ニャルラトホテプさん宴会に参加する

「――お酒よーし!! 料理よーし!! 楽器よーし!!」


 どうも、いつもくたくた、でも今回ばかりは沢山飲みたい這い寄る混沌・ニャルラトホテプです。


 僕はただいまクトゥルーくんの家、ルルイエに来ています。ビアガーデンが火事になって途方に暮れていた所を騒ぎを聞きつけたクトゥルーくんがルルイエを貸し出してくれたのだ。本当にありがたい話だ。ぐれていた頃が懐かしいよ!


「いやあ、ありがとうねクトゥルーくん!!」

「別に、いいっすよ。ニャルさんには色々迷惑かけたんで」


 うーん!! この更生最中の元不良みたいなぶっきらぼうな返し!! 刺さる女神がいそうだあ!!


「クトゥルーくんが成長してくれて僕は嬉しいよ!!」

「ちょっ!! やめてくださいよ!! ガキじゃないんだから!!」


 ちょっと撫でてみたら盛大に嫌がられてしまった。なんだか長年可愛がっていた弟が成人した気分だ。……ちょっと寂しい。


「――たのもー!!」


 ……お? 最初のお客様が来たみたいだ。


「さあっ、みんな!! 今日はじゃんじゃん飲むよお!!」


 太陽サンサン白い巫女装束と黄金の髪飾りが光輝く太陽神、天照さん率いる日本神話勢の皆さんだ。


「おい姉ちゃん、グレイプニル外してくれよ。これじゃあろくに酒も飲めねえよ」

「スーくんは前クトゥルーくん血祭りに上げちゃったからだめー!! ミカヅチくん、ミナカタくん、ふーくん。見張りお願いね」

「「「拝命致します」」」


 ぶー垂れる素戔嗚尊スサノオさんを叱りつける天照さん。彼女の命を受けて建御雷神タケミカヅチさん、建御名方神タケミナカタさん、経津主神ふつぬしのかみさんの三柱がザっと頭を垂れた。さらにその後ろには八幡さん、大国主さん、日本武尊さんを始めとした更なる武神たちが控えていて天照さんを護る様に僕ら邪神勢に血走ったまなこで殺気を叩きつけてきている。


「なんだよあれ、アウトレイジかよ……」

「……言いたい事わかるけどそれ、八割方クトゥルーくんのせいだかんね?」

「わかってるけど勘弁してくれよ……」


 クトゥルーくんは「胃がねじ切れそうだ」とかボヤキながらそっとそこから離れていき、彼と入れ替わるように天照さんが近づいてきて。


「ニャルくんおつかれー!! ルルイエって初めて来たけどすごいきれいだねー!!」

「海底まで遠路はるばるありがとうございます天照さん」

「こんな素敵なところなら何時間だってかけて来ちゃうよ! ほら、真上の海に魚がいっぱい泳いでる!!」


 一先ず喜んでもらえたようで何より。武神アウトレイジたちの殺気も心なしか和らいでいる気がす――


「建御雷神、あれは切ってもいいのか?」

「今はダメだ。機を狙え建御名方神」

「機は今ぞ? 八咫烏も言うておる」

「待て待て経津主神。気持ちはわかるが落ち着け」


 ――そんなことはなかった。武神アウトレイジたちは僕ら邪神勢抹殺アウトレイジする気満々だった。


「おいニャルラトホテプ」


 グレイプニルで両手を縛られた素戔嗚尊さんは完全にこれからお務めにいくヤクザアウトレイジにしか見えなくてただただ恐ろしい。それを堪えながら努めて平静な顔で、


「素戔嗚尊さん、どうしたんですか?」

「お前からも姉ちゃんを説得してくれ。うちの連中だと姉ちゃんに中々逆らってくれなくてよ」

「大国主さんとかやってくれそうな気がしますけど?」

「あいつとはいろいろあってこんな情けねえこと言えねえんだって」


 ……弱ったなあ。僕が頼んだって言ったら素戔嗚尊さん絶対怒るよなあ。


「おーい素戔嗚尊殿、海神集会もう始まってしまいますぞー」

「ゲッ、ポセイドンの旦那は怒らすと後がなげえ!! ……仕方ねえこのまま行くしかねえか。おいマナナン、俺の酌頼む!!」

「野郎に酌をする趣味はないんですがね?」

「ぐっ……くっそお……後でぜってー外してやる……!!」


 肩を怒らせてマナナンさんと共に海神集会へ向かう素戔嗚尊さんの背中を見送る。……あー生きた心地しなかった。


「全くもう、暴れん坊治せば外してあげるのに。困った弟なんだから」


 腰に手をやりやれやれと溜め息をつく天照さん。でもどこか機嫌良さげなんだよなあ。


「――やあ、お二人さん元気そうだね」


 この渋カッコイイ声は……!!


