


夕暮れのオレンジの光に照らされたエリシアの笑顔が

シンジの脳裏に焼き付き、今夜も眠れないだろうと思った


『もし生まれ変われるなら、この世界がいいなぁ』



「どうした?置いていくぞ」



物思いにふけっている間に先を歩いていたエリシアが振り返る



「あぁすぐ行くよ!」


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