誰も望まぬ死闘


「……セツキ、ケンゴク、いくぞ」


「ココリエ様……」


「その、さがってもらっても全然」


「いや、余が、この心にケリをつけねばならない。それに命を正式に賜ったのは余だ」


「いえ、ですがっ」


「案ずるな。余は、ウッペ王子。ウッペに災厄を運びかねない世界の毒を殺す使命を帯びてここまで来たのだっ! どうして、それがどうしていまさら退けようか!?」


「……。……承知、しやした」


「御心のままに」


 三人、立ちあがってそれぞれの配置につく。ケンゴクの全身を覆っていく甲殻類のような甲冑。セツキが全神経を集中させてつくりだされた至高の槍斧を握る。ココリエの手が弓に矢を番えて構える。三人の臨戦態勢にサイはことさら激しく瞳を悲痛に歪ませる。


「消え、ろ……っ」


「サイ、投降しないなら、ここで殺す!」


「消、えて……、消えて、消え……っ」


「恨んでくれて結構だ。ウッペ王子として余は、そなたを殺す。そう決めたのだっ!」


「……。……ぁああああぁああああっ!」


 絶叫。悲しく、哀切な叫びは獣の咆哮のようだったが、悪魔を自称してきた娘の瞳からは大粒の涙が零れていく。悪魔と自称で自傷し続けてきたサイ。可哀想な娘。


 ココリエも決意してここに来た。だが、心はサイと同じで、視界がどうしても滲む。


 頬を伝っていく涙が鬱陶しいが、ココリエの手は弓の弦を引き絞り、一矢を放った。


「ぅううああああぁああああぁああッ!」


 今までにない悲しい絶叫をあげてサイがココリエの矢をリギアで叩き折る。真っ二つになった矢はリギアの炎で燃えてカスになる。サイがココリエを敵に想定していたとは思えないが、これでココリエの特殊な木属性は封じられた。だが、これは想定内。


 リギアを構えたサイにケンゴクが突っ込む。サイが今使っている火属性とケンゴクの土属性の相性ははっきり言って悪い。が、サイほどの高濃度となると話がころりと変わる。


 リギアに接触した瞬間、ケンゴクの肌が焦げる音。大男の肌が赤く火傷していく。


 サイのリギアが触れている箇所から火傷が超速度で広がっていく。リギアの炎熱がケンゴクの土を熱して砂漠も驚く超高熱にしているのだ。この鎧はもはや纏っているだけ不利と判断し、ケンゴクは鎧を解除。刀を抜く。


 しかし、抜刀しかかったケンゴクの大太刀は根本付近で女戦士の掌底を受け、豪快に折れた。左手掌底でケンゴクの武装を叩き折ったサイは右手に握ったリギアでケンゴクを斬り伏せようとするが、セツキの槍斧が割り込み、リギアを上に目一杯弾いた。


 ケンゴクが獅子吼をあげ、サイのがら空きとなっている腹部に拳骨をお見舞いしようとするもそんなものを許すサイではない。


 ケンゴクの刀を折った左手が男の拳を捕まえて握り潰す。大男の喉が激痛に唸り声を漏らす。サイの握力の脅威は帝都の対イキバで知れていたココリエが警告していたが、加減一切なしで挽き肉になった手を引く、ことをせず、ケンゴクは逆の手でサイの手を打つ。


 衝撃でサイの左手がケンゴクの潰した拳を放す。ぼたぼたと零れていく血。一旦さがったケンゴクの目の前でセツキを相手に戦うサイが見えた。頬を濡らす涙が悲しい。


 自身は悪魔だと何度も言っているのを聞いた。なのに、今のサイときたら悪魔どころかただの女の子だ。無垢で、世界に大切を奪われ、以上を奪われまいと虚勢を張る少女。


「サイ、今からでも遅くは!」


「あ゛ああぁああああああああっ!」


「……っ」


 半分気が狂いかけているサイの嘆きの咆哮にセツキの表情が苦痛に歪む。恋しい少女の悲痛な叫びが心臓に刺さって痛いのだ。しかしその痛みはサイに及ばない。


 サイの激痛を理解してそれでもなお、殺す為に在る。そんな自分自身に嫌気が差すセツキだが攻撃の手は緩めない。記憶にある限り最後の鍛練での攻防などこどもの飯事だったかのようなすさまじい猛襲。猛禽類の攻め。


 これはさしものサイも目で追って躱すなどという芸当ができないのか、慎重に間合いをはかる。セツキの槍斧は間合いが広い。サイのリギアでは対応が後手にまわる。判断してサイは左手を構え、そこに純白の凶器を急速創造。《白獄はくごくのジスカ》が現れる。


 同時に右手のリギアを消し、無に還して両手で槍を構え、セツキを迎撃する。


 白と白が激突。すさまじい轟音。雷の唸り声が轟き、セツキの最高硬度の槍が破壊される。これにはセツキも驚くが、サイの雷属性のパーセンテージを思いだし、素早く後退を選択し、追い縋ろうとしたサイのジスカにココリエの矢が飛んで牽制する。


 だが、矢はサイのジスカに触れた途端、一瞬ももたず黒炭になってしまった。矢の残骸を踏みつけ、サイが歩を進める。ずっと彼女と戦場を共に戦ってきた、もしくは鍛練で知っていた三人は歩みだけでいまだにサイの心臓が血を噴いているのがわかった。


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