「トトさん!!」

「トトさんの所ももう来たんだねー!」

「本当はもう少し早く着く予定だったんだけど例によってうちの主神がね」


 そう零すトトさんの黒い毛並みはどこか艶を失っていた。


「トトさん、今日はゆっくりしていってください」

「うんうん。ラーさんのことは今日は私達太陽神たちに任せてね!」

「………………………、」


 ぽたりぽたり、トトさんの丸い目から雫がこぼれ落ちる。


「と、トトさん!? どうしたんですか!?」

「……あ、ああ、ごめん。普段あんまり優しい言葉をかけられないものだから気がついたら感極まってしまった」

「……こう言ってはなんですけどエジプト神話の方々そんなに薄情な神しかいないんですか?」

「そんなことは無いよ? オシリスさんもホルスくんもアヌビスも労ってくれる時はある。だけどみんな多忙でね。アヌビスとは職場が同じだから会うんだけど、裁判が終わるとお互い別の仕事に向かわないとだからプライベートで話す時間がないんだ」


 誰かエジプト神話を――トトさんを助けてあげてえぇぇえええええ!!


「――あ、あの!!」


 心中エマージェンシーコールを垂れ流しているとしたの方から声が聞こえてきた。視線を落としてみればそこには白髪の小さな女の子がいた。


「貴方は……?」

「ヘルと申します。……ロキの娘です」

「ああ、ロキさんの!! お子さんがいるとは聞いてたけどこんな愛らしい方とは」

「ありがとうございます。あの、それでニャルラトホテプさん!! お父さんがすみません!! 本当にすみません!! もうなんて謝ったらいいか!?」

「あー……ヘルさんが謝らなくても大丈夫ですよ。また作ればいいですし」

「お金いりますよね!? この小切手に好きな額を書いてください!!」

「いえ、本当に大丈夫ですよ。お気持ちだけで十分ですから」

「で、ですが……このままでは納まりが……」


責任感の強い方だなあ。……うちのミソロジー来てくれないかなあ。


「…………それじゃあ、来月のプロージットの幹事頼んでもいいですか?」

「そのくらいならおまかせください!!」


ばんと胸を張って叩くヘルさん。背が低いせいか絶妙に頼りない。天照さんとトトさんもそう思ったのか、


「ヘルちゃん大丈夫? 幹事やったことある?」

「ありませんけど……ニャルラトホテプさんが奔走してるの見てましたから」

「そっかそっか、困ったら私とかトトさんにすぐに連絡するんだよ?」

「うんうん、君もだけど冥界の主人は生真面目で一人で抱え込む人が多い。困ったらちゃんと相談するんだよ? いいね?」

「トトさんも天照さんもありがとうございます」


雪原に咲くスノードロップみたいに彼女は笑顔を見せた。それを見ながら僕らは同時にこう思った。


(((この子本当にあのロキさんのお子さんなの?)))




――――――――――――――――――――

出演神

ニャルラトホテプ【クトゥルー神話】

主人公にして語りべ。最近有名になってきたトリックスター。やっとミソロジープロージットが開催できて肩の荷が降りている。


クトゥルー【クトゥルー神話】

クトゥルー神話の筆頭だけど主神ではない。素戔嗚尊とヘラクレスにボコボコにされた後、不良から足を洗った。


天照大御神【日本神話】

日本神話の最高神。傷つきやすいサンシャインレディ。基本素戔嗚尊に甘いけど今回は厳しくいくつもり。


トト【エジプト神話】

社畜神。最近不意に涙が出るようになった。


ヘル【北欧神話】

北欧神話の冥府の支配者。自由奔放なロキとは違って常識人で良い子。


素戔嗚尊【日本神話】

日本神話における武神軍神の頭。酒好きの暴れん坊。オーディンから借り受けたグレイプニルで縛られている。


建御雷神【日本神話】

日本神話の武神たちのまとめ役。雷神であり剣神であり武神。


建御名方神【日本神話】

土着の武神。水神であり風神であり武神。


経津主神【日本神話】

神剣・布都御魂剣が神格化した剣の神。

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