不意な氷点下の声


 不安定な重心。重い足取り。悲しみで顔を伏せている、いたサイだったが不意に顔をあげた。そこにあったサイの瞳には殺意が凝固されていた。しかし、なにか変だ。いつもの光り輝く銀色の瞳と違う気がする。どことなく青みがかって透き通るような灰色の……。


「……さない」


「なに?」


「よくも、サイを裏切ったわね、ココリエ。許さない、許さないわ。言った筈よ?」


 カシウアザンカに通じる小道。夏の熱気が立ち込めていた筈なのに今三人の肌を刺してくるのはどう感じてみても真冬のだ。この怪現象にココリエは覚えがあった。だが、失念していた。の存在を忘れていた。そして、願われたことすらも……。


「裏切らないで、と言った筈」


「それは、そなたが一方的に」


「傷つけないで、と言ったよね? お願いして、お礼も先払いした。喜んでいたクセに」


「……っ、余は」


「あなたのその中途半端な距離を憎む。サイを傷つけ、裏切った罪を呪うわ、ココリエ。……よくも、よくもよくもよくもよくもよくも……。……殺してあげる」


 サイの中にいるひとの宣告と同時にサイのジスカが消滅。そして代わりにサイの手には雅な飾りが彫られた棒のようなものが握られていた。一見なんの脅威もないように見えたが、サイの手が棒の先端に触れてそっと撫でると、鋭利な刃が顔を見せた。


 その武器は西洋の本で不吉の象徴とし、悪魔と並ぶように描かれていた者が持つ武器にそっくりだった。……死神の、鎌。それも特大の大鎌である。


 一瞬も考える必要がない。ココリエが矢を射かけると同時に戦国の武士ふたりわけがわからないながらも飛びだしていく。


 先んじたココリエの矢、はしかし少女の眼前にそそり立った透明なものに弾かれた。


 氷の、壁。それは矢だけでなく、セツキの新しい槍斧も、ケンゴクの拳も封じた。ばかりか、ケンゴクの拳はあまりの冷気に霜を纏い、セツキの槍斧は一瞬で凍りついて粉々になった。あまりのことに驚く戦国の柱にサイの体の誰かは退屈そうに鎌を持ちあげた。


 すぐさま、ふたりがさがる。が、逃げ遅れたケンゴクの腹に少女の美しい武器が掠る。


 あがる絶叫。軽く引っ搔かれていった程度だったが、極低温が惨い凍傷を起こす。


「ふふ、あはは……情けないね、ケンゴク。この程度ならサイは眉も動かさないよ?」


「ケンゴク、さがりなさい!」


「あなたは無謀を知るべきね、セツキ」


 言いつつ少女が握る死神の鎌がセツキが再び創造した武器に対した。だが、予想のまま武器は、セツキのプルスディクはサイの握る武器が発するあまりの超低温に本来の電熱を誇ることもできず、凍っていく。凍ってそしてパリンと砕け散った。


 セツキはこの距離での戦闘は不利と判断して新しく創造する時間稼ぎに袖口に隠していた小刀を投擲。ついでにケンゴクを引き摺るようにしてさがらせる。


「ふふふ、あはは、戦国の柱が聞いて呆れるわね。この程度で強さを誇ろうなんて……でも、許さない。絶対に、許さないわ。サイを傷つけた罪を思い知り、償い贖いなさい」


「? サイはあなたのことでしょう? 先ほどからなにを言っているのですか?」


「……さあ、なんでしょう? 死にゆく者へ手向けるものなどなにもないのよ、セツキ」


 サイの体に在る者の冷たい声。本当に三人を殺す気でいる娘に、まだ幼そうな口調の娘を見て、セツキはココリエを一瞥し、ココリエはなにか事情を少し知っていると判断。


 判断したはいいが、完全なる手詰まりだ。遠中近なにであろうとも武装も攻撃もなにもかも役に立たない。美しい氷使いは妖艶に微笑んで悠々と鎌を振りまわして遊ぶ。


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