第3話『ここはどこ?あなたは誰? 2』


「此度の犠牲者の隊葬は明日の正午より行われます、殉職した兵は5名……本日は家族の元で「別れの夜」を過ごし、明日朝こちらへ搬送されます」



手帳を片手にローブ姿の男が事務報告をしている



「ご苦労、下がってよい」



振り向かずにそう答えた人物は、真っ白の軍服に身を包み革の黒いコートの背には王国の紋章が刺繍されていた

ローブの男が部屋から出たあと、壁にもたれかかっていた別の男が前髪を弄りながら声をかける



「今回の犠牲者の中には初陣のやつもいたそうだな、功を焦って前に出るからさ」


「そのような言い方をするな、チャーリー……

シンルゥのいた十人隊長のケビンにはちゃんと言い含めてある、彼とて辛かろうがな」



嫌味を言うチャーリーを諌めるように言ったのは、王国騎士団唯一の女性千人隊長であるエリシア

百人隊10小隊を束ねる騎士団でもトップエリートの部類に入るエリシアは、その強さもさる事ながら優しさと美しさも併せ持ち国民からの人気も高かった



「十人隊の隊長どころか新兵の名前までよく覚えてるなぁ、俺は百人隊長の名前も全員は覚えきれねえぜ」


「騎士として、兵の命を預かる者として当然の事だ」


「立派なこって、同じ千人隊長として頭が上がらないねぇ

それに今度の「聖剣の試練」への挑戦を許されたそうだな、これで成功しようもんなら王国の歴史始まって以来の女勇者の誕生ってか?」


「もしそうなったら……の話だが、「聖剣の試練」への挑戦を認められる事自体が身に余る光栄なのだ

私のような未熟者……国民への『見世物』だろうとも理解しているつもりだ」


「なんだよ……からかい甲斐がねえな、自分でわかってやがったか」


「私よりも挑戦するにふさわしい御仁がいるにも関わらず私が選ばれたのはそういう事だろうと邪推もするさ」


「ガイラスの旦那の事か?10人の千人隊長を束ねる騎士団長殿が未だ挑戦してないってのも、何か裏があるんじゃねえかと俺は思うがね……」


「そのような事、それこそ不敬に問われるぞ?軽々しく口にせん方が身のためだ」


「はんっ、忠告ありがとうよっと

俺はもう行くぜ、明日の任務の準備があるからな」


「明日は私の隊は隊葬があるために手間を取らせるな……」


「まぁ仕事だからよ、せいぜい辛気臭く弔ってやれや」



背を向けて手をヒラヒラさせながら部屋から出ていった

エリシアも部屋を出て、少し夜風にあたろうと下階へと降りる



「エリシア様、お出かけでしょうか?護衛の者は」


「よい、今は少し風にあたりたくてな……すぐに戻る」



千人隊長に与えられる屋敷には複数の使用人と、身辺警護の兵士があてがわれる

日々研鑽を積み武の鍛錬を怠らないエリシアにとっては護衛など必要は無いのだが、それが決まりであるために少々煩わしく思いながらも受け入れるしかなかった


そのためか、騎士団を離れ自力で協力者を集め旅をする必要がある「聖剣の試練」に臨むことは、裏の思惑は置いておいても望むところであった



『シンルゥ、アイク、アイシャ、ローレン、ビル……お前たちの魂の永遠の安らぎを……』



城下街との境を流れる川の流れを見つめながら、殉職した兵へ祈りを捧げていた


エリシアは祈りを終え顔を上げると、街の方から移動してくる不審な物体に目を奪われた



『……何だあれは?人……のように見えるが……宙に浮いているだと!?新手の魔物か!?』



考えていると、こちらに向かってくる魔物らしきものと目が合った



『全く殺気がない、気の抜けた顔だ……目が合っても襲ってくる様子もない、ならばここは先手必勝!』



エリシアは腰にさした護身用の短剣を引き抜き、素早く距離を詰めて斬り掛かる



「ちょ!?ま、おいっ!!」


「覚悟っ!!」



バタバタと手を突き出し焦っている相手に容赦なく斬撃をみま…………えない



「なっ!?……全く手応えがない……」


「こっえぇーーっ……いきなり何なんだよあんた!殺す気かよ……って多分俺死んでんだけど……とにかく正気じゃねーよ!」


『何を言っているのだ……死んでるとはどういう事だ?』


「魔物……では無いのか?」



短剣を構えたまま警戒を解かずに問いかける



「なんだよ魔物って!?そんなの見た事も聞いた事もねえよ!俺は人間だよっ!いや人間だけど幽霊だよ、魔物じゃねーし」


「……見た事も聞いた事も無いだと?それに、ユーレイとは何だ?貴様のような人間こそ見た事も聞いた事も無い

それに貴様のような者が街にいたのになぜ騒ぎのひとつも起きていない?」


「知らねえよ、だって誰も俺の事見えてないんだから

てかあんたは俺が見えてるんだよな?教えてくれ!ここは何なんだ!?」


「他の者には見えていないだと?…………確かにそうでないと説明はつかんが……」



そこまで言ってエリシアは短剣を構え男を睨んだまま考え込む



「……おい、何とか言えよ……俺は別に誰かに危害を加えようなんて思っちゃいねえんだよ、とにかく今俺が置かれた状況が知りたい」


「…………わかった、付いてこい」



そう言うと短剣を鞘に収め、男に言う



「おかしな真似はするなよ……」



どんどん前を歩いて進んでいくエリシアに男はとりあえずついて行くしかなかった



『大事を前に厄介な……これも神がお与えになった試練なのか?』



足音がないため、振り返って付いてきているか確認するが

そこにいるのは足が無く、見慣れない白い布のような衣をまとった覇気のない顔の男



『前途多難というやつだな……』


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